◇SH1718◇2017年12月21日最高裁決定におけるハーグ条約及び同実施法の解釈について(4) 神川朋子(2018/03/22)

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2017年12月21日最高裁決定における
ハーグ条約及び同実施法の解釈について(4)

神川松井法律事務所

弁護士・ニューヨーク州弁護士 神 川 朋 子

 

第5 小池判事の補足意見

2 ハーグ条約の目的

 小池補足意見は、ハーグ条約は、子の監護の管轄を決めるための条約であるとするが、同条約にはそのような目的は記載されていない。ハーグ条約16条は、返還請求がされている国で監護の権利について本案の決定をしてはいけないと規定しているだけである。起草時の1980年には離婚時単独親権が一般的であり、条約は監護権のある親から、監護権のない親が子を連れ去ることを防止することを目的とするものだった[1]ことからすれば、起草時には、連れ去りの時点ですでに監護権者が定められていることが想定されていたと思われる。ハーグ条約16条は、監護権のある親から監護権のない親が子を連れ去ったときに、返還請求先の国で監護権者を変更する裁判をするのを防止するためのものと考えるのが素直ではないだろうか。実施法152条も同様に、親権者の指定もしくは変更又は子の監護に関する処分についての審判について、返還請求がされれば裁判をしてはならないとしているのであって、子の監護について日本に管轄がないとはしていない。実施法152条によれば、返還請求が却下されたときには監護の裁判ができるのであるから、子が所在する日本に監護の管轄があることが前提とされているはずである。条約の文言からも、子の返還先と監護の管轄とはリンクされていないだけでなく、ハーグ条約は常居所地国に返還するともしていない[2]。監護の裁判をすることが返還の目的であるなら、返還を求める監護者が子の常居所地国と主張する国の裁判所が先に当該地に子の監護に関する裁判管轄がないと判断していた場合、あるいは、連れ去り前にすでに監護の裁判が終了していた場合、返還をする理由がなくなるが、条約はこのような場合に返還しなくてよいとはしていない。さらに条約は子の返還拒絶を認めているが、 管轄を定める条約だとすれば、子の意思で管轄を変更することを認めることになる。

 小池補足意見は、子の監護の管轄のある国で監護の裁判をするのが子の利益と説明する。しかし、主たる監護者によって連れ去られている場合、監護の裁判の結果、連れ去った親が適切な監護者だとして、子が再び主たる監護者の元に戻されることもありうるが、監護の裁判のためだけに子を国境を越えて移動させ、その間、学校も住居も不安定な状況に置くのは、かえって子の負担となる[3]。子が返還された場合、子を連れ去った親が外国で子の監護権の裁判を遂行する負担や、当該国に入国すると刑事罰を受ける危険を考えると、現実には、返還されたのちに監護に関する裁判が行われることはあまり期待できない。返還先での監護の裁判は、子の利益というより、残された親の裁判の負担の軽減の利益の方が大きように思われる。仮に返還を命じられた親が返還先で監護に関する裁判を起こしたとしても、裁判所が子を連れ去った親を不利に扱うことも考えられ、必ずしも子の利益にそった監護の裁判がなされる保証もない。第一次監護権者が子を国境を越えて連れ去った場合、ハーグ条約に基づいて返還された子は、適切な監護権者を定める裁判を受けることができないまま、第一次監護権者と引き離され、請求者と共に暮らすという事態が生じるおそれがある。子の連れ去り前の常居所地国で監護に関する裁判をするのは、返還の結果生じうる事態ではあるが、条約の目的となっているとまでは考えられない[4]。なお、子の監護の管轄に関する条約としては、1996年ハーグ国際私法会議において採択された別の条約がある[5]



[1] 北田真里「ハーグ子の奪取条約『重大な危険』に基づく返還の例外と子の最善の利益――ノイリンガー論争の行方」家族〈社会と法〉31号(2015)116頁

[2] 条約は、返還請求者も転居しており、従前の常居所地国に監護権者がいない場合もあることを想定して、返還先を常居所地国とは明記していない。実施法26条は常居所地国への返還を明記しており、条約との間に齟齬が生じている。

[3] スイスからオーストラリアに返還された子が、複数の里親を転々とし、1年半後にオーストラリアの裁判所がスイスの母のもとに戻し利益をハーグ条約の解釈にあたって考慮要素とすることを明示する立法がなされた。(早川真一郎「ハーグ子の奪取条約の現状と展望」国際問題607号(2011)23頁)

[4] 2018年2月8日大阪弁護士会で米国のハーグ条約事件の実務について講演したStephen Cullen弁護士の説明によれば、欧州と異なり、米国ではハーグ条約は管轄を定める条約と理解されているとのことであった。通常家族法を扱わない連邦裁判所にハーグ条約事件の管轄があるという米国特有の事情によるものであるとの説明であった。

[5] 親責任及び子の保護措置についての管轄権、準拠法、承認、執行及び協力に関する条約。

 
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