ベトナム:【Q&A】残業時間年間上限の特例と法改正の動き
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
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Q: 一部の外国人労働者にも強制社会保険の加入が義務付けられましたが、当社はこれまでこれに気づかず、保険料を支払っていませんでした。社会保険の不払いには刑事罰があると聞きましたが、これにより社長である私個人が刑務所に入らなければならないのではないかと思うと夜も眠れません。その可能性もあるのでしょうか?
- A: 結論から申し上げると、その心配はありません。理由は以下の通りです。
1 外国人労働者の強制保険加入義務と刑法の規定の概要
本講座SH2169、SH2175で解説したとおり、政令第143/2019/ND-CP号(「政令143号」)により、2018年12月1日以降、「企業内異動」の外国人労働者等、一定の例外を除く外国人労働者について、強制社会保険の加入が義務付けられています。この加入義務違反に対する行政罰として、使用者に対して最大1億5,000万ドンの過料が科され得ます。
これに加えて、刑法第216条では、労働者の社会保険、医療保険、失業保険の保険料を納付する義務を負う者がその義務を怠った場合に、罰金や懲役刑を含む刑事罰を科す旨を定めています。ただし、刑事罰が適用されるのは、以下の要件を満たした場合に限られます。
- ① 欺罔その他の手段により、6か月以上その納付を怠ったこと。
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② 以下のいずれかに該当すること。
- a) 5,000万ドン以上の保険料納付を怠ったこと
- b) 10人以上の労働者に係る保険料納付を怠ったこと
- c) 2回以上罪を犯したこと
- d) 5000万ドン以上の保険料又は10人以上の労働者に係る保険料を徴収又は控除したのに納付しないこと
- ③ この行為について行政処分を受け、さらに違反したとき
2 決議05号による要件の明確化
上記の刑法上の規定に関して、最高人民裁判所の裁判官評議会は、2019年8月15日、決議05/2019/NQ-HDTP号を公布し、概念の明確化を図っています。
- ①の「欺罔その他の手段」とは、管轄官庁に対して社会保険等の届出を故意に行わないこと、又は故意に事実に合致しない届出を行うことをいう。
- ①の「6か月以上その納付を怠ったこと」とは、連続6か月以上、又は累積して6か月以上納付を怠ったことをいう。
- ②c)の「2回以上罪を犯したこと」とは、労働者のために社会保険等の保険料の納付を怠る罪を2回以上犯し、それについて刑事責任が追及されておらず、時効期限も到来していない場合をいう。
3 刑罰の内容
ベトナムでは2017年以前は個人に対する刑事罰のみが規定されていましたが、2018年1月施行の現行刑法で初めて一部の罪についての法人への刑罰が規定されました。社会保険料の不払いに関するこの刑法第216条はその一つで、この罪を犯した営利法人は、その態様に応じて以下のよう罰金刑を受けることになっています。
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1項 |
2項 |
3項 |
納付しない保険料額 |
5000万ドン以上3億ドン未満 |
3億ドン以上10億ドン未満 |
10億ドン以上 |
未納付の対象人数 |
10人以上50人未満 |
50人以上200人未満 |
200人以上 |
回数 |
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2回以上罪を犯した場合 |
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保険料を徴収又は控除したのに納付しない保険料額又は対象人数 |
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5000万ドン以上3億ドン未満の保険料又は10人以上50人未満 |
3億ドン以上10億ドン未満の保険料又は50人以上200人未満 |
法人に対する刑罰 |
2億ドン以上5億ドン以下 |
5億ドン以上10億ドン以下 |
10億ドン以上30億ドン以下 |
4 結論
以上の通り、社会保険料の不払いを理由に刑事罰を受けるのは、その行為について行政処分を受け、それにもかかわらずなお納付を怠ったときに限られます。したがって、貴社のように行政処分を受けていない段階で、いきなり刑事罰を受けることはありません。また、仮に刑事罰が科される場合であっても、その対象は社会保険料を支払う義務を負う会社であって、会社が罰金刑を受けることはあっても、会社の代表者個人が刑罰を受けることはありません。
以上