不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより配当要求債権について差押え(平成29年法律第44号による改正前の民法147条2号)に準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるための要件
不動産競売手続において建物の区分所有等に関する法律66条で準用される同法7条1項の先取特権を有する債権者が配当要求をしたことにより、上記配当要求における配当要求債権について、差押え(平成29年法律第44号による改正前の民法147条2号)に準ずるものとして消滅時効の中断の効力が生ずるためには、民事執行法181条1項各号に掲げる文書により上記債権者が上記先取特権を有することが上記手続において証明されれば足り、債務者が上記配当要求債権についての配当異議の申出等をすることなく売却代金の配当又は弁済金の交付が実施されるに至ったことを要しない。
民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)147条2号、民法148条1項2号、民法306条1号、民事執行法51条1項、民事執行法181条1項、建物の区分所有等に関する法律7条1項、建物の区分所有等に関する法律7条2項、建物の区分所有等に関する法律66条
平成31年(受)第310号 最高裁令和2年9月18日第二小法廷判決 管理費等反訴請求事件
原 審:東京高裁平成30年11月8日判決
第1審:千葉地裁平成30年6月15日判決
1 事案の概要
本件は、マンションの団地管理組合法人であるX(上告人)が、マンションの専有部分(以下「本件建物部分」という。)を担保不動産競売で取得したY(被上告人)に対し、本件建物部分の前の共有者が滞納していた管理費等の支払義務をYが承継したとして、その管理費等の支払を求める事案である。
本件の事実関係の概要は、次のとおりである。
平成23年4月、本件建物部分の共有持分について強制競売の開始決定がされ、Xは、同年6月、滞納管理費等の債権について、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)66条で準用される同法7条1項の先取特権(同条2項、民法306条により、その効力については一般の先取特権とみなされる。)を有するとして、民事執行法51条1項に基づく配当要求(以下「本件配当要求」という。)をしたが、当該強制競売の申立ては、同年7月に取り下げられた。その後、Yは、担保不動産競売により、本件建物部分を取得した。
本件訴訟において、Yが滞納管理費等の債権の一部は時効消滅した旨主張しているのに対し、Xは、本件配当要求により、消滅時効の中断の効力が生じている旨主張して争っている。
2 1審判決及び原判決の要旨
1審判決及び原判決は、マンションの管理費等につき先取特権を有するとしてされた配当要求について消滅時効の中断の効力を認めるためには、債務者が配当異議の申出等をすることなく売却代金の配当又は弁済金の交付が実施されるに至ったことを要すると解すべきところ、本件配当要求については、強制競売の申立てが取り下げられ、債務者が配当異議の申出等をすることなく配当等が実施されるに至ったものではないから、消滅時効の中断の効力を認めることはできないと判断し、Yの消滅時効の抗弁を一部認めて、消滅時効の期間が経過していない管理費等の支払を命ずる限度でXの請求を一部認容した。
3 本判決
最高裁第二小法廷は、判決要旨のとおり判断し、原判決中、本件配当要求による時効中断の効力を認めずにXの請求を棄却した部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻し、Xのその余の上告を却下した。
4 説明
(1) 時効中断の制度の根拠に関する学説は、権利者の権利行使に時効中断の根拠を求める立場(実体法説-権利行使説)、権利の存在が公に確認されることに時効中断の根拠を求める立場(訴訟法説-権利確定説)、権利行使と権利確定の両者の側面が含まれると捉える立場(多元説)に大別できる。
学説は、一般の先取特権を有する債権者がする配当要求をも含めた検討の結果であることの明示はないものの、一般論として、配当要求は、①明確な権利の実行行為であり、債務者に対する通知もされることなどを理由に、差押えに準ずるものとして、時効中断の効力を肯定するものが多数であり(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016)536頁、四宮和夫=能見善久『法律学講座双書 民法総則〔第8版〕』(弘文堂、2010)393頁、松久三四彦「不動産競売における配当要求と時効中断効」『平成11年度重要判例解説〈ジュリ臨増1179号〉』(有斐閣、2000)66頁、酒井廣幸「民事執行法下における配当要求の時効中断効について」銀法536号(1997)15頁、片岡宏一郎「競売手続と時効中断」金法1398号(1994)92頁)、他にも、②「差押え」及び「裁判上の催告」に準ずるとするもの(淺生重機「不動産競売における申立債権以外の債権の時効中断(上)」手研472号(1992)18・22頁、同「不動産競売における申立債権以外の債権の時効中断(下)」手研473号(1992)37頁)、③「差押え」及び「民事執行上の請求」(催告)としての効力を認めるもの(伊藤進「抵当不動産競売手続への申立以外の方法による参加と消滅時効中断効(下)」ジュリ1147号(1998)119頁)、④破産手続参加に準ずるとするもの(香川保一監修、吉野衛=三宅弘人執筆代表『注釈民事執行法 3(不動産執行 上 43条~68条)』(金融財政事情研究会、1983)167頁〔三宅弘人〕、峯崎二郎「競売申立ての取下げ前に配当要求をした者の時効中断の効力」金法1129号(1986)27頁、上野隆司=浅野謙一「不動産競売における配当要求と時効中断の成否」金法1529号(1998)7頁、川井健『民法概論1 民法総則〔第4版〕』(有斐閣、2008)337頁)、⑤債務者が配当の終了時までに債権の存在を争わない場合に限り、破産手続参加に準ずるとするもの(石田穣『民法総則』(悠々社、1992)576頁)もある。
(2) 判例は、時効中断の制度の根拠について、権利行使説、権利確定説又は多元説のいずれの立場に立つのかを明確にしていないが、担保権の実行の場面における「差押え」に関しては、権利行使の側面を重視しているようにみえる(大判大正9・6・29民録26輯949頁、大判大正15・3・25民集5巻4号214頁、大決昭和13・6・27民集17巻14号1324頁、最二小判昭和50・11・21民集29巻10号1537頁、最一小判平成8・3・28民集50巻4号1172頁、最二小判平成8・9・27民集50巻8号2395頁参照)。
そして、最三小判平成11・4・27民集53巻4号840頁は、不動産競売手続において執行力のある債務名義の正本を有する債権者がする配当要求は、差押えに準ずるものとして、配当要求に係る債権につき時効中断の効力を生ずるとしている。ただし、この判例の事案は、債務名義が存するものであり、権利の存在は既に公的に確認されているから、権利確定の側面を厳格に要求する必要はなかった。
一般の先取特権を有する債権者がする配当要求に時効中断の効力が生ずるか否かを判断した判例はなく、下級審の裁判例は、その効力が生ずる場合についての判断が分かれていた(東京地判平成16・8・31(平成16年(ワ)2924号、判例秘書(LLI/DB))、本件の1審判決及び原判決である千葉地判平成30・6・15(平成27年(ワ)1700号)及び東京高判平成30・11・8(平成30年(ネ)3449号、3751号)(いずれも公刊物未搭載))。
(3) 一般の先取特権を有する債権者は、担保不動産競売の申立てを行うことができ(民事執行法180条、181条1項)、競売開始決定が債務者に送達された場合に、民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)147条2号の差押えとしてその被担保債権につき時効中断の効力が生ずることに異論はないと思われる。そして、一般の先取特権を有する債権者は、既に第三者の申立てによって強制競売又は担保不動産競売の開始決定がされている場合、自ら担保不動産競売の申立てをして二重開始決定(民事執行法47条1項、188条)を得ることも、配当要求(同法51条1項、188条)をすることもでき、配当要求は債務者に通知(民事執行規則27条)がされるのであるから、一般の先取特権を有する債権者がする配当要求も、一般の先取特権に基づいて能動的にその権利を実現しようとしている点では、担保不動産競売の申立てと異ならないといえる。
また、民事執行法181条1項は、同項各号所定の法定文書、すなわち、担保権の存在を証する文書の提出だけで担保不動産競売の開始を許容しており、その後に被担保債権の存否を確定することを予定していないが、担保不動産競売の申立てには時効中断の効力が認められている。そのため、時効中断事由としての「差押え」について権利確定の要素が必要と考えるとしても、一般の先取特権を有する債権者がする配当要求については、執行裁判所が、一般の先取特権の存在を証する法定文書の存在を認め、当該配当要求を却下せず、適式な配当要求があるものとして、差押債権者及び債務者にその通知をするなど、強制競売手続又は担保不動産競売手続が進められるという結果、あるいは、執行裁判所にそのような法定文書が提出されたという結果が、権利を明確にしたとみることができ、権利確定の要素としてはこれをもって足りると解することができる。
本判決が判決要旨のとおり判断したのも、以上の点を考慮したものと考えることができる。
(4) 本判決は、マンションの管理費等につき先取特権を有する債権者がした配当要求により、配当要求債権について消滅時効の中断の効力が生ずるか否かという法律上の問題について、初めて最高裁が判断を示したものであり、理論上も実務上も重要な意義を有すると思われる。なお、平成29年法律第44号による改正後の民法において、上記配当要求が時効の完成猶予・更新事由となるか否かは、引き続き解釈(同法148条参照)に委ねられているため、本判決はその解釈においても参考になるものと思われる。