SH3029 契約の終了 第13回 「契約の終了」と「契約の尊重(favor contractus)」思想(下) 長坂 純(2020/02/26)

そのほか

契約の終了
第13回 「契約の終了」と「契約の尊重(favor contractus)」思想(下)

 明治大学教授

長 坂   純

 

 承前

Ⅲ 改正民法における「契約の尊重」思想

1 改正民法(契約債権法)の基本原則

⑴ 「合意原則」の提唱

 改正民法は、「債権」という抽象的概念を維持した上で、契約から生じた債権(契約債権)を中心とする債権法の構築を目指した[15]。契約の効力を債権法の中心概念に据えるときには、「契約内容の確定」ルールが問題となる。そこで、契約内容に関する基本原則とされたのが「合意原則」である。合意したことは守られなければならないけれども、合意していないことは特別な理由がない限り守る必要がないというのが市民社会の根本原則であることを認めるならば、それを法体系の基本思想・基本原理として周知・徹底すべきであることが主張された[16]

 改正民法は、契約締結時の「当事者の合意」に依拠して「契約内容の確定」を行い、そこから当事者の権利義務関係(契約規範)を定立することを原則とする。もっとも、契約規範の定立に際して合意をどこまで優先させるべきか(信義則を媒介とした権利義務関係の創設を認めるのか)、また、合意は明示的な場合に限るのか(客観的な状況や法典の規定等は参酌されないのか)などが議論された[17]

⑵ 「合意原則」と「契約の拘束力」原則

 「契約の尊重」思想が機能する場面の多くは、契約責任に関わるが、契約責任規範も「合意原則」から位置づけられる。

 すなわち、伝統的理論は、契約責任を債権・債務の問題として捉え、契約責任を「債務の不履行」と構成し、損害賠償責任は債権そのものの内容を構成しないから、別の根拠として過失責任主義により導出されるものとして理解されてきた。そのような中、改正民法は、契約責任の問題を債権・債務の発生原因である契約に接合させて構成し、債務不履行による損害賠償も「契約の拘束力」(=パクタ原則)から導き、伝統的な過失責任主義を廃棄する。つまり、債務者が責任を負う理由は、契約により約束した債務の履行をしないという「契約の拘束力」に求められ、行動の自由の保障を基礎に据えた伝統的な過失責任主義を根拠とするものではないとされる[18]。「契約の拘束力」を契約責任の基礎に据えるときには、契約内容をどのように確定するかが問題となる。そして、それは契約締結時の当事者の合意に依拠して確定されるべきであるとすると、「合意原則」に接合する。

⑶ 「契約の尊重」思想の位置づけ

 「合意原則」・「契約の拘束力」と「契約の尊重」思想との関係については必ずしも明らかだとはいえない。「合意原則」は、「契約自由の原則」を当然の前提とするものであり、改正民法が、近代民法の大原則を明示的に宣言することによって(改正民法521条)、その実質化への配慮がなされている点に現代的意義が認められるとされる[19]。また、上述したように、契約責任の根拠原則とされる「契約の拘束力」はパクタ原則を具現するものであり、「合意原則」にも接合する。そして、「契約の尊重」は、「契約の拘束力」から導かれる考え方であると説かれている[20]。すなわち、「契約の尊重」というのは、契約責任の問題を債務の発生原因である契約に接合させて構成し、履行請求権と債務不履行による損害賠償、さらに解除も、「契約の拘束力」から導かれるとする考え方であるとされる。

 確かに、「契約の尊重」思想は、責任規範の根拠原則とされる「契約の拘束力」を具現する考え方であるとはいえようが、それだけではその内容は明らかにはならない。「契約の尊重」は、契約法全体に通有の原理であるとはいい難く、個別の領域(契約法規律)において機能する思想である。また、「契約の尊重」思想は、契約関係の維持・確保という法的処理を志向するものであるとしても、それは一義的に定まるものではなく、対象となる個々の法理の趣旨及びその具体的な状況に即応した処理を要するものである。しかも、当初の契約意思に厳格に拘束されるものではなく、債権者・債務者間での利益調整に配慮した契約規範に優位を付与する点でも多義的な思想であるといえる。

 そこで、以下では、個別の契約法理の中で「契約の尊重」思想の意義・機能を考えたい。

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