民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合に、その弁済が上記部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることの可否
民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合、その弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これが上記部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできない。
民訴法118条3号、民事執行法22条6号、24条
令和2年(受)第170号、同年(オ)第135号 最高裁令和3年5月25日第三小法廷判決
執行判決請求、民訴法260条2項の申立て事件(民集75巻6号登載予定)
第2次第2審:平成31年(ネ)第277号 大阪高裁令和元年10月4日判決
第1次上告審:平成29年(受)第2177号 最高裁平成31年1月18日第二小法廷判決
第1次第2審:平成29年(ネ)第101号 大阪高裁平成29年9月1日判決
第1審:平成27年(ワ)第12230号 大阪地裁平成28年11月30日判決
1 事案の概要等
⑴ 本件は、Xら(原告・控訴人兼被控訴人・被上告人)が、Y(被告・被控訴人兼控訴人・上告人)に対して損害賠償を命じた米国カリフォルニア州の裁判所の判決について、民事執行法24条に基づいて提起した執行判決請求訴訟である。
⑵ 事実関係の概要は、次のとおりである。
Xらは、カリフォルニア州において日本食レストランを経営する会社及びその設立者らであり、Yは、主として不動産関連事業を営む日本企業である。
同州オレンジ郡上位裁判所(以下「本件外国裁判所」という。)は、平成27年3月、XらのYに対する損害賠償請求訴訟において、Yに対し、補償的損害賠償等として約18万5000ドル及び同州民法典の定める懲罰的損害賠償として9万ドルの合計約27万5000ドル並びにこれに対する利息をXらに支払うよう命ずる判決(以下「本件外国判決」という。)を言い渡し、本件外国判決は、その後確定した。
本件外国裁判所は、同年4月、Xらの申立てにより、本件外国判決に基づく強制執行として、Yの関連会社に対する債権等をXらに転付する旨の命令(以下「本件転付命令」という。)を発付し、Xらは、同年12月、本件転付命令に基づき、約13万5000ドルの弁済(以下「本件弁済」という。)を受けた。
(3) 判例(最二小判平成9・7・11民集51巻6号2573頁)は、外国判決のうちカリフォルニア州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序(平成8年法律第109号による改正前の民訴法200条3号。現行法118条3号に相当する。)に反するから、その効力を有しないものとしている。本判決は、第2次上告審判決であるところ、第2次上告審においては、上記判例を前提に、本件外国判決のうち執行判決をすることができる範囲が争われた。なお、第1次上告審(最二小判平成31・1・18民集73巻1号1頁)においては、Yに対する判決の送達がされないまま本件外国判決が確定したという本件外国判決の訴訟手続が我が国の公の秩序に反するか否かが争われ、第1次上告審判決は、公の秩序に反するとした第1次控訴審判決を破棄し、事件を原審に差し戻していた。原審(第2次控訴審)は、本件外国判決の訴訟手続は公の秩序に反しないと判断したため、Yは、この点についても上告受理申立ての理由として主張したが、上告受理の決定において排除されたことから、本判決は判断を示していない。
2 原判決
原判決(大阪高判令和1・10・4公刊物未登載)は、本件外国判決のうち懲罰的損害賠償として9万ドル及びこれに対する利息の支払を命じた部分(以下「本件懲罰的損害賠償部分」という。)は、我が国の公の秩序に反するものであるが、カリフォルニア州において本件懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在することまで否定されるものではなく、本件外国裁判所の強制執行手続においてされた本件弁済は、上記債権を含む本件外国判決に係る債権の全体に充当されたとみるほかないとした上で、本件外国判決の認容額(約27万5000ドル)から弁済額(約13万5000ドル)を差し引いた残額(約14万ドル)について債権の行使を認めても公の秩序に反しないから、本件外国判決のうち上記残額の部分について執行判決をすることができると判断した。
3 本判決
本判決は、民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合、その弁済が上記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これが上記部分に係る債権に充当されたものとして上記判決についての執行判決をすることはできないとした上で、本件外国判決については、本件弁済により本件懲罰的損害賠償部分を除く部分に係る債権(約18万5000ドル)が本件弁済の額(約13万5000ドル)の限度で消滅したものとして、その残額(約5万ドル)に限り執行判決をすべきであり、これと同じ結論の第1審判決は正当であるとして、原判決中、第1審判決を変更した部分を破棄してXらの控訴を棄却する旨の自判をした。
また、Yは、民訴法260条2項の裁判(仮執行の原状回復等を命ずる裁判)の申立てをしていたところ、本判決は、原判決に付された仮執行宣言は上記破棄の限度で失効したとして、上記申立てを一部認容した。
4 説明
⑴ 一般に、裁判権は国家主権の一内容を構成するから、外国判決は当然には我が国において効力を有せず、外国判決の内国における効力をどのように取り扱うかは各国の立法政策上の問題であるところ、我が国は、いわゆる自動承認の制度を採用し、民訴法118条各号の定める要件(以下「承認要件」という。)を具備する外国判決は、何らの手続を要することなく我が国において効力を有するものとしている。もっとも、執行機関に承認要件具備の判断を求めるのは適切ではないため、我が国において外国判決に基づく強制執行をするためには、あらかじめ当該外国判決による強制執行を許す旨の執行判決(民事執行法24条)を得なければならないものとされている。
なお、執行判決請求訴訟において、外国判決の既判力の基準時後に生じた弁済等の請求異議事由を抗弁として主張することができるかという点には争いがあったが、現在は肯定説が通説であり、裁判実務も肯定説で固まっている状況であって、本件の当事者もこの点を争っていない。本判決は、この点について明示的には判断を示していないが、本件弁済の事実が抗弁になることを認めており、肯定説に立つものといえる。
⑵ 本件外国判決は、Yに対して懲罰的損害賠償9万ドルを含む合計約27万5000ドル及びこれに対する利息の支払を命ずるものであり、カリフォルニア州においては、そのようなものとして、判決としての効力を有している。しかし、前述のとおり、判例(前掲最二小判平成9・7・11)は、外国判決のうち同州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は我が国の公の秩序に反し効力を有しないとしているから、上記判例に従えば、本件懲罰的損害賠償部分は判決としての効力を有しないことになる。
そして、本件懲罰的損害賠償部分が効力を有しない以上、本件弁済の効力を判断するに当たって本件懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在するとみることはできず、したがって、本件弁済が上記債権に充当されるということもあり得ない。本件弁済は、本件転付命令という外国裁判所の強制執行処分に基づくものではあるが、そうであるからといって、存在しない債権に対する弁済の充当を観念することができないことに変わりはない。したがって、本件弁済が本件懲罰的損害賠償部分に係る債権に充当されたものとして執行判決をすることはできないというべきである。
⑶ もっとも、承認要件を具備しない懲罰的損害賠償の部分が含まれる外国判決に対して一部弁済がされた場合に、その弁済が上記部分に係る債権に充当されることはないとしても、そのことから当然に、これが承認要件を具備する部分に係る債権に充当されるということはできない。例えば、承認要件を具備しない懲罰的損害賠償の部分が含まれる外国判決に係る債権について、専ら懲罰的損害賠償の債権のみに充当されるべきものとして一部弁済がされたという設例を考えてみると、このような場合であっても、上記懲罰的損害賠償の債権が存在するとみることができない以上、上記弁済がこの債権に充当されたとみることはできないものの、上記外国判決のうち懲罰的損害賠償の部分を除く部分に係る債権は、上記弁済の充当先とはされていないのであるから、上記弁済がこの債権に当然に充当されるということはできないと思われる(この場合、上記弁済は、存在しない債権に対する弁済として、広義の非債弁済となる余地があると思われる。)。
⑷ そこで、本件弁済の充当関係を検討すると、本件弁済は、本件転付命令に基づいてされたものであるところ、カリフォルニア州の民事訴訟制度において、裁判所は、金銭判決(money judgment)の強制執行として、判決債権者(judgment creditor) の申立てにより、判決債務者(judgment debtor) に対し、支払期が到来し、又はこれから到来する金銭債権の全部又は一部を判決債権者等に転付する旨の命令(assignment order)を発することができるとされている。そして、転付命令が発せられた場合には、判決債権者が第三債務者から弁済金を現実に受領するなどしたときに、金銭判決が弁済されたことになるとされており、これにより弁済額の限度で当該金銭判決に係る債権が消滅することになる。したがって、本件においても、Xらが本件転付命令の第三債務者から弁済金を受領したときに、その額について本件外国判決に係る債権が弁済されたことになり、同額の限度で上記債権が消滅したものと考えられる。
以上は、本件転付命令のカリフォルニア州における効力であるが、本件転付命令は、外国裁判所の裁判(強制執行処分)であるから、我が国において当然に効力を有するわけではなく、その効力いかんの問題は、本件転付命令の我が国における承認の問題であると考えられる。我が国には、外国裁判所の強制執行処分の承認について定めた法令はないが、とりわけ国際化が進んだ現在において、外国裁判所の強制執行による弁済の効果が我が国において一切認められないということは考えられないと思われる。この点について論じた文献は少ないが、その論者は、基本的に外国裁判所の強制執行処分が広く承認されるべきとする立場に立っている(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016)667頁、野村秀敏「国際的債権執行と仮差押えに関する二つの問題点」石川明古稀『現代社会における民事手続法の展開 上巻』(商事法務、2002)355頁以下、藤井まなみ「外国においてなされた債権執行の効力の内国における承認」法学政治学論究21号(1994)131頁以下等)。本件転付命令の効力の全容は明らかではないが、少なくとも、本件弁済により弁済額の限度で本件外国判決に係る債権が消滅するという効力については、本件訴訟の当事者が争っておらず、これを否定すべき事情も見当たらない。本判決は、本件転付命令の上記効力が承認され、本件転付命令が我が国においても上記効力を有することを前提としているものと解される。
以上によれば、我が国において、本件外国判決は、Yに対して約18万5000ドル及びこれに対する利息の支払を命ずるものとして効力を有しているところ、本件転付命令は、本件弁済により弁済額の限度で本件外国判決に係る債権が消滅するという効力を有しているから、前記の設例のような特別の事情がない限り、Xらが第三債務者から弁済金(本件弁済)を受領したときに、上記の約18万5000ドルに係る債権が弁済額の限度で消滅することになる。そして、本件弁済について、そのような特別の事情はうかがわれない。そうすると、本件において執行判決をすることができる範囲は、上記の約18万5000ドルから本件弁済の額(約13万5000ドル)を控除した残額(約5万ドル)及びこれに対する利息に限られることになる(本件弁済が元本及び利息のいずれに先に充当されるかという問題はあるが、Xらは、本件弁済の額を元本から控除することを認めている。)。
⑸ 本判決は、このような理解の下、原判決を一部破棄し、Xらの控訴を棄却する旨の自判をしたものと考えられる。本判決は、外国判決に民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償の部分が含まれる場合について判示したものであるが、その説示内容に照らすと、判旨は、外国判決に同条各号の要件(承認要件)を具備しない部分が含まれる場合一般に妥当するものと思われる。
5 意義
本判決は、我が国で効力を有しない懲罰的損害賠償の部分が含まれる外国判決に関する弁済の充当関係について、最高裁が判断を示したものである。国際化が進んだ今日では、日本の企業や個人が海外において懲罰的損害賠償を含む損害賠償の判決を受けることも決して稀なことではないようであり、本判決は、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると考えられる。