中国:輸出管理法と信頼できないエンティティリスト規定について(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 若 江 悠
アメリカにおける大統領選挙を前に、2020年8月には輸出禁止・輸出制限技術リストが改正され、9月には信頼できないエンティティリスト規定が制定、即日施行され、また10月には、長年審査中であった輸出管理法が制定され、米中対立の中で中国による対抗策として用いられ得る手段が続々と準備されている状況にある。本稿で扱う輸出管理法と信頼できないエンティティリスト規定のいずれも、抽象的な規定が多く、今後のバイデン政権への移行に伴いアメリカの対中政策がどのように変化するかにより運用が変わってくるところも多いと見込まれ、下位規定の制定内容含め、今後の動向が注目されるところであるが、本稿では五回に分けて、それぞれの規定内容を重要な点にしぼって概観する。
Ⅰ 輸出管理法
2020年10月17日、中国の全人大常務委員会により「中華人民共和国輸出管理法」(以下「輸出管理法」という。)が採決、公布され、同法は2020年12月1日から施行された。これまで中国の輸出規制は、主に核、ミサイル、生物化学兵器などの大量破壊兵器に利用されるおそれのある貨物・技術に関して、個別の行政法規や部門規定が規定されていた。国際的にも、世界の工場であり、貿易大国である中国に対し、安全保障輸出管理についての制度整備が期待されるなかで、中国でも、通常兵器関連を含めた統一的な輸出管理制度を確立するための立法作業が進められ、2017年6月16日、商務部より輸出管理法のパブリックコメント版が公布された。その後、三度にわたり修正された草案につき審議が行われ、このたび輸出管理規制に関する中国で初めての包括的な法律が制定されるに至った。草案の修正過程において、米中対立の影響を受け、域外適用条項や報復条項などが追加され、「国家の安全と利益」との観点がより強調された内容となっている。
輸出管理法は、①総則、②管理政策、管理リスト及び管理措置、③監督管理、④法律責任及び⑤附則の全5章計49条からなる。
総則において、輸出管理業務は、総体国家安全観を堅持し、国際平和を守り、安全と発展を統一的に計画して、輸出管制管理とサービスを整備しなければならないという大原則を明らかにした(3条)。ここでいう総体国家安全観とは、①政治の安全、②国土の安全、③軍事の安全、④経済の安全、⑤文化の安全、⑥社会の安全、⑦科学技術の安全、⑧情報の安全、⑨生態の安全、⑩資源の安全及び⑪核の安全が一体化された国家安全システムのことをいい、国際的に一般的な安全保障の概念よりもかなり広範な内容を含んだ「安全」観にたつことが明らかになっている。管理方法としては、統一的な輸出管理制度を実行し、管理リスト、名簿あるいは目録(以下「管理リスト」と総称する。)の策定、輸出許可の実施などの方法を通じて管理を行うとされた(4条)。
また、輸出管理を担当する組織につき、国務院及び中央軍事委員会が国家輸出管制管理部門であり、職責分業に基づき輸出管理業務に責任を負うが、国は輸出管理業務調整の仕組みを構築し、輸出管理業務の重大事項の調整を統括する(5条)とされる。これにより、これまでの制度のもとでそれぞれ輸出管理を行っていた商務部、工業情報化部、中央軍事委員会装備発展部等の部門について、今後、この調整枠組みの下で役割分担がされていくものと思われる。
1. 適用範囲
輸出管理法は、デュアルユース品目、軍用品、核及びその他の国の安全と利益の擁護、拡散防止等の国際義務の履行に関わる貨物、技術、サービス等の品目(以下「管理品目」と総称する。)の輸出管理に適用される(2条)。また、この管理品目には、品目に関わる技術資料等のデータを含むとされている。
また、輸出管理法の対象となる輸出管理には、中華人民共和国国内から国外に管理品目を移動すること、並びに中華人民共和国の公民、法人及び非法人組織が外国の組織及び個人に管理品目を提供することに対して、禁止又は制限措置をとることをいうと定義されている。すなわち、輸出管理法による制限の対象となる輸出には、後者のみなし輸出が含まれるが、規制対象は必ずしも明確ではない。
また、輸出のほか、同法45条により、管理品目の国境通過、中継輸送、通し輸送、再輸出又は保税区、輸出加工区等の税関特殊管理区域や輸出管理倉庫、保税物流センター等の保税管理場所から国外への輸出についても、輸出管理法の関連規定に基づいて管理を実行するものとされる。ここでいう再輸出の規制対象も明確ではない(たとえば、米国のEARのように、中国原産製品が一定割合以上組み込まれた製品の第三国からの輸出をも再輸出として対象とするのかどうか)が、今後の下位規定の制定や解釈、実務の運用により明らかにされることが期待される。
2. 管理リスト、臨時管理及び輸出禁止
管理品目のうち具体的に輸出管理規制の対象となるのは、基本的に、国家輸出管制管理部門が関係部門と共同で策定した管理リストに含まれる品目である(9条1項)。現時点においては、そのような管理リストは公布されていないが、今後、国家輸出管制管理部門により、現行の各輸出禁止制限品目リスト(例えば、「中国輸出禁止・制限技術目録」、「核両用品及び関連技術の輸出管理リスト」や「生物両用品及び関連設備並びに技術の輸出管理リスト」等)を基礎として、統合、調整のうえ新しいリストが作成、公布されることが予想される。
また、管理リストに該当しない貨物、技術及びサービスであっても、国家輸出管制管理部門は、国家安全及び利益を維持し、拡散防止等の国際義務を履行する必要に基づき、臨時管理を実施することができる。当該臨時管理の実施期限は、2年間を超えないものとするが、臨時管理の実施期限が満了する前に評価を行い、評価結果に基づいて臨時管理が延長され、又は臨時管理品目が管理リストに加えられる可能性もある(9条2項)。
さらに、上記管理リスト及び臨時管理以外のアド・ホックな措置として、国の安全と利益を守り、拡散防止等の国際義務を履行する必要に基づき、一定の管理品目の輸出を禁止する、又は一定の管理品目を特定の仕向国と地域、特定の組織と個人に輸出することを禁止することもできるとされている(10条)。
(2)につづく
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(わかえ・ゆう)
長島・大野・常松法律事務所パートナー。2002年 東京大学法学部卒業、2009年 Harvard Law School卒業(LL.M.、Concentration in International Finance)。2009年から2010年まで、Masuda International(New York)(現 NO&Tニューヨーク・オフィス)に勤務し、2010年から2012年までは、当事務所提携先である中倫律師事務所(北京)に勤務。 現在はNO&T東京オフィスでM&A及び一般企業法務を中心とする中国業務全般を担当するほか、日本国内外のキャピタルマーケッツ及び証券化取引も取り扱う。上海オフィス首席代表を務める。
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