国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第40回 第8章・Suspensionとtermination(3)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第40回 第8章・Suspensionとtermination(3)
4 Employerの主導によるtermination
⑴ 概要
Employerは、Contractorの債務不履行がある場合に契約を解除できるほか、理由なしにも解除できるというのが、FIDICにおける基本的なルールである。一方、Contractorには、理由なしの解除権は認められていない。これは、工事等を誰に任せるかは、施主たるEmployerが自由に決定できてしかるべきであるという発想に基づくものと考えられる。このようなルールは、適用法令のもとでの原則的なルールとは必ずしも一致しない。実際、日本法の請負契約に関する原則的なルールには、注文者による理由なしの解除は含まれていない(ただし、日本法のもとでも、当事者間の合意によりFIDICと同様のルールを設けることはもちろん可能である)。
しかし、Contractorにとって、契約の解除は、得られるはずであった工事代金の喪失を意味する。そのため、理由なしの解除の場合には、解除後の清算においてEmployerがContractorに支払う金額が、債務不履行に基づく解除に比べて大きくなるなど、Contractorに配慮した仕組みが設けられている。つまり、FIDICは、工事等の委託先を自由に決定できるEmployerの利益と、Contractorの経済的利益のバランスを取ろうとしていると言えよう。
以下では、Employer主導の解除のうち、まずContractorの債務不履行に基づく解除を取り扱い、理由なしの解除については次回取り扱うこととする。
⑵ Contractorの債務不履行に基づくtermination
(a) 解除事由
Contractorの債務不履行に関連する解除事由は、15.2.1項で詳細に定められている(なおこれとは別に、9.4項 (b) および11.4項 (d) が、完工時の検査の不合格・Taking Over後の瑕疵修補の懈怠という特定の債務不履行に基づくEmployerの解除権を認めており、この場合の解除には15.2項が適用されないことに注意が必要である)。その大まかな内容は、下記のとおりである。
- ▶ Contractorが、義務違反の是正をEmployerの通知(15.1項に基づくNotice to Correct)によって要求されたにもかかわらず、これに従わなかった場合、または、拘束力のある合意やdeterminationもしくはDAABの決定に従わなかった場合で、かつ、これらに従わなかったことが、Contractorの契約上の義務の重大な違反となる場合(前回述べたとおり、何が「重大な違反」であるかは解釈問題であるため、この点をめぐって紛争が生じやすい。紛争の種を減らすため、違反があれば直ちに「重大な違反」と評価できるものがないか、今後の改定において検討されることを期待したい)
- ▶ Contractorが工事等を放棄した場合、または契約上の義務を今後は履行しないという意思を明らかにした場合
- ▶ 合理的な理由なく、Contractorが契約どおりに工事等を開始・遂行しない場合、または、Contractorの責任により工事等が遅延し、EmployerがContractorに請求できる遅延損害金が契約上の上限金額を超えた場合
- ▶ 合理的な理由なく、Contractorが工事等の瑕疵についてのEmployer側の通知に従わない場合、または、契約違反や安全確保を理由とした、修理・交換等に関するEmployer側の指示に従わない場合
- ▶ ContractorがPerformance Securityを契約どおりに提供しない、または、その有効性および執行可能性が、契約上求められる期間中継続することを確保しない場合
- ▶ Contractorが工事等の全部または一部を下請けに出すにあたり、5.1項の規定を守らなかった場合、または1.7項の要件を満たさずに契約を譲渡した場合
- ▶ Contractorが破産や清算、解散等の対象となった場合(Contractorが合弁会社の場合は、合弁当事者のいずれかが破産等の対象となった場合で、他の合弁当事者が、破産等の対象となった合弁当事者の義務は連帯責任によって履行される旨をEmployerに対して速やかに約束しない場合)
- ▶ 工事等や契約に関して、Contractorが贈収賄や詐欺、共謀、強要を伴う行為に関与していた合理的な証拠が発見された場合
Employerは、上記の事由に基づいて契約を解除するためには、Contractorに対し、違反を治癒するための猶予を与えなければならないのが原則である。ただし、上記のうち、最後の3つの事由に基づく解除に際しては、違反治癒のための猶予を与える必要はない。これは、当該3つの事由が、治癒不可能な違反とみなされているためと推察される。解除に要する手続の詳細は、次項を参照されたい。
なお、国際開発金融機関が出資するプロジェクトにおいて使用されることを想定したFIDICの書式、いわゆるPink Bookでは、Contractorによる贈収賄や詐欺等の行為に基づく解除に特化した規定が置かれている(Pink Bookの15.6項)。ただし、銀行ごとに贈収賄の定義その他の規定ぶりに関する方針が異なるため、Pink Bookには各銀行の指定したバージョンが全て記載されており、当事者としてはどれを採用すべきか注意深く確認しなければならない状況となっている。
(b) 解除手続
Contractorの債務不履行に基づいて契約を解除するためには、まずEmployerは通知をもって解除の意思をContractorに伝え、是正のための猶予期間を与える必要がある。Employerの通知を受領してから14日間以内にContractorが違反を是正しない場合には、Employerは、2通目の通知をもって直ちに契約を解除することができる(15.2.1項、15.2.2項)。
ただし、前述のとおり、下請けや契約の譲渡に関する違反、破産等、および贈収賄等の事由に基づく解除の場合は、Employerは猶予期間を与えることなく解除通知を発して、直ちに契約を解除できる(15.2.1項、15.2.2項)。
(c) 解除後のContractorの義務
Contractorの債務不履行に基づいて契約が解除された後、Contractorは、サイトから立ち退かなければならない。また、Contractorは、工事等に関わる文書や、Employerの要求する設備や資材等をEngineer(Silver BookではEmployer)に引き渡す義務を負う。さらに、Employerが1通目または2通目の通知において、Contractorに対し、下請契約の譲渡に関する指示や人命・財産および工事等の安全を守るための指示を与えた場合には、これに従う義務も負う。
この点、Employerは、通知において(または1通目の通知後、解除の効力発生前に)上記のような指示に加えて、立ち退きに関する指示や、資材等の引渡しに関する指示も行おうとすることが考えられる。しかし、14日間の猶予期間が必要な事由に基づく解除の場合、Contractorが猶予期間中に違反を是正すれば契約の解除には至らないため、猶予期間の満了前にこのような指示をすることには慎重な考慮が必要である。というのも、準拠法によっては、立ち退きや資材等の引渡しといった、解除を前提とした指示を解除前に行うことは、Employerによる重大な契約違反と解釈され、逆にContractorに契約解除権が生じることになりかねないからである。
(d) 解除後の工事等の取扱い
工事等の完成前に契約が解除された場合、残りの作業をどうするかが問題となる。FIDICのもとでは、Contractorの債務不履行に基づいて契約が解除された場合、Employerは自ら工事等を完成させるか、第三者に依頼して完成させる権利があり、かつ、そのためにContractorの設備や資材、文書等を用いることも認められている(15.2.4項)。工事等の完成にかかった費用、および工事等を完成するにあたってEmployerが被った損害は、Contractorに請求することができる(15.4項 (a) および (b) )。
さらに、工事等の完成後、ContractorがEmployerに対して支払うべき金額を支払っていない場合には、EmployerはContractorの設備等を売却することができる。ただし、当該設備等がリース品であるなど、Contractorに所有権がないことも珍しくなく、無条件に売却可能とすると権利関係が徒に複雑化しかねない。このような問題を避けるべく、Employerによる売却が可能なのは、準拠法上それが認められている場合に限るものとされている(15.2.4項)。
(e) 解除後の清算処理
Contractorの債務不履行に基づく解除が効力を発生した後、Engineer(Silver BookではEmployer’s Representative)は、工事等の出来高やContractorの設備等の価値、および、契約を遵守して実施されたその他の作業に関してContractorに支払うべき金額を算定することとされている(15.3項)。FIDICにおいては、契約を遵守していない作業や文書や資材、設備等については算定対象外であることも明記されているが、Employerの視点からは、契約違反の仕事に対して金員を支払わないのはむしろ当然と言えよう。
そして、Employerは、Contractorに対し、前述の工事等の完成にかかった費用並びに損害のほか、合理的に費やしたその他の費用(サイトの原状回復等にかかった費用を含む)、および、解除日が工事完成予定日より後であった場合には、解除日までの遅延損害金を請求することができる(15.4項)。
ただし、上記のEmployerによる請求は、20.2項の請求手続によって行わなければならないことに注意が必要である。すなわち、当事者間で合意に至らなければ、最終的にはDAABや仲裁による決定が必要となり、Employerにとっては、契約解除後もContractorに関連する手続的な負担は避けられない可能性がある。