SH3904 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第43回 第9章・履行の確保(1) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/02/10)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第43回 第9章・履行の確保(1)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第43回 第9章・履行の確保(1)

1 不履行リスクの存在

 契約を締結することによって、当事者はそれぞれ権利を取得し、義務を負うことになる。ただし、この義務は必ず履行されるとは限らない。

 第2回で述べたとおり、契約については幹となる権利義務を意識することが有用であるところ、Employerの幹となる権利(Contractorの幹となる義務)は、工事等の実施である。この点、工事等が完成しない、あるいは不十分な形でしか行われない可能性は、一般論として否定することができない。これは、Employerから見ればリスクである。また、仮にこの義務が最終的には履行されるとしても、時期的に遅延する可能性もある。第24回で述べたとおり、大規模なインフラ・建設工事契約において時間は極めて大きな経済的意味を持っており、この遅延の可能性も、Employerにとってリスクである。

 一方、Contractorの幹となる権利(Employerの幹となる義務)は、代金の支払である。これが支払われない可能性、あるいは支払われるにしても遅延する可能性は、一般論として否定できない。これは、Contractorにとってのリスクである。

 このように、契約の不履行リスクは存在するのであり、特に、大規模なインフラ・建設工事契約においては、この不履行リスクの経済的なインパクトは甚大となり得る。したがって、不履行リスクにいかに対応するかは、重要な意味を持つ。

 

2 不履行リスク対応の視点

 不履行リスクへの対応方法、換言すれば、履行を確保するための方法としては、契約に関する一般論として、次の4つの視点が考えられる。

 

⑴ 不履行の可能性が低い相手方と契約を締結する

 まずは、極めて重要なこととして、なるべく不履行の可能性が低い相手方、換言すれば、信用性の高い相手方と契約を締結することがある。

 金融機関が貸付をする際には、与信手続として、貸付先の信用情報を検討するが、このような手続の必要性は、金融機関の貸付に限ったことではなく、不履行リスクを伴う契約締結全般に当てはまることである。特に大規模なインフラ・建設工事契約であれば、その経済規模に鑑み、多額の貸付の場面同様、慎重な与信手続が必要と言える。

 もっとも、現実には、常に信用性の高い相手方と契約を締結できるわけではなく、そのような場合には、他の履行確保手段でどれだけ信用補完が可能かなどを検討の上、不履行リスクが許容可能なレベルにまで低減できているかを評価し、契約締結の可否を判断することになる。

 

⑵ 不履行時の回収可能性を高める(担保の確保)

 契約相手に不履行が生じた場合にも、担保によって、履行ないし回収を確保することが可能である。特に、契約相手が倒産した場合には、原則は債権者平等であり、通常は大幅な債権カットの状況となるが、担保があれば、他の債権者に優先して回収することが可能となる。

 担保には大きく分けて、物的担保と、人的担保がある。物的担保というのは、財産を対象とする担保であり、インフラ・建設工事契約では余り用いられないかもしれないが、一般的なものとしては、不動産担保、預金、売掛金等の債権担保、在庫等の動産担保がある。

 人的担保は、他者による保証等であり、インフラ・建設工事契約では、Contractorの親会社が、Contractorの義務履行を保証することが広く行われている。また、Contractorがいわゆるボンドを提供することも多いが、これは通常、金融機関による信用状(Letter of Credit)発行等の支払約束であり、金融機関による人的担保の提供といえる。

 一方、Employerには、相殺という手段がある。すなわち、Contractorが工事等の義務を怠った場合には、自らの代金支払債務と、Contractorに対する損害賠償請求権とを相殺することによって、確実に回収することができる。このように相殺には、担保的機能がある。

 なお、念のため付言すると、担保には価値あるものと、そうでないものがある。物的担保の価値は、基本的に、対象となる財産の価値による。人的担保の価値は、基本的に、保証人等の人的担保提供者の信用力による。例えば、信用力の高い金融機関が発行するボンドであれば、価値の高い担保と言える。

 したがって、与信作業の重要な要素として、担保価値の評価が必要となる。

 

⑶ 手続コストが低い回収方法を確保する

 不履行が発生し、履行ないし回収確保のための手続が必要になった後、その手続にどの程度のコストを要するかも重要である。手続コストが低い回収方法を確保することが望まれる。

 例えば、担保を確保したとしても、裁判所での手続が必要となると、時間と費用がかかることが想定され、さらに、その所在国によっては、その時間が何年もの長期間となることが懸念される。かかる事態は、なるべく避けたいところである。

 手続コストが低い回収方法の例としては、金融機関が発行したボンドの行使が挙げられる。インフラ・建設工事契約で用いられるボンドの多くは、いわゆるon-demandかつirrevocableであり、金融機関に請求手続をとれば、速やかにかつ確実に支払ってもらうことができる。

 また、Employerによる相殺も、手続コストが低い回収方法である。

 これに対し、工事目的物の売却となると、実現が容易ではなく、仮に実現するにしても、手続コストが大きくなることが想定される。また、親会社保証についても、任意の履行が得られなければ、仲裁、訴訟手続等が必要になり、手続コストが大きくなると考えられる。

 

⑷ 損害の回避

 通常、契約は履行できる見通しのもとで締結される。これを前提とすると、不履行が生じるのは、想定外の事態が生じたからとも考えられる。実際、想定外の事態が生じた場合には、不履行リスクが高まる。

 例えば、火災や、洪水等の天災が生じると、Contractorにおいて損害が生じ、その資金繰りが悪化し、不履行リスクが高まることが懸念される。その対処として、保険に加入しておくことにより、Contractorの損害が回避ないし軽減され、その結果、Contractorの不履行リスク増加も回避ないし軽減される。

 このように保険の加入は、不履行リスクへの対処と言える。

 また、より広く見ると、Contractorに損害が生じることが、その不履行リスクの増加要因である以上、その損害が生じにくい工事内容とすることが、望ましいとも言える。すなわち、可能であれば、見通しの立ちにくい難しい工事を避けることが、不履行リスクの観点からも、望ましいと言える。

 

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