被告人が強姦及び強制わいせつの犯行の様子を隠し撮りした各デジタルビデオカセットが刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に当たるとされた事例
被告人が強姦及び強制わいせつの犯行の様子を被害者に気付かれないように撮影し各デジタルビデオカセットに録画したのは、被害者にそれぞれその犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたためであるという本件事実関係の下においては、当該各デジタルビデオカセットは刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に当たる。
刑法19条1項2号、刑法(平成29年法律第72号による改正前のもの)176条、177条
平成29年(あ)第530号 最高裁平成30年6月26日第一小法廷決定 強姦未遂、強姦、強制わいせつ被告事件 上告棄却(刑集 72巻2号209頁)
原 審:平成28年(う)第4号 福岡高裁宮崎支部平成29年2月23日判決
第1審:平成26年(わ)第28号 宮崎地裁平成27年12月1日判決
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本件は、アロマサロンを開業し、自ら施術者として利用客にマッサージ等のサービスを提供していた被告人が、平成22年4月から同25年12月までの間に、被告人からアロマに関する指導を受けるなどしていた女性に対する強姦未遂1件(被害者A)、アロママッサージを受けに来た女性客合計4名に対する強姦1件(被害者B)及び強制わいせつ3件(被害者C、D、E)に及んだという事案である。
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本件においては、各犯罪の成否のほか、被告人が強姦1件及び強制わいせつ3件の各犯行の様子を隠し撮りしたデジタルビデオカセット合計4本(以下「本件デジタルビデオカセット」という。)について、その没収の可否が争われた。
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第1審の宮崎地裁は、各犯罪が成立するとした上で、没収の可否について、被告人は、Bら4名に対する各犯行に及ぶに当たり、それぞれ、同人らにアイマスクを着用させ、同人らに無断でビデオカメラを設置、操作し、各犯行の様子を隠し撮りして本件デジタルビデオカセットに録画したことなどを認定し、被告人が、後に当該女性らとの間でトラブルになった場合に備えて防御のために撮影したと供述していることを指摘した上で、「隠し撮りが被告人の当該性犯罪と並行して行われ、その意味で密接に関連しているといえるだけでなく」、「被告人としては、…自らに有利な証拠を作出し得るという認識を持ち、そのような利用価値を見出していたといえるのであり、そのような撮影行為によって客観的に記録した当該映像を確保できること自体が、被告人の上記各犯行を心理的に容易にし、その実行に積極的に作用するものであったと評価できる。したがって、本件デジタルビデオカセットについては、被告人のBら4名に対する各犯行を促進したものといえ、刑法19条1項2号所定の『犯罪行為の用に供した物』に当たる」とした。
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これに対し、被告人が控訴し、犯罪の成立に関して事実誤認、理由齟齬、没収に関して法令適用の誤りを主張したが、控訴審の福岡高裁宮崎支部は、控訴を棄却し、没収に関して、「Bは、被告人の1審弁護人から連絡があり、本件ビデオ映像に係る本件デジタルビデオカセットの映像を法廷で流されたくなかったら示談金ゼロで告訴の取下げをしろと要求された旨供述しており、被告人も、…示談交渉が決裂しているので今は」ビデオを処分する「つもりはない…という趣旨の供述をしていることに照らすと、被告人のいう利用客との間でトラブルになった場合に備えての防御とは、単に自己に有利な証拠として援用するために手元に置いておくことにとどまらず、被害者が被害を訴えた場合には、被害者に対して前記映像を所持していることを告げることにより、被害者の名誉やプライバシーが侵害される可能性があることを知らしめて、捜査機関への被害申告や告訴を断念させ、あるいは告訴を取り下げさせるための交渉材料として用いることも含む趣旨と認められる。そうすると、…各犯行時に隠し撮りをして、各実行行為終了後に各被害者にそのことを知らせて捜査機関による身柄拘束を含む捜査や刑事訴追を免れようとする行為は、各犯行による性的満足という犯罪の成果を確保し享受するためになされた行為であるとともに、捜査や刑事訴追を免れる手段を確保することによって犯罪の実行行為を心理的に容易にするためのものといえるから、本件各実行行為と密接に関連する行為といえる。以上のとおり、本件デジタルビデオカセットは、このような実行行為と密接に関連する行為の用に供し、あるいは供しようとした物と認められるから、刑法19条1項2号所定の犯行供用物件に該当する」として、第1審判決の認定判断は以上の説示に沿う限度で相当であるとした。
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被告人が上告し、犯罪の成立に関して事実誤認を主張したほか、没収に関して、「被告人は自己の施術に対するいわれのないクレームなどからの防御の目的でビデオ撮影をした」、「被告人自身は、1審弁護人がBとの示談交渉をしていた当時、既に警察にBに関するビデオ映像を提出しており、それを見れば暴行も脅迫もないことが明確なので起訴されることはないと思っていた」、「原判決が各ビデオを犯罪供用物件として没収を命じたのは刑法19条1項2号の解釈・適用を誤るもので、違法というほかない」などとして、法令違反を主張した。
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本決定は、弁護人及び被告人本人の各上告趣意は、いずれも事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらないとした上で、没収に関して次のとおり職権で判断を示し、上告を棄却した。
「被告人は、本件強姦1件及び強制わいせつ3件の犯行の様子を被害者に気付かれないように撮影し本件デジタルビデオカセットに録画したところ、被告人がこのような隠し撮りをしたのは、被害者にそれぞれその犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたためであると認められる。以上の事実関係によれば、本件デジタルビデオカセットは、刑法19条1項2号にいう『犯罪行為の用に供した物』に該当し、これを没収することができると解するのが相当である。」
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刑法19条1項2号は、「犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物」(犯罪供用物件)を没収することができる旨規定している。同号にいう「犯罪行為の用に供した物」とは、犯罪行為の遂行に現に使用した物であるとされ、「犯罪行為の用に供しようとした物」とは、犯罪行為の遂行に使用するために用意したが、現実には使用しなかった物であるとされるが、どのような物が犯罪供用物件に該当するのか、同号の規定の文言から直ちに明らかになるわけではない。本決定は、このような規定を適用する根拠事実を摘示して判断の理由とし、適用の理論的根拠については今後の議論に委ねたものとなっている。
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どのような範囲の物が犯罪供用物件に該当するのかということについては、見解が分かれている。①限定説は、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為」は、刑罰規定の構成要件該当行為に限られ、「用に供した物」は、構成要件該当行為それ自体に使用した物に限られるとする見解である(伊達秋雄=松本一郎『総合判例研究叢書 刑法(20)没収・追徴』(有斐閣、1963)29頁)。②密接関連行為説は、同号にいう「犯罪行為」は、構成要件該当行為のほかこれと密接に関連する行為を含むとする見解であり、実行の着手前又は終了直後に、実行行為を容易にし、あるいは逃走を容易にし、逮捕を免れ、その他犯罪の成果を確保する目的でされた行為も、実行行為と密接な関連性を有するものである限り、「犯罪行為」に属し、その際その行為に使用された物も「犯罪行為の用に供した物」に該当するという(団藤重光編『注釈刑法(1)』(有斐閣、1964)136頁(藤木英雄)、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法〔第三版〕第1巻』(青林書院、2015)422頁(出田孝一))。③促進説は、同号にいう「犯罪行為」は、構成要件該当行為に限られるとした上で、「用に供し、又は供しようとした物」には、構成要件該当行為それ自体に使用し、又は使用しようとした物のほか、構成要件該当行為の遂行を促進するように使用し、又は使用しようとした物が含まれるとする見解であり、犯罪供用物件は、実行行為を促進したという意味において、幇助犯と類似の関係にあり、幇助の因果性に関する議論と同様の考え方に基づき、附加刑として没収されると理解することができるという(鈴木左斗志「犯罪供用物件没収(刑法19条1項2号)の検討-最高裁平成15年4月11日判決(刑集57巻4号403頁)を契機として-」研修724号(2008)7、8頁、西田典之ほか編『注釈刑法 第1巻』(有斐閣、2010)128頁(鈴木左斗志)、安田拓人「判批」〔東京高判平成22・6・3〕『平成23年度重判解〈ジュリ臨増1440 号〉』(2012)152頁、同「本件判批」法教457号(2018)134頁、樋口亮介「没収・追徴」法教402号(2014)126頁、同「判批」『平成30年度重判解〈ジュリ臨増1531号〉』(2019)155頁)。
裁判例の大勢は、限定説以外の見解に依拠しているものということができる(最二小判平成15・4・11刑集57巻4号403頁等)。
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本決定は、本件デジタルビデオカセットに対する刑法19条1項2号適用の理論的根拠について今後の議論に委ねたものとなっているが、促進説に近い考え方に依拠しているものと考えられる。
すなわち、性犯罪は、被害者にとって被害を受けたことを他人に知られたくない犯罪である。したがって、行為者からすると、犯行の様子を撮影録画することは、被害者にその事実を知らせて捜査機関に行為者の処罰を求めることを断念させ刑事責任の追及を免れるための有効な手段を確保することになり、その意味において、犯行に及ぶ心理的障害を除去ないし軽減する機能を果たし犯行遂行を促進する効果を有するものであるということができる。本決定は、その摘示する事実関係からすると、本件が以上のような性質を有する性犯罪の事案であり、その犯行の様子を撮影しデジタルビデオカセットに録画することには実行行為に対して上記のような促進効果があること、被告人が隠し撮りをしたのはそのような効果を意図したものであるといえることに鑑み、促進説に近い考え方に依拠して、本件デジタルビデオカセットは「犯罪行為の用に供した物」に当たるとしたものと解される。
そして、促進説が幇助の因果性に関する議論と同様の考え方に基づいていると理解されることからすると、犯罪供用物件は、実行行為の終了までに、実行行為を促進するようにその用に供し、又は供しようとしたが、現実にはその用に供しなかった物をいうことになるであろう。本決定が、促進説に近い考え方に依拠しているとすれば、本件デジタルビデオカセットは、実行行為の終了までにその用に供されたことを要することになる。この点、本件デジタルビデオカセットは、犯行の様子が録画されることに実行行為に対する促進効果が認められるのであるから、犯行の様子が録画されることによって実行行為の終了前にその用に供されたと理解することができる。
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次に、本決定が、刑法19条1項2号の規定を適用する根拠事実を摘示して判断の理由としているのは、「本件デジタルビデオカセットは犯行を促進したものであるから犯罪行為の用に供した物に当たる」というような説示をした場合、法令適用の理論的根拠を明らかにすることにはなるが、犯罪供用物件の限界を明らかにすることがないと考えられたためであろう。どのような物が具体的に犯罪供用物件に該当するのか(実行行為を促進するものであるのか)ということをあらかじめ明示し、没収の範囲を明確に画することは困難である。実行行為を促進し犯罪供用物件に該当するか否かの判断は、事柄の性質上、事案に即した個別具体的な判断とならざるを得ず、事例の集積によってその範囲が明らかにされていくほかないものであると考えられる。そこで、本決定は、本件事案に即して、本件デジタルビデオカセットが「犯罪行為の用に供した物」に当たるというのに十分な事実関係を法令適用の根拠として摘示し判断の理由としたものと解される。
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平成29年法律第72号(平成29年6月23日公布、同年7月13日施行)による改正前の刑法176条(強制わいせつ罪)、177条(強姦罪)及びこれらの未遂罪は、同法180条1項により、親告罪とされ、告訴がなければ公訴を提起することができないとされていたが、同改正により、親告罪の規定は削除され、改正後の刑法176条(強制わいせつ罪)、177条(強制性交等罪)及びこれらの未遂罪は、告訴が訴訟条件ではなくなった。
本件は、刑法改正前の事案であり、本決定は、改正前刑法の適用を前提とした判断であるが、その判断内容は、改正後の刑法が適用される事案においても基本的に妥当するものと考えられる。
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本決定は、以上のとおり、被告人が強姦及び強制わいせつの犯行の様子を隠し撮りしたデジタルビデオカセットが、本件事実関係の下において、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に当たるとしたものである。その理論的根拠については今後の議論に委ねたものとなっているが、促進説に近い考え方に依拠しているものと考えられること、どのような物が具体的に犯罪供用物件に該当するのかということは、事例の集積によって明らかにされていくほかない性質のものであることなどに照らし、本決定は、事例判断として重要な意義を有するものと考えられる。