SH5173 経営法友会会社法研究会「会社法改正に関する提言」を読んで 倉橋雄作(2024/11/01)

組織法務株主総会

経営法友会会社法研究会「会社法改正に関する提言」を読んで

倉橋法律事務所

弁護士 倉 橋 雄 作

 

 経営法友会会社法研究会が2024年9月、「会社法改正に関する提言――株主総会における議決権の事前行使制度および株主提案権について」を発表した。この提言に対し、経営法友会事務局よりコメントをご依頼いただいた。拝読すれば、この提言が執筆者の方々の実務経験にもとづく問題意識のもと、株主総会をよりよいものにするための真摯な検討を重ねた成果であることが伝わってきた。そこで一切の忖度なく、提言内容に対する建設的批判を試みたい。

 第1に、提言は会社法施行規則を改正し、株主総会における事前の議決権行使について撤回期限を設定できるようにすることを提案する。これにより、撤回期限の経過をもって事前の議決権行使の結果が以後は当日出席等によっても撤回されることなく、確定することになる。つまり、株主総会を開催する前に決議を成立させることができるということである。それと同時に、株主総会を開催するよりも前に事前の議決権行使によって決議が成立すれば、株主総会当日の説明義務(会社法314条)への違反をもって決議取消事由に該当しないこと、また、決議事項に対する修正動議(会社法304条による株主提案権の行使)の提出ができないことを立案担当者の解釈として示すことを求める。

 この提案は、日本の株主総会の実務において、書面投票または電子投票の方法による事前の議決権行使によって、会社提案議案が全て可決される見込みであることが事実上、事前に確定するなかで株主総会を開催しているのが大半であるということを前提としている。そのような実態であるならば、株主総会の議事は説明義務違反の恐れや修正動議対応を気にすることなく、過度な準備等による負担も避けて、より柔軟に、株主と対話できるようにすることが効率的、合理的ではないか、と指摘するものである。

 提言の問題意識自体は私も理解し、賛同したい。上場会社の株主総会実務では通常、大半の議決権が事前に行使され、決議事項の可決成否が事実上判明したうえで、株主総会が開催される。当日の質疑の結果を待たずに多数の株主が議案に賛成しているなかで、説明義務を法的要件とすることにどれだけの意味があるのか。修正動議が提出された場合に備えて、複雑に分岐するシナリオを用意しておき、リハーサルでの練習を入念に行っておくことにどれだけの意味があるのか。疑問を覚えた実務家も多いであろう。

 しかし私はあえて、提言には反対したい。株主総会の議事をめぐる実務上のさまざまな負担は、法改正に頼るのではなく、実務の工夫、あるいはマインドを変えることで乗り越えられるはずである。

 そもそも説明義務違反については、説明義務が発生する範囲は限定的であり、説明義務を尽くすために必要な説明の程度も限定的である。説明義務は法的義務であり、必要最小限度の基準をいうものにすぎない。真っ当な質問には、正面から真っ当に答える。そうすれば説明義務違反は生じない。役員が即答できないような細かな質問にはそもそも説明義務は発生しない。これらは過去の多数の裁判例から自明である。説明義務違反のリスクを過度に恐れることなく、「真面目な質問には真面目に答えましょう。そうすれば説明義務違反なんて起きません。株主総会の目的に沿わない質問や発言はノイズとみなし、毅然と対応しましょう。いまどきはカスタマーハラスメントと言われるような時代です。株主総会でも株主の発言をすべて大切に扱うような時代ではなくなりました。」ということを確認しておけばよい。

 提言では想定問答集の準備の負担が指摘されるが、説明義務違反を生じさせないという観点ではドッジファイル何冊もの想定問答集はそもそも不要である。自然な対話を心がけ、重要なストーリー、会社方針、ファクトなどを集めたデータブックを用意するように切り替えればよい。微に入り細に入るような想定問答集の作成はやめてよい。もちろん、万全を期すため、社内のファクトの棚卸しのため、徹底的な準備を行う社風であるため、膨大な想定問答集の作成を継続することも一つの判断である。

 修正動議についても、「採決は方法を問わず、議案の成否が明確となった時点で可決する」という準則が判例で確立しており、最近の上場会社における紛争事例でも繰り返し確認されている。株主総会を開催する時点で、会社提案議案の全てについて承認可決が確実であることが確認できているのであれば、修正動議が可決される余地はない。修正動議が提出されたとしても、「ただいま第1号議案につき、修正動議が提出されましたが、議案の承認可決に必要な議決権がすでに事前に行使されていますので、修正動議が可決される余地はございません。そこで修正動議は否決と扱います」と宣言すればよい。このように宣言できるようにするために、議事の冒頭、定足数の充足を説明する際に、事前の議決権行使の結果も説明しておけばよい。

 以上のように、説明義務違反の懸念も修正動議対応も、実務上の工夫で解決することができるはずである。提言は、いまの株主総会実務の現状に対する問題提起として受け止めたい。

 第2に、提言は株主提案権の議決権保有要件(会社法303条2項・305条1項)について、「300個以上の議決権」要件を廃止し、「1%以上の議決権」要件のみを維持することを提案する。その理由として、提言は300個以上の議決権保有要件の撤廃について、(1)現在の投資単位などを踏まえれば、株主が300個以上の議決権を保有し、株主提案権の資格要件を充足することが比較的容易であること、(2)それが濫用的な株主提案や可決可能性のない株主提案を許し、実務上の負担を生じさせたり、株主総会の機能不全を生じさせたりしていることを指摘する。そのうえで、たとえば令和元年会社法改正時の法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会においても300個以上の議決権保有要件について廃止・引上げの議論があったものの、当該要件の廃止・引上げに反対意見があり、結局は廃止・引上げが見送られたことを紹介しつつ、主要な反対意見が合理性を欠くことを詳細に指摘する。

 この指摘には私も賛同したい。提言が紹介する主要な反対意見、つまり300個以上の議決権保有要件を維持すべきとする意見は、①株主が多数存在する大規模会社においては、個人株主による株主提案権の行使を過度に制限すべきではないこと、②議決権1%未満であるものの300個以上の議決権を保有することで株主提案権の資格要件を充足した株主提案の件数が全体の約4割を占めているという調査結果もあり、300個以上の議決権保有要件の廃止・引上げは多数の株主提案を不可能にしてしまうことなどを指摘している。

 株主提案の行使要件を軽くすれば、たしかに権限行使は容易になる。しかし、なぜ個人株主による株主提案権の行使を促進する必要があるのか、その合理的な根拠が定かではない。権限を行使する株主の行動が株主全体の利益の観点で合理的であるのか、その株主は株主全体の利益を考えて行動するインセンティブがあるのか、株主全体の利益に資する合理的な提案をするための資質・知見・情報を備えているのか、保証はない。株主提案権が行使されれば、取締役会や事務局による検討、株主全体への周知、株主総会における提案株主への説明機会の付与などの対応が必要となるが、それらのコストは結局、株主全体が負担するものである。仮に、株主提案権が提案株主の独自の信条や見解によって行使されれば、株主全体によるコスト負担のもとで、ごくわずかの議決権しか保有しない特定の株主に株主総会というフォーラムの利用機会という便益を付与することになってしまう。大仰にいえば、株主全体の利益と提案株主の間には利益相反の懸念さえ潜在する。提案株主による機会主義的行動が株主全体の利益と抵触することがあるということである(同様の問題は株主代表訴訟など、至るところに存在する)。物事にはさまざまなトレードオフがあり、必ずしも、個人株主による権限行使を促進することが個々の会社の企業価値向上、あるいは社会・経済全体の厚生に資するというわけではない。

 その他にも、提言は定款変更議案という形式を利用して、業務執行事項を提案するような株主提案が多発している現状を批判的に指摘し、業務執行事項を定款に定めることを内容とする株主提案を禁止することなども提案している。

 提言の内容はいずれも、単なる事務コストの低減といったことではなく、株主総会をよりよいものにするための目的合理的な施策を試行するものである。株主総会実務に関わる方々にはぜひ、いまの株主総会実務を白紙の状態で診断し、より合理的な対応を将来指向で考える材料として、提言を広くお読みいただきたい。

以 上

 


(くらはし・ゆうさく)

2006年東京大学法科大学院修了。翌2007年に第二東京弁護士会に登録し、中村・角田・松本法律事務所に所属。2013年にオックスフォード大学修士(Masters in Law and Finance)、2023年にロンドン大学博士(Doctor of Philosophy Law)を取得。2023年4月に倉橋法律事務所を開設。
<専門分野>会社法実務、訴訟・紛争解決、コーポレートガバナンス、株主総会、取締役会の実務全般
<主な著書>『執行役員の実務』(商事法務、2018)、『コーポレートガバナンス・コードの読み方・考え方〔第3版〕』(商事法務、2021)(共著)など多数

 


経営法友会、「会社法改正に関する提言――株主総会における議決権の事前行使制度および株主提案権について」(2024年9月 会社法研究会)(9月30日)
https://www.keieihoyukai.jp/library/details/2723

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