SH4114 シンガポール:会社の実質的支配者に関する規制動向(1) 松本岳人(2022/08/29)

組織法務経営・コーポレートガバナンス

シンガポール:会社の実質的支配者に関する規制動向(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 松 本 岳 人

 

1 はじめに

 2022年5月31日、シンガポールのAccounting and Corporate Regulatory Authority(会計企業規制庁。以下「ACRA」という。)は、シンガポールにおける名義取締役(Nominee Director)及び名義株主(Nominee Shareholder)の情報把握に関する規制の強化を含む会社法その他関連法令の改正に関する意見公募手続(パブリックコンサルテーション)を開始した。日本でも、2018年から株式会社の設立のための定款認証において実質的支配者(Controller)の確認が必要となり、2022年からは商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則に基づく実質的支配者リスト制度の運用が開始されているなど、マネーロンダリングに関するFinancial Action Task Force(金融活動作業部会。以下「FATF」という。)の勧告や金融機関からの要望の高まりを受け、国内外において会社の実質的支配者を把握するための規制は徐々に強化されている。そこで、本稿ではシンガポールにおける実質的支配者及び名義取締役を把握するための現状の規制及び今後の見通しについて紹介する。

 

2 実質的支配者及び名義取締役の名簿作成義務

 2017年3月31日から施行されているシンガポール会社法において、シンガポールの会社[1]は原則としてその実質的支配者及び名義取締役に関する情報を把握し、当該実質的支配者及び名義取締役の名簿を作成することが義務づけられている。また、かかる名簿の記載内容が変更された場合には、随時更新することが必要となる。なお、作成された名簿は、原則として一般に公開が予定されているわけではないものの、ACRAその他の公共機関からの要請があった場合には、登載された情報を開示する必要がある。

 もっとも、名簿作成義務は、政府に完全に支配されている会社、シンガポールその他シンガポール政府に承認された取引所に上場している公開会社、金融機関などの一定の会社については免除されている。

⑴ 実質的支配者

 実質的支配者とは、個人若しくは法人であって、会社にとって重要な利害関係(Significant Interest)又は重要な支配権(Significant Control)を有する者とされている。具体的には、重要な利害関係を有する者として、会社が配当する利益の25%以上の分配を受ける権利を有する者が、重要な支配権を有する者として、会社の株主総会決議事項のうち25%以上の議決権を直接的又は間接的に有する者や、取締役会における過半数の議決権を有する取締役の任命権又は解任権を有する者などが該当すると考えられる。

 シンガポールのACRAに備えられた会社登記制度においては、日本の商業登記とは異なり、株主に関する情報も登録事項とされているが、2020年7月30日からは株主の情報に加えて実質的支配者についてもACRAに登録することとされている。但し、株主の情報が一般に公開されているのとは異なり、実質的支配者に関する情報は原則として一般には公表されないこととされている。

 実質的支配者名簿に登録すべき事項は、個人であるか法人であるかによっても異なるものの、実質的支配者の氏名・名称、住所、ID番号、国籍・設立準拠法などの情報を登録することが必要となる。

⑵ 名義取締役

 名義取締役とは、取締役のうち、公式若しくは非公式に、他人の指示や意向等に従って活動することを習慣づけられている、又はその義務がある者であるとされている。名義取締役の具体的な範囲は必ずしも明確ではないものの、シンガポール会社法上、取締役のうち最低1名はシンガポールに居住する者を選任する必要があるため、外資系の企業などシンガポールに取締役として適任となる人材がいないような場合には、現地で取締役を派遣するサービスを行っている会社に居住取締役を派遣してもらうことが実務上よく行われており、そのような派遣取締役は名義取締役に該当すると解される。また、親会社から派遣されている取締役や合弁会社において合弁契約に基づき指名された取締役なども上記の名義取締役の定義に該当する可能性がある。

 名義取締役名簿に登録すべき事項は、実質的支配者名簿と同様、個人であるか法人であるかによっても異なるものの、名義取締役の指名者の氏名・名称、住所、ID番号、国籍・設立準拠法などの情報を登録することが必要となる。

 現状、名義取締役名簿については、実質的支配者名簿とは異なり、会社において備え置くことで足り、ACRAへの登録が必要となるものではなく、また公開が予定されているものでもない。

(2)につづく

 


[1] Limited Liability Partnership(有限責任事業組合(LLP))にも同様の規制が適用されるが本稿では説明を省略する。

 


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(まつもと・たけひと)

2005年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2007年慶應義塾大学大学院法務研究科修了。2008年に長島・大野・常松法律事務所に入所後、官庁及び民間企業への出向並びに米国留学を経て、2017年から2020年まで長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。現在は、日本及び東南アジア地域での不動産・インフラ関係の案件を中心に企業法務全般についてアドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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