SH4611 米財務省、CFIUS2022年次報告書を公表 藤田将貴/山下舞(2023/08/31)

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米財務省、CFIUS2022年次報告書を公表

アンダーソン・毛利・友常法律事務所*

弁護士 藤 田 将 貴

弁護士 山 下   舞

 

1 はじめに

 米財務省は、2023年7月31日、対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States)(以下「CFIUS」という。)の委員長として、CFIUSの活動に関する2022年の年次報告書を議会に対して公表した[1]

 CFIUSは、毎年、前年の審査状況等に関する情報を議会に公表することが法令上義務付けられており、年次報告書は、CFIUSの前年の活動状況および執行方針を理解するための恰好の資料といえる。

 以下では、前提知識として、CFIUSの権限等について概観した上で、今回公表された2022年次報告書の内容を解説する。

 

2 CFIUSについて

⑴ 総論

 CFIUSは、財務長官を議長とし、複数の関連省庁により構成される組織であり、国家安全保障の観点から、米国の企業・事業・技術に対する外国人の投資を審査している。

 近年の中国による投資の増大およびそれに伴う技術流出への懸念等を背景に、2018年8月に外国投資リスク審査近代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act)(以下「FIRRMA」という。)が制定され、審査対象取引の拡大や事前届出義務の導入等によってCFIUSの権限が大幅に強化された。

⑵ 審査対象取引

 FIRRMA制定以前は、CFIUSによる審査対象取引は、後述の「対象支配権取引」に限定されていたが、国家安全保障上のリスクの増大に対応するために対象が拡大された。

 現在、CFIUSの審査対象取引は、下表のとおり、外国人による①米国事業の支配を取得する投資(「対象支配権取引」)、②重要技術等を扱う米国事業への一定の投資(「対象投資」)、および③ 一定の不動産への投資(「対象不動産取引」)の3類型に大別される。

 

対象支配権取引(covered control transaction)

「外国人」[2]による「米国事業」[3]の「支配」[4]をもたらす一切の取引

対象投資(covered investment)

外国人による、対象支配権取引に該当しない取引であって、かつ、外国人に以下のいずれかの行為を許容することとなる、「TID米国事業」[5]への直接または間接の投資

  1. ① TID米国事業が保有する重要な非公開の技術情報へのアクセス
  2. ② TID米国事業の取締役会または同等の機関の構成員もしくはオブザーバーとなること、またはこれらの指名
  3. ③ 以下のいずれかに関するTID米国事業の実質的な意思決定への関与(株式の議決権行使による関与を除く)

(a)TID米国事業により保持または収集された米国市民のセンシティブ個人データの使用、開発、保管、取得または公表

(b)重要技術の使用、開発、取得または公表

(c)重要投資重要インフラの管理、運営、製造、または供給

対象不動産取引(covered real estate transaction)

外国人による、米国内に所在する対象不動産[6]の購入、リース、または使用権の取得であって、以下の4つの財産権のうち3つ以上を外国人に与えることとなる取引

  1. ① 不動産へ物理的にアクセスする権利
  2. ② 他者が不動産へアクセスすることを排除する権利
  3. ③ 不動産を改良または開発する権利
  4. ④ 固定のもしくは動かせない構造または物体を不動産に付加する権利

 

 上記のとおり、一定分野の投資については、その投資規模や支配権取得割合にかかわりなく、「対象投資」としてCFIUSの審査を受ける可能性があることに留意を要する。特に、当局の関心が高いと思われるバイオテクノロジーやAI、ロボティクス等の先端技術分野を扱う企業等への投資を検討している日本企業は、届出の要否等について慎重に検討する必要がある。

なお、CFIUSによる審査は、通常、取引を行おうとする当事者からの届出を端緒として開始される。もっとも、CFIUSは、当事者からの届出の有無にかかわらず、また、後述の事前届出義務の対象ではない取引であっても、職権で審査を開始することが可能である。

⑶ 事前届出義務

 上記審査対象取引のうち国家安全保障に対する影響が大きい一定の類型の取引については、事前届出義務が課されている。

 具体的には、①一定の重要技術等を扱う米国事業への投資[7]、および、②外国政府が関与する一定の取引[8]について、取引の実行前にCFIUSに対して届出を行う必要がある。

 なお、実務上は、事前届出義務を負わない取引についても、事後的にCFIUSの調査・審査を受けて取引が解消されるリスク等を勘案して、取引の実行前に自主的に届出を行い、CFIUSの審査を受けることがある。

⑷ 届出の種類

 CFIUSに対する届出には、正式な審査手続にかかる「通知(notice)」と、簡易な審査手続にかかる「略式申告(declaration)」が存在する。略式申告は、簡易かつ短期間で取引の承認を得られる可能性があるものの、実務上は、略式申告を行った場合でも期間満了までに当局の結論が得られない例が少なからず存在する[9]

⑸ 審査における考慮要素

 CFIUSの審査における考慮要素は法令で定められており[10]、米国の国防、重要な技術、重要なインフラ等に関する影響や外国政府の関与等の事情が検討される。

 さらに、近時の大統領令[11]は、審査において重点的に考慮すべき要素として、①国家安全保障の基礎となる、生産能力、サービス、重要鉱物資源、または技術における、サプライチェーンの強靭性や安全性への影響、②安全保障に影響を与える分野の米国の技術的リーダーシップへの影響、③特定分野における投資の傾向、④サイバーセキュリティリスク、および⑤米国人保有のセンシティブデータに対するリスクを挙げている。

⑹ 審査過程における権限

 CFIUSは、審査の過程において当該取引が国家安全保障に関するリスクを生じさせると判断した場合、当該リスクを軽減するために、一定の条件を当事者に課し、または当事者との間で条件に関する合意をすることができる(以下「リスク軽減措置」という。)。実際上、一部の取引についてはこのような条件を遵守することを前提に取引が承認されている。

 リスク軽減措置は取引の性質に応じて課され、その内容は、取引自体に制限を課すもの、取引実行後のコーポレート・ガバナンスに関する義務やコンプライアンスに関する義務など多岐にわたり、事案ごとに検討される。

⑺ 取引に対する決定

 CFIUSは、審査の結果、「国家安全保障上の懸念は存在しない」との結論に至った場合、(必要に応じて条件を付した上で)取引を承認し、他方、「その懸念が解消されていない」と判断した場合等には、当該取引について大統領に報告する。

 なお、大統領は、当該取引につき「国家安全保障を損なうおそれがある」と判断した場合、当該取引の中止または停止(実行済みの取引については取引の解消)を命じることが可能である。

 

3 2022年次報告書について

 今回公表された最新の年次報告書において注目すべき主な点は、以下のとおりである。

⑴ 過去最多の審査件数

 FIRRMAの制定およびそれに伴う届出対象取引の拡大等により、CFIUSの審査件数は過去最多を更新した。詳細は以下のとおりである。

① 審査件数

 2022年にCFIUSの審査対象となった取引は、「略式申告(declaration)」にかかるものが154件、「通知(notice)」にかかるものが286件あり、CFIUSによる審査件数として過去最多を記録した。

② 国別の内訳

 届出のうち略式申告の件数については、国別上位5か国は2021年と変わらず、カナダ(22件)、日本(18件)、ドイツ(13件)、韓国(11件)、シンガポール(9件)、フランス(9件)となっており、これらの国で略式申告件数の過半数を占めた。一方、届出のうち通知の件数については、シンガポールの件数が飛躍的に増加し(37件)、カナダ、中国、日本を抑えて第1位となった。

③ 産業分野別の内訳

 産業分野別でみると、研究開発など「専門・科学・技術サービス」(91件)、半導体など「コンピュータ・電子機器製造」(45件)、発電など「公益事業」(42件)で届出件数が多い。

⑵ 通知の要求割合の増加

 CFIUSは、略式申告による届出の約3分の1について通知による届出を要求し、かかる割合は、2021年の約18%から大幅に増加した。

⑶ 未届出取引の検討状況等

 CFIUSは、国家安全保障上の懸念を生じさせる可能性があるにもかかわらず届出がなされなかった審査対象取引(以下「未届出取引」という。)を特定するための内部体制を有しており、未届出取引について国家安全保障上の懸念を検討した上で、当事者に届出を要求する権限を有している。

 この点に関連し、今回の年次報告書では以下の言及がなされており、これらの記載からしても、実務上、届出の要否について慎重な検討が求められるといえよう。

  • CFIUSは、専任スタッフの継続的な雇用、既存スタッフのトレーニングと注意喚起の強化等により、未届出取引の特定の強化のための方策を引き続き検討している。
  • CFIUSは、毎年何千件もの未届出取引につき正式な検討対象とすべきかを審査している。
  • 2022年には、84件の未届出取引を正式な検討対象とし、そのうち11件で実際に当事者に対して届出を行うよう要求した。
⑷ 取引に対する決定の内容

 当事者による通知がなされた取引のうちCFIUSがリスク軽減措置を要求した割合は、2021年は約11%であったが、2022年は約18%に増加した。

 例年同様、リスク軽減措置には、知的財産や技術情報の移転・共有の禁止や制限、米国政府との既存または将来の契約の取扱いに関する条項の設定、特定の技術・システム・施設・機密情報へのアクセスを許可された者のみとすることなど、国家安全保障上のリスクに対処するための様々な措置が含まれている。

 特に、データ・セキュリティやデータ・プライバシーの考慮から生じる国家安全保障上のリスクへの対処を目的とした措置を要求している点が注目に値する。 

 なお、2022年に大統領によって阻止された案件はなかったが、CFIUSの判断に基づき、多くの案件で自主的な取下げまたは投資の引き揚げが行われた[12]

 

4 おわりに

 2022年次報告書からは、対米投資審査においてCFIUSが果たす役割の重要性が増していることが読み取れる。

 また、前述のように、当事者が届出をしておらず、すでに完了した取引であっても、CFIUSは事後的に調査を行う権限を有しているところ、同報告書によれば、FIRRMA制定後、かかる未届出取引の調査がより一層積極的に行われていることは明らかである。

 対米投資にかかる取引当事者としては、このようなCFIUSの積極的な執行方針を踏まえた上で、事前届出義務の有無や自主的届出の必要性等をこれまで以上に慎重に検討すべきといえよう。

 

以 上


[1] https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1663

[2] 外国国民、外国政府、外国企業、または外国人の支配下の企業をいう(31 C.F.R.§800.224)。

[3] 支配者の国籍にかかわりなく、米国内の州際通商(州境をまたぐ製品、サービス、もしくは金銭の取引または輸送)に従事しているすべての企業をいう(31 C.F.R.§800.252)。

[4]発行済議決権の過半数もしくは支配的な少数の保有、取締役会への参加、委任状による投票、種類株式、契約上の取決め、またはその他の方法を通じて、直接または間接に、企業に影響を与える重要な事項を判断、指示もしくは決定する権限(行使のいかんを問わない)をいう(31 C.F.R.§800.208(a))。

[5] TID米国事業とは、①「重要技術(critical technologies)」を生産、設計、試験、製造、組立または開発する事業、②「対象投資重要インフラ(covered investment critical infrastructure)」を所有、運営、供給、サービス提供または製造する事業、③米国市民の「センシティブ個人データ(sensitive personal data)」を直接または間接に維持または収集する事業の総称をいう(31 C.F.R.§800.248、31 C.F.R.§800の別紙A参照)。

[6] 対象不動産(covered real estate)に該当する不動産の範囲は規則で規定されており、①空港もしくは港湾の敷地内に所在する、もしくはその一部として機能する不動産、および、②軍事拠点や重要な政府施設等の近隣に所在する不動産に大別される(31 C.F.R.§802.211)。

[7] 「重要技術」を生産、設計、試験、製造、組立または開発するTID米国事業への投資であって、当該事業の支配を取得することとなる者への当該重要技術の輸出、再輸出、移転または再移転につき、米国規制当局の認可が必要になる場合(31 C.F.R.§800.401(c))

[8] 外国(例外国を除く)の政府または地方の政府が実質的な持分(直接または間接による49%以上の議決権)を有する外国人が、TID米国事業に対する実質的な持分(直接または間接による25%以上の議決権)を取得することとなる場合(31 C.F.R.§800.401(b)、800.244(a))

[9] 2022年次報告書によれば、CFIUSは、154件の略式申告のうち14件につき、期間内に結論が出なかった旨を通知した。

[10] 50 U.S.C.§4565(f)

[11] 2022年9月15日付大統領令14083号「深刻化する国家安全保障上のリスクについてのCFIUSによる確実な検討の確保(Executive Order on Ensuring Robust Consideration of Evolving National Security Risks by the Committee on Foreign Investment in the United States)」

[12] 期間中、286件の通知による届出のうち88件が取り下げられた(なお、そのうち68件は再び通知による届出が行われた。)。

 

 

(ふじた・まさき)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。2003年早稲田大学法学部卒業。2006年京都大学法科大学院修了。2007年弁護士登録(東京弁護士会)。2016年University of California, Berkeley(LLM)修了。2017年ニューヨーク州弁護士登録。大手総合商社法務部への出向経験を有する。主な業務分野として、経済安全保障・通商(米国・英国・EUの経済制裁及び貿易管理を含む)、M&A、事業再生を取り扱う。主な著書・論文:『英文M&Aドラフティングの基礎』(共著)(金融財政事情研究会、2023)、「グローバル法務 日本企業が対応すべき世界の経済安全保障と人権の課題」(共著)会社法務A2Z 2023年1月号、「米国の経済制裁の基礎知識と実務対応のポイント」(Business Lawyers(ウェブサイト)、2022)ほか多数。

 

(やました まい)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所アソシエイト。2019年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2021年慶應義塾大学法科大学院卒業。2022年弁護士登録(第一東京弁護士会)。

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/

<事務所概要>
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。

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* 「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業および弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所を含むグループの総称として使用

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