国税庁、「競馬の馬券の払戻金に係る課税について」を公表
岩田合同法律事務所
弁護士 武 藤 雄 木
国税庁は、本年2月15日、馬券の払戻金の所得区分が争点となっていた最高裁平成29年12月15日判決(雑所得と判断。以下「本最高裁判決」という)及び東京高裁平成28年9月29日判決(最高裁平成29年12月20日上告棄却)(一時所得と判断。以下、本最高裁判決と併せて「本最高裁判決等」という。)を受けて、所得税基本通達34-1(一時所得の例示)(以下「本通達」という)を改正すると公表した。本通達の馬券の払戻金に関する取扱いの改正は、平成27年5月の改正に続き2度目となる。
馬券の払戻金が一時所得と雑所得のいずれに該当するかによって、外れ馬券の購入代金が必要経費として控除できるか否かが異なることから、近時、いくつかの訴訟においてその所得区分が争われてきた。
所得分類 | 所得の計算上控除される額 |
雑所得 | 必要経費(外れ馬券の購入代金を含む。) |
一時所得 | 収入を得るために支出した金額(外れ馬券の購入代金は含まれない。) |
ここで、一時所得とは、営利を目的とする継続的行為から生ずる所得以外の所得で、労務その他役務又は資産の譲渡の対価たる性質を有しない、臨時的、偶発的に発生する所得をいい(所得税法34条1項)、他方、雑所得とは、公的年金等に係る雑所得を除き、特にその内容について積極的に定義されておらず、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいうとされている(同法35条1項)。したがって、両者を区分する基準は、営利を目的とする継続的行為から生ずる所得に該当するか否かということになる。
この点、国税当局は、馬券の払戻金は一時所得に当たるとする本通達に基づき、馬券購入行為の態様や規模等にかかわらず、長らく一律に一時所得として取り扱っていた。しかしながら、自動購入ソフトを使用して馬券を継続的かつ大量に購入して多額の利益を上げた納税者が脱税に問われた事件の最高裁平成27年3月10日判決(以下「平成27年最高裁判決」という)が、当該納税者の馬券購入行為の態様や規模等を勘案して、雑所得に該当する旨を判示したことから、国税庁は、平成27年5月、本通達の馬券の払戻金の取扱いに関して、「営利を目的とする継続的行為から生じたもの」は一時所得から除くと明記したうえで、注意書きとして、平成27年最高裁判決の事案と同様、馬券を自動的に購入するソフトウェアを使用しており、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合については雑所得に該当し、これに当たらない場合には一時所得に該当する旨を追加する改正を行った。
ところが、本最高裁判決は、平成27年最高裁判決を引用して、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であるとしたうえで、ソフトウェアを使用していない場合について、納税者の一連の行為は客観的にみて営利を目的とするものであり、雑所得に該当すると判断したことから、国税庁は、ソフトウェアの使用による馬券の購入を雑所得に該当するための要件としていた本通達を再度改正する必要に迫られることとなったものである。
現時点では本通達の改正案は明らかではないが、今般公表された「競馬の馬券の払戻金に係る課税について」によれば、ソフトウェアの使用がなくとも、本最高裁判決の判示を受けて、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入している一定の場合には雑所得に該当する旨、「いわゆる一般の競馬愛好家」による馬券の購入は、従来どおり一時所得に該当する旨などが本通達に織り込まれるものと推察される。
平成27年5月の本通達の改正は、平成27年最高裁判決が示した「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断する」という雑所得に当たるか否かの判断の枠組みは織り込まれず、平成27年最高裁判決が評価した事実関係と同様の実態が認められる馬券の購入のみを雑所得に該当するとしたものであった。平成27年5月改正後の本通達の内容は、平成27年最高裁判決が示した判断の枠組みに従えば、馬券の払戻金の雑所得の範囲として明らかに狭きに失したものであったことから、今般の改正では、今後、新たな司法の判断が示される度に本通達の改正を要することのないよう、平成27年最高裁判決や本最高裁判決が評価した具体的な事実関係に拘泥することなく、雑所得に該当するか否かの判断は、実態に即して総合考慮によってなされるべきことを明らかにすることが期待される。
いずれにしても、司法の判断を受けての度重なる通達の改正からも明らかなように、国税当局の判断を拘束する通達に従った課税処分であっても、租税法の解釈として適当ではなく、裁判所の判断に従って取り消されることがあり得ることを認識しておく必要がある。