上場会社のベネフィット・コーポレーション化の可能性(下)
森・濱田松本法律事務所
弁護士 近 澤 諒
弁護士 川 本 健
4 日本の現行会社法下における事実上のPBC化の可否
⑴ 法改正の要否 - 会社の営利性や株主利益最大化原則との関係
前編3に見てきたように、PBCのコンセプトを支えるのは、①定款で多様なステークホルダーの利益や公益への配慮を定めること、②そのような定款規定を前提に、取締役は、ステークホルダーの利益や公益にも配慮して経営を行うこと、および、③ステークホルダーの利益や公益への配慮の状況について株主に対して報告を行うことである。
そもそもこのPBC制度を導入するにあたって、法改正は必要であろうか。現行法下でも、定款に、多様なステークホルダーの利益への配慮を謳い、事実上「PBC化」することも可能ではないか。ステークホルダーの利益等にも配慮した経営や、そういった配慮も含めたESG/SDGsの取組みの報告などは今でも既に実施していることではないか。
ここで一つ論点となりうるのは、いわゆる会社の営利性である。一般に、会社の営利性とは、対外的活動で利益を得て、その利益を構成員(株主)に分配することをいう[14]。そのため、旧商法下では、登記先例上、たとえば、「社会福祉への出費ならびに永勤退職従業員の扶助」などのように、会社において利益を得る可能性のない事業は目的として受理しないとされてきた[15]。もっとも、現行会社法の下では、株主の経済的リターンを完全に否定しない限り(会社法105条2項に違反しない限り)、社会的な利益の追求を第一次的目的として掲げる株式会社さえ許容されるという考え方が支配的になっているように思われる[16]。
また、これに類似する問題として、株主利益最大化原則との関係も論点ではある。もっとも、株主利益最大化原則の下でも、会社法105条2項に違反しない限り、剰余金の一定割合を株主以外に分配するような定款さえ有効になり得ると解されている[17]。株主利益最大化原則を厳格に捉える考え方も根強く[18]、具体的な法制化のニーズが強かった米国とは、この点で異なるともいえる。
そのため、日本では、実際に、エーザイやユーグレナなど、会社法下で、定款上、株主以外のステークホルダーの利益や公益への配慮をストレートに謳う企業も存在している。
⑵ 取締役の義務等への影響
さて、日本では、現行法下でも、定款に株主以外のステークホルダーの利益等への配慮を規定し、事実上PBC化することは可能であるとして、そのような定款規定を置くことは、いかなる法的意味を持つか。デラウェア州のPBCであれば上述の均衡配慮義務が課され、それによって支配権移転等を伴うM&Aの際のレブロン義務の内容等も変容するが、同様の帰結となるのか。
日本の会社法上、取締役は、定款を遵守する義務を負っている(会社法355条)。取締役による作為・不作為の適法性・妥当性の判断に際し、上記定款規定は当然斟酌されうるものと思われる。支配権移転等の場面では、日本では、対象企業の取締役において、レックス事件東京高裁判決[19]の示した公正価値移転義務の履行が問題となり得るが、当該義務の下で、株主共同の利益に配慮し、公正な価値移転を図ったか否かの判断に際しては、米国において議論されているように、定款に規定した株主以外のステークホルダーの利益等との均衡も考慮されるものと思われる。
もっとも、買収のような会社の存続にかかわる重要な経営判断を行う局面において、株主以外のステークホルダーの利益等への配慮を謳う定款規定を考慮することが許容されるといっても、実際にはどれほどの違いがあるだろうか。仮に、その違いが顕著に表れうるとすれば買収提案を受けた場合の対応であろうが、たとえば、米国で説かれているように、低い価格を提案する買収候補者が定款で規定されたステークホルダー利益を尊重して経営することを約束しており、他方で、高い価格を提案する候補者において当該ステークホルダー利益への配慮を欠いた投資実績がある場合に、前者を選択することが許されるのであろうか。この点は、具体的な買収提案の内容等にもよるが、定款規定の具体性が相応に影響するように思われる。
5 日本において新たな法制度を導入する際の論点
上記4のとおり、日本では、現行法下でも、米国における上場ベネフィット・コーポレーションと同様の仕組みを事実上達成することもできるように思われる。
しかし、株式会社形態を維持しながら、株主利益に優先して社会課題の解決に取り組むことを正面から認めるためには、法改正を行うべきという議論もあり得る。
そこで、以下では、日本においてベネフィット・コーポレーション類似の株式会社形態(以下「日本版PBC」)を導入する際に論点になると思われる事項について簡単に指摘したい。
まず、日本版PBCをどのように定義するか、また、どのような定款規定を要求するかという点が問題となる。DGCLは、PBCを何らかの「公益」目的を併せ持つ株式会社と定義したうえ、定款上、追及すべき「公益」を具体的に規定することを求めている(前編3⑴参照)。定款変更に3分の2以上の特別決議を要する日本においては、配慮すべきステークホルダーの利益や公益について過度に具体的な記載を求めると、経営の柔軟性を欠くこととなるため、慎重な検討を要する。
次に、日本版PBCの取締役にどのような義務を課すかという点が問題となる。DGCLは、PBCの取締役に均衡配慮義務を課し(前編3⑵参照)、均衡配慮義務について「経営判断の原則」が適用されることを明記している(前編3⑶参照)。この点、日本版PBCの取締役に対してそのような特殊な義務を課すのか、既存の善管注意義務・忠実義務の枠組みにおける解釈問題と整理するのかは論点となり得る。
また、日本版PBCに対して公益事業に関する開示をどのように義務付けるかという点も問題となる。公益事業についての報告義務の対象、頻度、報告の開示範囲、更には第三者評価の要否等をどのように設定するのかといった点が論点になると思われる(前編3⑷参照)。
最後に、日本版PBCへの移行の要件やこれに反対する株主の保護が問題となる。DGCL上は、過半数の賛成によりPBCに移行することができ、かつ反対株主の株式買取請求権も原則として認められていない(前編3⑸参照)。この点、日本では移行要件自体は通常の定款変更手続と同様に特別決議を求めるのが自然かもしれないが[20]、組織再編等と同様に株式買取請求権等による保護まで認めるのかは論点になりうる。
6 おわりに
これまで日本においてはベネフィット・コーポレーション制度への関心は必ずしも高くはなかったように思われる。それは、「日本企業は通常の株式会社の仕組みの中で従業員や取引先等のステークホルダーを重視した経営を行ってきたため」「あえて特別の仕組みを取り入れる必要性があるとは考えられて」こなかったからだという指摘もある[21]。そして実際に、日本では、現行法下でも同様の仕組みを達成し得ることは上述のとおりである。
ESGやサステナビリティは、その分析・反映が投資リターンの向上に資するという認識の拡がりを経て、機関投資家による投資手法に組み込まれ、その結果、投資先の経営者においても、重要な「経営戦略」として取り組むことが一般的となった。法改正等による政府主導の改革も重要であるが、ベネフィット・コーポレーション制度、特に、上場企業を念頭に置いた同制度の成否は、結局、市場(投資家)からの評価次第である。その意味でも、まずは現行法下において、定款等[22]でステークホルダー利益への配慮等を定めることの法的な意義や効果などを明確化し、各社がその事業内容等に応じて市場主導型で対応していく方が望ましいようにも思われる。今後、上場会社にベネフィット・コーポレーション化という選択肢を認めていくとしても、株式会社形態をとる以上、結局、会社の設立・存続その他会社の根本的事項を決めるのは株主であり、ステークホルダーの利益への配慮の在り方も含め、株主の理解を得ていくことが重要になる。
以 上
[14] 江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』(有斐閣、2021)22頁。
[15] 昭和40・7・22民四242号回答。
[16] 神作裕之「会社法総則・疑似外国会社」ジュリスト1295号(2005)138-139頁、前田重行「株式会社法における会社の営利性とその機能」前田庸喜寿『企業法の変遷』(有斐閣、2009)422頁、江頭憲治郎編『会社法コンメンタール(1)』(商事法務、2008)285頁〔森淳二朗〕。もっとも、江頭・前掲注[14] 26頁は、実質的に剰余金を株主以外に分配する割合があまりに高いと、株式会社の本質である営利性に反して無効となりうるとする。なお、髙橋真弓「営利法人形態による社会的企業の法的課題(2・完)――英米におけるハイブリッド型法人の検討と日本法への示唆」一橋法学15巻3号(2016)1043頁、1088頁。
[17] 江頭・前掲注[14] 23頁。
[18] Leo E. Strine Jr., The Dangers of Denial: The Need for a Clear-Eyed Understanding of the Power and Accountability Structure Established by the Delaware General Corporation Law, Wake Forest Law Review, Vol. 50, Pg. 761, 2015
[19] 東京高判平成25・4・17判時2190号96頁、金判1420号20頁。
[20] もっとも、たとえば、事前警告型の買収防衛策に関しては、定款に根拠規定を置くことなく過半数の承認による勧告的決議の形をとる場合もあり、特別決議を要求することは論理必然ではない。
[21] 松元暢子「会社の目的」法学教室493号(2021)14頁。
[22] 特別決議を要する定款変更ではなく、過半数の承認による株主総会決議(勧告的決議)を活用する方法も理論的にはありうる(前掲注[20])参照)。
(ちかさわ・りょう)
2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録。2016年ペンシルバニア大学ロースクール修了、2017年ニューヨーク州弁護士登録。現在、森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。
M&A/企業再編、アクティビスト対応、コーポレート・ガバナンスなどを取り扱う。
主著:森・濱田松本法律事務所 ESG・SDGsプラットフォーム編著『ESGと商事法務』(商事法務、2021)、澤口実=近澤諒編著『バーチャル株主総会の実務〔第2版〕』(商事法務、2021)、田中亘=森・濱田松本法律事務所編『会社・株主間契約の理論と実務――合弁事業・資本提携・スタートアップ投資』(有斐閣、2021)など。
(かわもと・けん)
2015年東京大学法学部卒業、2017年弁護士登録。現在、森・濱田松本法律事務所アソシエイト弁護士。
M&A/企業再編、コーポレート・ガバナンスなどを取り扱う。
主著:田中亘=森・濱田松本法律事務所編『会社・株主間契約の理論と実務――合弁事業・資本提携・スタートアップ投資』(有斐閣、2021)など。