原告らの採る立証手法により特定の建材メーカーの製造販売した石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実が立証され得ることを一律に否定した原審の判断に経験則又は採証法則に反する違法があるとされた事例
次の ⑴ から ⑸ までの手順による立証手法により、特定の建材メーカーの製造販売した石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実が立証され得ることを一律に否定した原審の判断には、経験則又は採証法則に反する違法がある。
- ⑴ 国土交通省及び経済産業省により公表されているデータベースに掲載されるなどした石綿含有建材を複数の種別に分類し、そのうち、建設作業従事者らの職種ごとに、直接取り扱う頻度が高く、取り扱う時間も長く、取り扱う際に多量の石綿粉じんにばく露するといえる種別を選定する。
- ⑵ 上記のとおり選定された種別に属する石綿含有建材のうち、上記建設作業従事者らが建設作業に従事していた地域での販売量が僅かであるもの等を除外し、さらに、上記建設作業従事者ごとに、建設作業に従事した期間とその建材の製造期間との重なりが1年未満である可能性のあるもの等を除外する。
- ⑶ 上記 ⑴ 及び ⑵ により上記建設作業従事者ごとに特定した石綿含有建材のうち、同種の建材の中での市場占有率がおおむね10%以上であるものは、その市場占有率を用いた確率計算を考慮して、上記建設作業従事者の作業する建設現場に到達した蓋然性が高いものとする。
- ⑷ 上記建設作業従事者がその取り扱った石綿含有建材の名称、製造者等につき具体的な記憶に基づいて供述等をする場合には、その供述等により上記建設作業従事者の作業する建設現場に到達した石綿含有建材を特定することを検討する。
- ⑸ 建材メーカーらから、自社の石綿含有建材につき販売量が少なかったこと等が具体的な根拠に基づいて指摘された場合には、その建材を上記 ⑴ から ⑷ までにより特定したものから除外することを検討する。
民法719条1項後段、民訴法247条
平成31年(受)第596号 最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決 損害賠償請求事件 破棄差戻し
原 審:平成24年(ネ)第8328号 東京高裁平成30年3月14日判決
第1審:平成20年(ワ)第13069号、平成22年(ワ)第15292号 東京地裁平成24年12月5日判決
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本件は、最高裁第一小法廷で令和3年5月17日に判決が言い渡された4件の建設アスベスト訴訟のうち東京訴訟第1陣と呼ばれる事件である(他の3件は、神奈川訴訟第1陣、京都訴訟第1陣及び大阪訴訟第1陣と呼ばれる。以下「神奈川1陣」などという。)。本件では、建設作業に従事し、石綿粉じんにばく露したことにより石綿関連疾患にり患したと主張する者(以下「被災者」という。)又はその承継人であるXらが(上告審段階の被災者数305人)、Y₁(国)に対し、石綿含有建材に関する規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法であったなどと主張して同項に基づく損害賠償を求めるとともに、Y₂(建材メーカー)らに対し、石綿含有建材に関する警告表示義務の違反があったなどと主張して不法行為に基づく損害賠償を求めた。
本判決で取り上げられた論点は、XらのY₂らに対する請求について、Xらの採った判決要旨 ⑴ ~ ⑸ の立証手法(以下「本件立証手法」という。)により、特定の建材メーカーの製造・販売した石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実(以下「建材現場到達事実」という。)が立証され得るか否かである。
原判決は、建材メーカーらが共同不法行為責任を負うというためには、建材現場到達事実が立証されることが必要であるとした上、本件立証手法により建材現場到達事実が立証され得るとはいえないとして、XらのY₂らに対する請求を棄却すべきものとした(1審判決も同請求を棄却していた。)。Xらが上告受理申立てをし、最高裁第一小法廷は、本件のうち、XらのY₂ら12社に対する請求に関する部分を上告審として受理した。
本判決は、本件立証方法には相応の合理性があり、これにより建材現場到達事実が立証され得るといえるのに、それを一律に否定した原審の判断には経験則又は採証法則の違反があるとして、原判決のうちXらのY₂ら12社に対する請求を棄却した部分を破棄し、差し戻した。
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建設アスベスト訴訟における被災者の建材メーカーに対する責任追及の困難性として、㋐被災者は、長期間にわたり多数の建設現場で建設作業に従事してきたこと、㋑建材には多種多様のものがあり、建設現場ごとに使用建材が異なるのが通常であること、㋒石綿関連疾患は石綿粉じんばく露から数十年の潜伏期間を経て発症すること、㋓被災者らのうち多数が死亡していること等の事情があることにより、各被災者がどの建材メーカーの石綿含有建材を使用して石綿粉じんにばく露したかを特定するのが難しいという問題が指摘されてきた。
被災者の建材メーカーに対する請求については、民法719条1項後段の適用又は類推適用がされるかという法解釈上の問題と並んで、上記㋐~㋓等の事情の下で建材現場到達事実等が認められるかという立証上の問題があり、初期の1審判決(本件の1審判決、神奈川1陣の横浜地判平成24・5・25訟月59巻5号1157頁、九州1陣の福岡地判平成26・11・7判例秘書登載)では、その立証上の問題も障害となって請求が棄却された。その後、京都1陣の1審で本件立証手法と同様の立証手法を踏まえた主張がされ、その1審判決(京都地判平成28・1・29判タ1428号101頁)は、同主張により建材現場到達事実についての「可能性」が認められるとして請求を一部認容し、初めて建材メーカーらの共同不法行為責任を肯定した。その他の1審判決は、請求を一部認容するもの(神奈川2陣の横浜地判平成29・10・24判例秘書登載)と、請求を棄却するもの(大阪1陣の大阪地判平成28・1・22判タ1426号49頁、北海道1陣の札幌地判平成29・2・14判タ1441号153頁)に分かれた。そして、控訴審段階では、本件の原判決のみが請求を棄却すべきものとし、他の控訴審判決は請求を一部認容すべきものとした(神奈川1陣の東京高判平成29・10・27判タ1444号137頁、京都1陣の大阪高判平成30・8・31判時2404号4頁、大阪1陣の大阪高判平成30・9・20判時2404号240頁、九州1陣の福岡高判令和元・11・11裁判所HP登載、神奈川2陣の東京高判令和2・8・28判時2468=2469号15頁)。
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学説上、建材メーカーらが共同不法行為責任を負うというために、ⓐ建材現場到達事実の立証を必要とする見解(内田貴「近時の共同不法行為論に関する覚書(続)(下)――719条1項後段の解釈論」NBL1087号(2016)22~23頁等)と、ⓑ建材現場到達事実についての「相当程度の可能性」等が認められれば足りるとする見解(大塚直「建設アスベスト訴訟に関する大阪高裁二判決と今後の課題─―製造者の責任について」判時2404号(2019)307~308頁等)がある。最高裁第一小法廷は、冒頭記載の4件についての判決を通じて、いずれを採るかを明示していないが、神奈川1陣及び本件の受理決定時に各論旨のうちⓑの見解を主張する部分を排除したこと等からすれば、ⓐの見解に親和的であると窺われる。もっとも、建材現場到達事実は、その内容が前記のように概括的なものであり、従前の建設アスベスト訴訟の判決において現実に結論を分けたのは、ⓐⓑの見解のいずれを採るかという点より、具体的にどのような立証がされれば各要件を満たすといえるかという点にあるといえる。
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原判決は、本件立証手法により建材現場到達事実が立証されるとはいえないとする理由として、本件立証方法には、①国交省データベースの信用性に疑いがあり、②建材の市場占有率(以下「シェア」という。)の根拠資料の信用性に疑いがあり、③建材のシェアに基づく確率計算を考慮する前提条件を欠いており、④被災者らの供述等に裏付け証拠がなく、⑤建材メーカーが古い時期の自社の石綿含有建材の販売量に係る資料を提出しないことを建材メーカーに不利に考慮することはできないこと等の各問題点がある旨を指摘した。
本判決は、上記①~⑤の各点について、それをもって直ちに本件立証手法が不合理とはいえないことをそれぞれ詳細に説示している。そのうち、シェアに基づく確率計算を考慮した到達の推認の点についてみると、原審は、建材がどの現場に到達するかは流通経路、販売地域、用途等の個別的要因に左右されるから、確率計算の前提となる「全国の建設現場において、ある建材がそのシェアどおりの確率で出現する」という条件を欠くとして、上記推認の合理性を否定した。しかし、上記要因の影響の相当部分は、本件立証手法のうち判決要旨 ⑴ ⑵ 記載の段階で考慮されているということができ、上記の前提条件を欠くとまではいえない。その上で大局的に見れば、建材のシェアが高いほど、また、被災者が作業をした現場の数が多いほど、建材現場到達事実が認められる蓋然性が高くなることは経験則上明らかであり、Xらの確率計算はその経験則を補完・補強するものということができる。その確率計算とは、例えば、特定の建材が各建設現場で用いられる確率が10%、特定の被災者が作業した現場の数が20箇所又は30箇所である場合、当該建材が当該被災者の作業する現場に1回でも到達する確率は約88%又は約96%となるというものであるところ、Xらは、各被災者が作業した現場の数につきおおむね数十箇所以上、多い場合で1000箇所以上と主張しており、仮にその主張どおりの数が認められるのであれば、前記推認ができる場合は十分にあるといえる。本判決は、以上のようなことを考慮して、前記推認の合理性を一律に否定した原審の判断は著しく合理性を欠くとしたものと考えられる。
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本判決は、原審の事実認定に経験則又は採証法則の違反があるとしたものであるが、全国に多数係属する建設アスベスト訴訟で問題となり、下級審判決で判断が分かれていた争点につき最高裁として判断を示した点で大きな影響を有するほか、有害物質を含む商品が流通して被害が生じた事案において、シェアに基づく確率計算を考慮してその商品の被害者への到達を推認し得る場合があるとした点が特徴的であり、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられる。