◇SH4147◇最一小判 令和4年3月24日 損害賠償請求事件(安浪亮介裁判長)

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 被害者を被保険者とする人身傷害条項のある自動車保険契約を締結していた保険会社が、被害者との間でいわゆる人傷一括払合意をし、上記条項の適用対象となる事故によって生じた損害について被害者に対して金員を支払った後に自動車損害賠償責任保険から損害賠償額の支払を受けた場合において、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から上記損害賠償額の支払金相当額を全額控除することはできないとされた事例

 被害者を被保険者とする人身傷害条項のある自動車保険契約を締結していた保険会社が、被害者との間で、上記条項に基づく保険金について自動車損害賠償責任保険による損害賠償額の支払分を含めて一括して支払う旨の合意(いわゆる人傷一括払合意)をし、上記条項の適用対象となる事故によって生じた損害について被害者に対して金員を支払った後に自動車損害賠償責任保険から損害賠償額の支払を受けた場合において、保険会社が上記保険金として保険給付をすべき義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないなど判示の事実関係の下では、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から、保険会社が上記金員の支払により保険代位することができる範囲を超えて上記損害賠償額の支払金相当額を控除することはできない。

 民法91条、第3編第2章契約、709条、自動車損害賠償保障法16条1項

 令和2年(受)第1198号 最高裁判所令和4年3月24日第一小法廷判決 損害賠償請求事件(民集76巻3号登載予定) 破棄自判

 原 審:令和元年(ネ)第649号 福岡高等裁判所令和2年3月19日判決

 原々審:平成30年(ワ)第2062号 福岡地方裁判所令和元年8月7日判決

1 事案の概要等

 (1) 本件は、交通事故により傷害を受けた被害者(X)が加害者に対して損害賠償請求をした事案である。被害者を被保険者とする人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約(以下、人身傷害条項の定める保険を「人傷保険」という。)に関して被害者に対して金員を支払った保険会社(以下「人傷社」という。)が自賠責保険から自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)16条1項に基づく損害賠償額の支払として受領した金員相当額について、被害者の損害賠償請求権の額から全額控除することができるかが問題となった。

 (2) 交通事故の発生につき過失がある被害者に人傷社が保険代位(保険法25条又は保険約款に基づく請求権代位)する被害者の加害者に対する損害賠償請求権の範囲については、人傷保険金の額と過失相殺前の損害賠償請求権の額との合計額が過失相殺前の損害額を上回る部分に相当する額の範囲であるとされ(裁判基準差額説。最一小判平成24年2月20日民集66巻2号742頁等)、各損害保険会社は、保険約款中の人身傷害条項に裁判基準差額説を前提とする代位条項を設けている。この代位条項によると、人傷社による支払金全額が人傷保険金である場合、人傷社が被害者の自賠法16条1項に基づく請求権(以下「16条請求権」という。)を行使して受け取った金額が人傷保険金の支払による代位額を超過することが生じ得る。本件でも、Xを被保険者とする人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約を締結した保険会社(以下「本件人傷社」という。)がXに支払った金員(以下「本件支払金」という。)により保険代位する範囲は、本件人傷社がXの16条請求権を行使して自賠責保険から損害賠償額の支払として受領した金員(以下「本件自賠金」という。)相当額を下回るものであった。

 (3) そこで、保険代位以外に人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受ける法的根拠(法律上の原因)があるかが問題となるところ、本件では、いわゆる人傷一括払により支払われた本件支払金の中には、自賠責保険からの損害賠償額の支払分が含まれており、Xが本件人傷社に自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任したかが争点となった。

 人傷一括払を説明する前提として、対人賠償条項(賠償責任条項)の定める保険(以下「対人賠償保険」という。)の実務について説明する。

 対人賠償保険は、同じく責任保険である自賠責保険の上積み保険(対人賠償保険金を支払う損害保険会社(以下「対人社」という。)は「自賠責保険(共済)によって支払われる金額」については保険給付義務を負わない。)であるが、保険約款外のサービスとして、対人社が自賠責保険分を含めて被害者に一括して支払うといういわゆる対人一括払が広く行われている。対人社は、一括払後、自賠責保険に対し、加害者から自賠法15条に基づく請求権(以下「15条請求権」という。)の行使の委任を受けたとして精算請求を行う。

 被害者を被保険者とする傷害保険である人傷保険は、自賠責保険の上積み保険ではないが、対人一括払と同様に、人傷一括払が広く行われている。人傷一括払においては、人傷社が、被害者に対し、自賠責保険を含めて保険金を一括して支払うか否かの選択肢を示し、その意思の確認をした上で、人傷社が16条請求権を行使することの同意書又は承諾書の提出を求め、その後、保険金支払の際に、その支払を受けたときには16条請求権は支払保険金の限度で人傷社に移転するという内容の同意書又は協定書の提出を求めるのが一般である(本件でも同様の取扱いがされた。)。そして、人傷社は、一括払後、自賠責保険に対し、被害者の16条請求権を保険代位したとして精算請求を行う。(以上につき、植草桂子「人傷一括払と自賠責保険金の回収をめぐる問題点」損害保険研究79巻4号(2018)125頁~128頁)

2 裁判所の判断

 (1) 原判決は、①Xと本件人傷社との間では、Xが本件人傷社から受領する保険金には自賠責保険金が含まれるとの合意があったものということができ、②Xは、本件人傷社に対し、受領した人傷保険金の限度で自賠責保険金の受領権限を委任したものと解されるから、本件人傷社は、Xの委任に基づき本件自賠金の支払を受けたものであり、Xは、これに先立ち本件支払金を受領したことにより本件自賠金の支払を受けたことになると解すべきであるとして、Xの損害賠償請求権の額から本件自賠金に相当する額を全額控除することができると判断した。

 (2) これに対し、本判決は、判決要旨のとおり判断し、Xの損害賠償請求権の額から、本件人傷社が保険代位することができる範囲を超えて自賠責保険から支払を受けた額を控除することはできないと判断した。

3 説明

 (1) 人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払として受領した金員相当額が保険代位する範囲を超過する場合に当該受領金全額について被害者の損害賠償請求権の額から控除することができるかが争われた裁判例として、東京地判平21・12・22交民42巻6号1669頁がある。同判決は、被害者が人傷保険金のほかに自賠責保険から支払を受けているとはいえないなどとして、全額控除を否定した。

 同判決の考え方は、不当利得容認説と命名され(森健二「人身傷害補償保険金と自賠責保険金の代位について」日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準2011年(平成23年)』〔下巻〕(2011、日弁連交通事故相談センター東京支部)93頁以下)、同様の立場に立つ下級審裁判例が続いた。また、自賠責保険実務においても、判決で人傷社が回収した額の全額が控除対象と認められなかったものについては、自賠責保険会社は人傷社への支払額を修正した上で加害者の15条請求権の行使に応じることとされた(前掲植草・133頁)。

 ただし、原判決以前の議論においては、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受ける法的根拠(保険代位を除く。)の有無について十分な議論がされていたとはいい難く、不当利得容認説を支持する論者も、人傷一括払において、被害者が人傷社に対して「人傷保険金の支払を受けたときには、被害者は、被害者の有する16条請求権が人傷社に移転することに同意する」などという記載のある書面を提出したような場合(前記(3)のとおり人傷一括払における一般的な実務運用である。)については、今後の検討課題であるとしていた(前掲森・103頁)。

 本判決は、このような中、人傷一括払における一般的な実務運用と同様の取扱いがされた本件において、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受ける法的根拠の有無について判断したものである。

 (2) 本判決は、本件支払金に自賠責保険による損害賠償額の支払分が含まれるとする合意の有無について、①自賠責保険から損害賠償額の支払を受けていないときにはこれを考慮することなく本件約款所定の基準に従って人傷保険金が算定されるものとされていることから、人傷一括払の合意をしたとしても、本件人傷社が人傷保険金として給付義務を負うとされている金額と同額を支払ったにすぎないときには、保険金請求権者(被害者)としては人傷保険金のみが支払われたものと理解するのが通常である上、本件支払金の中に自賠責保険からの支払分が含まれており、当該支払分の全額について本件人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受けることができるものとすると、別途、人傷保険金を追加払しない限り、被害者の損害の塡補に不足が生ずることとなり得るが、このような事態が生ずる解釈は、当事者の合理的意思に合致しないと判断し、続いて、受領権限の委任の有無について、②Xの提出した保険金請求書及び協定書の説明内容は、本件約款の内容と併せて考慮すると、Xが本件人傷社に対して自賠責保険による損害賠償額の支払の受領権限を委任する趣旨を含むものとは解されないと判断して、いずれの合意(委任を含む。)も否定し、保険代位する範囲を超えて本件自賠金相当額をXの損害賠償請求権の額から控除することはできないとした。

 ①の判断は、対人賠償保険とは異なり、人傷保険では、人傷保険金額(アマウント)の範囲内で支払がされる限り、自賠責保険部分も保険給付の対象であることから、人傷一括払の合意をする被害者としては、人傷保険金の追加払が生じ得るような立替払をしてもらう利益はなく、そのような合意をする意思を有していたとは解し難いという評価がされたものと思われる。なお、保険実務では、保険約款所定の基準による被害者の損害額が人傷保険金額を上回る場合(いわゆるアマウントオーバーのケース)、人傷保険金額と同額の保険金を支払った上で、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払を受けた金員相当額を被害者に追加払するという運用が行われているが(具体的な支払方法については、前掲植草・128頁参照)、このような場合における当事者の意思解釈についてまで本判決が説示するところではないことは明らかである。

 ②の判断は、本件人傷社が用いた保険金請求書及び協定書の書式は、自賠責保険に対する精算方法の実務(前記(3))に従い、対人賠償保険(一括払に関する記載がある。)については加害者の15条請求権の行使の委任に関する説明内容が、人傷保険(一括払に関する記載はない。)については被害者の16条請求権の保険代位に関する説明内容がそれぞれ記載されているにすぎないから、これらの説明内容をもって16条請求権の行使による受領権限を委任するものとは解されないとしたものと思われる。

4 本判決の意義

 本判決は、最高裁が人傷一括払について、人傷社が自賠責保険から損害賠償額の支払として受領した金員相当額全額を被害者の損害賠償請求権の額から控除することの可否につき判断を示したものであり、実務上重要な意義を有すると思われる。

 

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