日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第71回 仲裁条項の作成(8)
3. 基本型モデル仲裁条項の修正その4
(7) 証拠
a. 概要
証拠について、仲裁法及び仲裁規則は、ほとんど定めていない。この点は、書証について、第27回の2項において述べたとおりである。
日本の民事訴訟法であれば、証拠の取調及び収集について、要件、手続等を具体的に定めているが、仲裁法及び仲裁規則には、そのような定めはない。その結果、国際仲裁手続においては、証拠の取調及び収集について、仲裁廷の裁量を制限するものがほとんどなく、その広範な裁量によって定められるというのが基本となる。
仮にこの裁量を制限することを望むのであれば、仲裁条項等において、証拠の取調及び収集に関する具体的な定めを設けることが必要となる。
b. IBA証拠規則
証拠の取調及び収集に関する具体的な定めとしては、国際仲裁の実務において、IBA(国際法曹協会)が作成した証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[1]がしばしば参照される。一つの方法としては、これに法的拘束力を持たせることが考えられる。IBA証拠規則は、そのままで法的拘束力を持つものではないが、当事者が法的拘束力を持たせることに仲裁条項等で合意するか、あるいは仲裁廷がその広範な裁量に基づきIBA証拠規則に法的拘束力を持たせるとの命令(order)を発すれば、法的拘束力を持つことになる。
仲裁条項において法的拘束力を持たせる場合の文例は、IBA証拠規則の序文で記載されており、その内容は次のとおりである。
- [In addition to the institutional, ad hoc or other rules chosen by the parties,] [t]he parties agree that the arbitration shall be conducted according to the IBA Rules of Evidence as current on the date of [this agreement/the commencement of the arbitration].
c. 証拠の取調
証拠の取調について、仲裁条項において具体的な定めを置き、仲裁廷の裁量を制限することは、筆者が知る限り一般的なものではない。いかなる証拠の取調が望ましいか、あるいは望ましくないかは、実際に紛争が生じる前の段階では中々想定しがたく、したがって、仲裁条項において具体的に定めることは容易ではない。
d. 証拠の収集
証拠の収集は、言葉を換えると、ディスカバリー(discovery)の手続である。この点に関する一つの定め方は、ディスカバリーを完全に排除することであり、その場合の文例は次のとおりである。
- The parties shall not be entitled to discovery, and the tribunal shall have no power to order discovery or disclosure of documents, oral testimony or other materials.
ディスカバリーの負担、コスト等の大きさを懸念するのであれば、上記の定めを設けることも一つの選択肢ではある。但し、実際に紛争が生じる前の、仲裁条項を作成する段階で、ディスカバリーが全く不要という決断をすることは、多くの場合容易ではない。すなわち、ディスカバリーが必要となる場合の典型は、自らが申立人として請求を行う必要があるが、その請求を成り立たせるために必要な証拠が被申立人側に偏在しており、手持ちの証拠のみでは立証が困難という場合である。このような申立人の立場に自らが立つ可能性が低いとは、多くの場合、容易には判断し難いと思われる。
また、IBA証拠規則による場合、文書の提出が認められるための基準として、第32回の3項において述べたとおり、「当該仲裁事件の結果にとって重要である(material to its outcome)」ことが求められるため、米国の民事訴訟程には、広範なディスカバリーにはなり難い。この点を考慮すると、ディスカバリーを完全に排除することは、多くの場合必須ではないと思われる。
(8) 秘密情報の保護
第38回の1項において、国際仲裁手続には、秘密の保護に次の3つのレベルがあることを述べた。
- ① 第三者に対する関係(1) - 第三者を手続に参加させない(「privacy」)
- ② 第三者に対する関係(2) - 当事者等に守秘義務を課す(「confidentiality」)
- ③ 相手方当事者に対する関係 - 証拠開示請求を拒む(「privilege」等)
このうち①と②の違いがここで重要であるところ、①の「privacy」というのは、国際仲裁手続に参加するのは、仲裁合意の当事者、その代理人、仲裁人等に限られており、第三者には手続が公開されていないことを意味する。この「privacy」は、基本的に、すべての国際仲裁手続で確保されている。
これに対し②の「confidentiality」というのは、守秘義務のことであり、仲裁手続に提出された書面、証拠、ヒアリングの速記録等を第三者に開示してはならないとの義務が当事者等に課されることである。この「confidentiality」は、第38回の2項で述べたとおり、すべての国際仲裁手続で確保されているわけではない。
なお、③はディスカバリーの場面で、相手方当事者に対する開示を、秘匿特権(privilege)等を根拠に拒むものである。
基本型モデル仲裁条項を修正する視点として重要なのは、②の「confidentiality」の確保である。これを仲裁条項において確保する文例としては、例えばSIAC規則39項を参考にして、次のとおりとすることが考えられる。
- A party and any arbitrator, including any emergency arbitrator, and any person appointed by the tribunal, including any administrative secretary and any expert, shall at all times treat all matters relating to the arbitration proceedings and the award as confidential, and “all matters relating to the arbitration proceedings” includes the existence of the arbitration proceedings, and the pleadings, evidence and other materials in the arbitration proceedings and all other documents produced by another party in the arbitration proceedings or the award arising from the arbitration proceedings, but excludes any matter that is otherwise in the public domain. The discussions and deliberations of the tribunal shall be confidential.
以 上
[1] IBA(国際法曹協会)のホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx