SH4055 上場会社のベネフィット・コーポレーション化の可能性(上) 近澤諒/川本健(2022/07/11)

組織法務経営・コーポレートガバナンス

上場会社のベネフィット・コーポレーション化の可能性(上)

森・濱田松本法律事務所

弁護士 近 澤   諒

弁護士 川 本   健

 

1 はじめに

 岸田内閣の「新しい資本主義実現会議」が2022年5月末に原案を示し、6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、欧米におけるベネフィット・コーポレーション等の法制度を紹介し、日本における同様の制度の必要性について検討する方針が示された。その背景には、近時、米国ではベネフィット・コーポレーションの活用が拡大し、上場企業におけるベネフィット・コーポレーションへの移行事例が増加していることもある。

 また、日本でも、現行法上の株式会社形態のまま、定款において、持続可能な社会の実現を目指す旨や人々の健康憂慮の解消と医療較差の是正という社会善を効率的に実現する旨を規定する例(ユーグレナ、エーザイ等)も登場している。

 しかし、議論の前提となる欧米の法制度について、具体的な法令上の規律をコンパクトにまとめて紹介するものは少ないように思われる。また、日本の現行会社法下で、ステークホルダーの利益や公益の配慮について定款に定めることの法的な意味も、必ずしも明確になっていないようにも思われる。

 そこで、本稿では、まず、ベネフィット・コーポレーション、特に米国で増加を続けるデラウェア州準拠の上場ベネフィット・コーポレーションについて、その活用実態と、基礎となる法制度の把握・整理を行う(下記および)。そして、その整理を前提に、日本における同様の制度の活用に際し、現行法下で定款規定等により事実上ベネフィット・コーポレーション化することの法的な意味・影響について議論した上で(後編)、仮に法改正を行う場合の論点を簡単に検討することとしたい(後編)。

 

2 米国における上場ベネフィット・コーポレーションの導入状況

⑴ 米国の各州の関連法令の状況

 米国では、ベネフィット・コーポレーション法制は珍しいものではなく、全米で約40州において導入済みである[1]。これには、米国の上場企業の多数が本籍を置くデラウェア州も含まれる。

 ベネフィット・コーポレーション法制は、2008年の金融危機も受け、2010年頃から各州で法制化が進み、デラウェア州では2013年のデラウェア一般会社法(以下「DGCL」)の改正によって導入された。デラウェア州を含め、導入済みのほとんどの州では、一般的な株式会社の規律を適用しつつ、一部特則を設ける形で、ベネフィット・コーポレーション法制を導入している。

 なお、ベネフィット・コーポレーションに関連して、「B Corp認証」について言及されることがあるが、これは米国の非営利団体B Lab[2]の行う民間認証制度であって、州法上のベネフィット・コーポレーション制度とは直接関係がない。もっとも、B Labは、各州による法改正時に参照されたモデル法案(Model Benefit Corporation Legislation)の策定を主導するなど、ベネフィット・コーポレーションの法制化にも関与してきた団体である。

⑵ 上場ベネフィット・コーポレーションの設立準拠法

 米国では、2020年頃より、ニューヨーク証券取引所やナスダックに上場するベネフィット・コーポレーションが増加し、本稿執筆時点(2022年6月時点)で、計16社に達しているようである[3]。これらの上場企業のうち、Veeva SystemsやUnited Therapeutics Corporationは、既存の上場株式会社が、上場を維持したまま、定款変更により、ベネフィット・コーポレーション形態に移行したものである。

 これらの上場ベネフィット・コーポレーションは、いずれも、デラウェア州のDGCLに準拠するPublic Benefit Corporation(以下「PBC」)である。PBCは、定款において、株主以外のステークホルダーの利益や公益にも配慮して経営することを定める会社であり、その取締役の義務や責任等についても特則の適用がある。以下では、このようなPBCに係るDGCLの規律を紹介する。

 

3 DGCL上のPBCに関する規律

⑴ PBCの定義・コンセプト

 PBCを定義する条文であるDGCL362条では、PBCは、営利企業であると同時に、何らかの「公益」目的を併せ持つ株式会社であるとされる。「公益」は非常に広く定義されており、株主以外の何人か(団体を含む)に対し、何らかの良い影響(悪影響の軽減を含む)を与えることであればよい[4]。ただし、PBCは、その定款に、少なくとも1つ以上、具体的(specific)な公益を記載しなければならない。この「具体的な」公益の記載を求める点がデラウェア州法(DGCL)の特徴である(上述のモデル法案では任意的記載事項とされる。)。

 この点、上場PBCの定款実例から、事業目的規定を抜粋すると以下のとおりである。デラウェア州の定款実務では、日本とは異なり、通常、事業目的を具体的に列挙することはしないため、公益だけ一定の具体性をもった規定が置かれる形となっている。

 

【レモネードの定款より抜粋】

ARTICLE III

          The purpose of this corporation is to engage in any lawful act or activity for which a corporation may be organized under the Delaware General Corporation Law.

          Benefit Corporation. This corporation shall be a public benefit corporation as contemplated by subchapter XV of the Delaware General Corporation Law …[略]

          Purposes. This corporation’s public benefit purpose is to harness novel business models, technologies and private-nonprofit partnerships to deliver insurance products where charitable giving is a core feature, for the benefit of communities and their common causes. The nature of the business or purposes to be conducted or promoted is to engage in any lawful act or activity for which corporations may be organized under the General Corporation Law.

 

 続けて、DGCL362条は、PBCは、持続可能性のある方法(responsible and sustainable manner)で運営されなければならないとする。また、PBCは、(i)株主の経済的利益、(ii)その他のステークホルダー(会社活動によって重要な影響を受ける者)の利益、および、(iii)定款に規定された公益との間で均衡をとって経営されるものとされる。この3つの要素の均衡への配慮は、DGCLにおけるPBCに係る特則を貫く基本的なコンセプトである。

⑵ PBCの取締役の義務(均衡配慮義務の導入とその影響)

 次に、DGCL365条(a)は、PBCの定義条文と同じ表現を用いて、PBCの取締役は、(i)株主の経済的利益、(ii)その他のステークホルダー(会社活動によって重要な影響を受ける者)の利益、および、(iii)定款に規定された公益の間で適切な均衡をはかりながら、PBCの業務を執行する義務(以下「均衡配慮義務」)を負うと定める。

 この点を義務として明記することがデラウェア州法の特徴である(上述のモデル法案の規定とも異なる点である[5]。)。

 デラウェア州法上、一般の株式会社であっても、取締役は、経営上、中長期的にみて株主利益の最大化につながると認められる限り、ステークホルダーの利益その他公益について考慮することはできる[6]。これに対しPBCに関しては、取締役は、株主利益と株主以外のステークホルダーの利益や定款に掲げた公益を比較衡量する「義務」を負うものである。

 では、PBCの取締役に均衡配慮義務を課すことにより、一般の株式会社の取締役の義務との対比において、PBCの取締役の義務の在り方がどのように変容するのか。たとえば、デラウェア州法上、支配権移転を伴うM&Aの文脈では、株主に提供される対価を合理的な範囲で最大化すること、つまり、短期的に株主価値を最大化するために合理的な配慮をする義務(いわゆるレブロン義務)を負うものとされるが[7]、この義務も変容するのか。

 この点、デラウェア州最高裁の長官であったストライン氏は、買収候補者が2社あり、一方が1株44ドル、他方が1株46ドルを提案しているとき、いずれの価格も公正な価格と言い得るレンジに入っていることを前提に、多様な利害関係者・定款規定の公益への配慮などを考慮し、1株44ドルを提案する買収候補者を選択しても構わないとする[8]

 ただ、このような義務内容の変容は認めつつも、一般の株式会社であればレブロン義務が観念されるような局面においては、PBCの場合も、裁判所は一定程度慎重に経営判断の過程や内容を審査することになるものと見込まれている[9]。株主以外のステークホルダーの利益等との均衡についてどのように配慮したか、その配慮の状況が合理的であったかが審査されることになる。

 そのほかにも、敵対的買収に対する防衛策に関し、①会社の政策又は機能に対する危険が存在すると信じた合理的な理由(「脅威」要件)と②防衛策が当該脅威に対して相当なものであること(「相当性」要件)を要求するユノカル基準[10]なども影響を受ける。「脅威」要件の判断に際しては、株主利益に限らず、その他のステークホルダーの利益や定款規定の公益への脅威も含めて判断することとなると議論されている[11]

⑶ 取締役の責任

 取締役の義務として均衡配慮義務を定立したとき、その義務違反に係る責任追及の可否や方法も問題となる。

 この点、まず、DGCL365条(b)は、均衡配慮義務についても「経営判断の原則」(Business Judgment Rule)が適用されることを明記する。すなわち、適切な情報収集の下で、利益相反なく行った判断であれば、原則として均衡配慮義務の違反が問われることはない。デラウェア州法上、経営判断の原則は判例法理であるが、均衡配慮義務に関しては、経営判断の原則が適用される旨を制定法であるDGCLで明文化している。

 また、デラウェア州法の特徴として、PBCに限らず株式会社は、定款で、注意義務(duty of care)の違反について個人責任を負わない旨を定めることができるところ(DGCL102条(b)(7))、均衡配慮義務違反も当該免責規定の対象となる。筆者らが確認する限り、上場PBCの定款はいずれも当該免責規定を有する。当該免責規定の下では、均衡配慮義務の違反は、原則として注意義務違反の問題となり[12]、役員個人の損害賠償責任の対象とはならない。

 さらに、DGCL365条(b)は、取締役は、均衡配慮義務の履行に関し、株主以外のステークホルダーや定款規定の公益の利害関係者に対して責任を負うものではないとする。代表訴訟により均衡配慮義務の違反を追求できるのは、株主のみである(DGCL367条)[13]

⑷ 公益推進状況の報告

 PBCは、定款に規定された公益事業の実施状況等について、2年に1回以上の頻度で定期的に株主に対して報告をしなければならない(DGCL366条(b))。

 この報告には、以下の事項を含める必要がある。

  1.   取締役会において公益事業の推進のために設定した目標
  2.   取締役会において公益事業の推進状況を確認するために設定した基準
  3.   当該基準に照らして公益事業の推進に関する目的の達成状況に関する具体的な事実
  4.   当該達成状況に関する評価

 また、定款で別途定めた場合には、報告内容を公開し、さらには定期的に公益事業の推進状況について第三者評価を受けることとなる(DGCL366条(c))。

⑸ PBCへの移行

 PBCは、PBCとして設立することに加え、一般の株式会社からPBCに移行することもできる。PBCへの移行には、定款で別段の定めのない限り、発行済株式総数の過半数の賛成による株主総会決議を要する(DGCL242(b)条・251条)。2020年のDGCL改正前は、一般の株式会社がPBCに移行するためには3分の2以上の賛成が要求されていたが、現行法においては、これは過半数に引き下げられている。

 また、PBCへの移行に関しては、制度導入当初は反対株主の株式買取請求権が認められていたものの、複数次の改正を経て、現在は原則として買取請求権は認められない仕組みとなっている。

⑹ その他剰余金の配当や残余財産分配等に関する規律

 剰余金の配当や残余財産分配等に関する規律等、PBCに関する特則が設けられていない事項については、一般の株式会社に関する規定が適用される(DGCL361条)。

(下)につづく

 


[4] 「公益」(public befit)の定義について、より正確にはDGCL362条(b)参照。芸術、慈善、文化、経済、教育、環境、文学、医学、宗教、科学、技術への影響が列挙されているが、あくまで例示列挙である。

[5] 他方、モデル法案では、benefit directorと呼ばれる公益の進捗等のモニタリングを担当する取締役を置くものとされている(上場会社の場合は必須とされている。)。

[6] eBay Domestic Holdings v. Newmark, 16 A.3d 1 (Del. 2010)

[7] Revlon, Inc. v. MacAndrews & Forbes Holdings, Inc., 506 A.2d 173 (Del. 1986)

[8] たとえば、Leo E. Strine, Jr., Making it easier for Directors to “Do the Right Thing”?4 HARV. BUS. L. REV. 235, 245 (2014)参照。PBCの場合、レブロン義務の適用はなく、全てのステークホルダーの利益に配慮して、最適な相手方(買収者)を選択することになるとする。したがって、上記の例では、1株44ドルを提案する買収候補者が利害関係者や社会全般に対して公正な方法で経営することを約束しており、1株46ドルを提案する買収候補者が労働者、消費者および環境への配慮を欠いているという実績がある場合には、むしろ、1株44円を提案する買収候補者を選択しなければならないとされる。

[9] Frederick H. Alexander et al., M&A Under Delaware’s Public Benefit Corporation Statute: A Hypothetical Tour, 4 HARV. BUS. L. REV. 255, 270 (2014); J. Haskell Murray, Defending Patagonia: Mergers & Acquisitions with Benefit Corporations, 9 HASTINGS BUS. L. J. 485, 512-13 (2013).

[10] Unocal v. Mesa Petroleum Co., 493 A.2d 946 (Del. 1985)

[11] 前掲注[9]の文献等参照。

[12] DGCL102条(b)(7)の免責規定の下でも誠実義務や忠実義務の違反については責任を問われうるものの、2020年のDGCL改正により、均衡配慮義務の違反は、当該免責規定との関係では、定款に別段の定めのない限り、誠実義務違反や忠実義務違反を構成しないものとされた(DGCL365条(c))。

[13] 少数株主要件も、通常の株主代表訴訟と同様に適用される。なお、上述のモデル法案では、通常の株主代表訴訟とは別に、特別な責任追及の仕組みを設けている。

 


(ちかさわ・りょう)

2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録。2016年ペンシルバニア大学ロースクール修了、2017年ニューヨーク州弁護士登録。現在、森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。
M&A/企業再編、アクティビスト対応、コーポレート・ガバナンスなどを取り扱う。

主著:森・濱田松本法律事務所 ESG・SDGsプラットフォーム編著『ESGと商事法務』(商事法務、2021)、澤口実=近澤諒編著『バーチャル株主総会の実務〔第2版〕』(商事法務、2021)、田中亘=森・濱田松本法律事務所編『会社・株主間契約の理論と実務――合弁事業・資本提携・スタートアップ投資』(有斐閣、2021)など。

 

(かわもと・けん)

2015年東京大学法学部卒業、2017年弁護士登録。現在、森・濱田松本法律事務所アソシエイト弁護士。
M&A/企業再編、コーポレート・ガバナンスなどを取り扱う。

主著:田中亘=森・濱田松本法律事務所編『会社・株主間契約の理論と実務――合弁事業・資本提携・スタートアップ投資』(有斐閣、2021)など。

 

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