◇SH3821◇最二小決 令和3年4月14日 訴訟行為の排除を求める申立ての却下決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(草野耕一裁判長)

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 弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)57条に違反する訴訟行為につき、相手方である当事者がその行為の排除を求めることの許否

 弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできない。
(補足意見がある。)

 弁護士法25条1号、弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)27条1号、57条

 令和2年(許)第37号 最高裁令和3年4月14日第二小法廷決定
 訴訟行為の排除を求める申立ての却下決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件 破棄自判

 原 審:令和2年(ラ)第10004号 知財高裁令和2年8月3日決定
 原々審:令和元年(ワ)第31210号 東京地裁令和2年3月30日決定

1 事案の概要等

 X1及びX2は、令和元年11月、Yに対し、医薬品に関する特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。A弁護士は、令和元年10月まで、X1の組織内弁護士として本件訴訟提起の準備を担当していたが、同年12月にX1を退社し、令和2年1月、B及びC弁護士(以下「B弁護士ら」という。)が所属する法律事務所に入所した。B弁護士らは、同月、本件訴訟においてYの訴訟代理人となった。

 弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号。以下「基本規程」という。)は、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)が、弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため、会規として制定したものであり、基本規程57条は、本文において、共同事務所の所属弁護士は、他の所属弁護士等が基本規程27条1号等の規定により職務を行い得ない事件について職務を行ってはならないと定め、ただし書において、「職務の公正を保ち得る事由」があるときは、この限りではないと定めている。

 本件は、Xらが、A弁護士は基本規程27条1号により本件訴訟につき職務を行い得ないのであるから、A弁護士と同じ法律事務所に所属するB弁護士らが本件訴訟においてYの訴訟代理人として訴訟行為をすることは基本規程57条に違反すると主張して、B弁護士らの各訴訟行為の排除を求める事案である。

 なお、基本規程27条1号は、弁護士がその職務を行ってはならない事件として「相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」と規定し、これは、弁護士法25条1号に相当するが、基本規程57条に相当する規定は、弁護士法その他法律に見当たらない。

 

2 原々審、原審及び本決定の内容

 原々審(東京地決令和2年3月30日)、原審(知財高決令和2年8月3日)は共に、基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその排除を求めることができるものと解するのが相当であるとした。しかしながら、本件訴訟におけるB弁護士らの各訴訟行為について、原々審は、同条ただし書にいう「職務の公正を保ち得る事由」があると認め、同条に違反しないとしたのに対して、原審は、同事由があるとは認められず、同条に違反するとして、B弁護士らの各訴訟行為を排除する旨の決定をした。

 これに対し、第二小法廷は、決定要旨のとおり判断して、原決定を破棄し、本件申立てを却下した原々決定に対する抗告を棄却した。

 

3 説明

⑴ 弁護士法25条違反の訴訟行為の効力

 弁護士の訴訟行為の排除については、弁護士の利益相反を規律する規定である弁護士法25条違反の訴訟行為の効力として議論されてきた。すなわち、弁護士法25条違反の訴訟行為の効力については、同法又は訴訟法上直接の規定がなく、学説上、①有効説、すなわち、弁護士法25条は単なる職務上の訓示規定であり、訴訟行為の効力とは無関係で、同条違反には懲戒で対処すべきであるとする見解(兼子一『民事訴訟法体系』(酒井書店、1954)126頁等)、②絶対的無効説、すなわち、弁護士の倫理ないし品位の保持という同条の公益的性格を強調し、同条違反の弁護士の訴訟行為は常に絶対的に無効であるとする見解(末川博『判例民法の理論的研究 第1巻』(日本評論社、1942)54頁等)、③異議説、すなわち、同条違反の弁護士の訴訟行為について、相手方に異議権ないし責問権を認め、異議ないし責問がなければ、同訴訟行為を有効とする見解(民事法判例研究会編『判例民事法 第18巻 昭和13年度』(有斐閣、1939)149事件等〔有泉亨〕)等が主張され、判例にも変遷がみられたところ、最大判昭和38・10・30民集17巻9号1266頁(以下「昭和38年最判」という。)は、同条1号に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものとして、③の異議説を採用することを明らかにし、その後同旨の判断が続き(最一小判昭和42・3・23民集21巻2号419頁、最一小決平成29・10・5民集71巻8号1441頁)、判例が③の異議説をとることが確立された。そして、現在、異議説が通説とされている(伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』(有斐閣、2020)160頁、髙中正彦『弁護士法概説〔第5版〕』(三省堂、2020)133、134頁等)。

⑵ 基本規程57条違反の訴訟行為の効力

 基本規程57条は、利益相反の規律を共同事務所の範囲で拡大したものである。すなわち、依頼者の信頼は共同事務所に対してあることから、共同事務所に所属する弁護士の一人が利益相反事件として業務を行い得ない場合に、その事務所の別の弁護士がこれを取り扱うことは、依頼者に疑惑と不安を生ぜしめ、弁護士の職務執行の公平さを疑われることになる。そこで、依頼者の信頼確保、弁護士の職務の公平確保を図るために、所属弁護士について、基本規程27条又は28条により他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が職務を行い得ない事件についても職務を行い得ないものとした(日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説 弁護士職務基本規程〔第3版〕』(日本弁護士連合会、2017)163頁)。昭和38年最判は、弁護士法25条1号について「弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするものである」とした上で、その違反を「懲戒の原因とするに止め、その訴訟行為の効力には何らの影響を及ぼさず、完全に有効なものとすることは、同条立法の目的の一である相手方たる一方の当事者の保護に欠くるものと言わなければならない」として、「同条違反の訴訟行為については、相手方たる当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解するのが相当である」としたものであるが、基本規程57条も、上記のとおり、弁護士法25条1号と目的を同じくするといえることからすると、基本規程57条違反の訴訟行為の効力についても弁護士法25条1号の場合と同様に解すべきようにも思われる。しかしながら、弁護士は、委任を受けた事件について、訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(民訴法54条1項、55条1項、2項)のであって、内部規律である基本規程を根拠に、訴訟行為の排除を求めることができるとした場合、訴訟手続の安定や訴訟経済を害するおそれがあり、相当ではない。そこで、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が、基本規程57条に違反するにとどまる場合には、その違反は、当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当であり、本決定も、同様の考えに基づくものといえる。

⑶ 射程等

 弁護士法25条と基本規程57条との相違点については、上記のとおり、①法律の規定であるか内部規律の規定であるかのほか、②利益相反の程度、すなわち、弁護士法25条違反の場合には、同一の弁護士に係る利益相反でありその不公正さは絶対的といえるのに対し、基本規程57条違反の場合には、別の弁護士に係る利益相反でありその不公正さは仮定的といえること、③違反に当たるか否かの判断方法等、すなわち、弁護士法25条は事実要件で構成されているため、違反に当たるか否かの判断が比較的容易であるのに対し、基本規程57条はただし書において「職務の公正を保ち得る事由」という規範的要件があり、個別の事案における評価根拠事実と評価障害事実の総合考慮を要するため、違反に当たるか否かの判断が必ずしも容易ではなく、仮に、同条違反を理由に訴訟行為の排除が認められるとした場合、弁護士の活動を過度に制約し、弁護士業務の拡充、発展を阻害するおそれがあること、なども挙げられる。しかしながら、本決定は、上記各相違点のうち、①のみを挙げて昭和38年最判とは異なる結論をとっているのであって、法形式の違いを重視したものといえる。このような論拠からすれば、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が、弁護士法その他の法律に違反するのではなく基本規程に違反するにとどまるときは、基本規程違反を理由として、その行為の排除を求めることはできないものと思われる。

 なお、本決定は、他の所属弁護士等が基本規程27条1号により職務を行い得ないとして基本規程57条違反が主張された事案であるが、最二小決令和3・6・2(公刊物未登載)は、他の所属弁護士が基本規程27条4号により職務を行い得ないとして基本規程57条違反が主張された事案において、本決定を引用の上、訴訟行為の排除を求めることはできないとしている。

 

4 意義

 判例上、弁護士法25条に違反する訴訟行為について、その排除を求めることができるとされてきたが、基本規程57条に違反する訴訟行為についても、その排除を求めることができるか否かという新しい問題について、本決定は、これを否定する判断を示したものであって、理論的に重要な意義を有する。近年、弁護士人口の急激な増加に伴い、法律事務所の大規模化・多様化が進み、事務所の離合集散や弁護士の事務所間移籍も活発となっており、基本規程57条本文に該当する事例の増加が予想されるところであり、本決定は、実務的にも重要な意義を有するものと思われる。

 

 

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