1 事案の概要
本件は、A社の株主であるXが、Y社を吸収合併存続株式会社、A社を吸収合併消滅株式会社とする吸収合併に反対した上、A社に対し、Xの有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したところ、その価格の決定につき協議が調わないため、会社法786条2項に基づき、価格の決定の申立てをした事案である。
A社は非上場会社であるところ、非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法(将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定する方法)を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウント(当該会社の株式には市場性がないことを理由とする減価)を行うことができるか否かが争われた。
2 判断
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(1) 本件において、鑑定人(公認会計士)は、①本件では収益還元法を用いるのが相当であるところ、A社において将来期待される純利益を予測し、その現在価値を合計すると、約3億6158万3000円となる、②非上場会社の株式は上場会社の株式のように株式市場で容易に現金化することが困難であるため、非流動性ディスカウントとして上記金額から25%の減価を行い、その結果を発行済株式の総数338万7000株で除すると、A社の株式の公正な買取価格は、1株につき80円となる、との鑑定意見を述べていた。
そして、原審は、A社の株式の換価が困難であることは株式の経済的価値自体に影響を与えているというべきであるから、これを考慮することが裁判所の合理的な裁量を超えるものということはできないなどとして、収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合であっても非流動性ディスカウントを行うことができる旨判断し、鑑定人の鑑定意見のとおり、Xの有していた株式の買取価格を1株につき80円と定めるべきものとした。 - (2) しかしながら、本決定は、「非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことはできない」との判断を示して、原決定を破棄した上、Xの有していた株式の買取価格を1株につき106円と定める旨の自判をした。
3 株式買取請求権
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(1) 会社法は、定款変更等(同法116条)、事業譲渡等(同法469条)及び組織再編(同法785条、797条、806条)という会社の基礎的変更に当たる行為につき、反対株主が当該会社等に対して自己の有する株式を「公正な価格」で買い取ることを請求することができる旨定める(株式買取請求権)。
このような株式買取請求権の制度は、昭和25年商法改正の際、米国法に倣って導入されたものである。最高裁は、楽天対TBS事件決定(最三小決平成23・4・19民集65巻3号1311頁、判時2119号18頁、判タ1352号140頁)において、会社法785条1項に基づく株式買取請求権の制度の趣旨を次のように説明している。
「反対株主に『公正な価格』での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には、吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し、さらに、吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより、上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。」 -
(2) 株式買取請求権の法的性質については、これを「株式の売買契約」と解するか、それとも「投資の解約を申し入れる権利」と解するか争いがあるが、後者が通説とされている(上柳克郎ほか編『新版注釈会社法(5)』(有斐閣、1986)284頁〔宍戸善一〕、落合誠一編『会社法コンメンタール12 定款の変更・事業の譲渡等・解散・清算(1)』(商事法務、2009)98頁〔柳明昌〕)。
また、最近は、株式買取請求権の行使を「(会社の)部分解散」及び「損害の塡補」と捉える見解も提唱されている(神田秀樹「株主買取請求権制度の構造」商事1879号(2009)5頁。森本滋編『会社法コンメンタール18 組織変更、合併、会社分割、株式交換等(2)』(商事法務、2010)96頁〔柳明昌〕等にも引用されている。)。
なお、平成26年6月、会社法の一部を改正する法律が可決、成立しており(平成26年法律第90号)、同法は平成27年5月1日から施行される予定である。株式買取請求権制度についても若干の改正があるが(具体的には、①株式買取請求の撤回の制限の実効化、②株式買取請求に係る株式等の買取りの効力発生時の規律、③株式等に係る価格決定前の支払制度の創設等)、本件の判断に直接影響するものではないように思われる。 - (3) 組織再編における株式買取請求権の場合、会社が買い取るべき「公正な価格」とは、単なる株式の時価等にとどまらず、①組織再編に係る株主総会決議により株式の価格が下がった場合には、当該決議がなかったならば有したであろう価格をいい、②組織再編によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には、企業価値の増加を反映した価格をいう(楽天対TBS事件決定)。もっとも、本件の場合、吸収合併によりA社の株式の価格が下がったというわけではなく、またシナジーその他の企業価値の増加も生じていない。
4 買取価格の決定
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(1) 株式買取請求権が行使されたものの、株主と会社との間で協議が整わない場合には、株主又は会社は裁判所に対して買取価格の決定の申立てをすることができる(定款変更等につき会社法117条2項、事業譲渡等につき同法470条2項、組織再編につき同法786条2項・798条2項・807条2項)。
楽天対TBS事件決定は、次のとおり、会社法786条2項に基づき株式の価格の決定の申立てを受けた裁判所は合理的な裁量によって公正な価格を形成すべきである旨判示している。
「裁判所による買取価格の決定は、客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するものではなく、裁判所において、上記の趣旨に従い、『公正な価格』を形成するものであり、また、会社法が価格決定の基準について格別の規定を置いていないことからすると、その決定は、裁判所の合理的な裁量に委ねられているものと解される(最一小決昭和48・3・1民集27巻2号161頁参照)。」 - (2) なお、株式買取価格の決定は裁判所の裁量とされつつも、実際には、「公正な価格」の意義、範囲、計算方法等につき、これまで種々の議論がされている。これは、「『公正な価格』の内容が抽象的であり、解釈基準を確立することが、会社及び株主の予測可能性を保護するために必要であると考えられる」(石丸将利「判解」判解民平成23年度(上)335頁。江頭憲治郎ほか編『会社法大系(2)』(青林書院、2008)111頁〔河和哲雄=深山徹〕も同旨)ためである。
5 非上場会社の株式の評価
- (1) 上場会社の株式については市場での株価というものが存在するが、非上場会社の株式についてはこのような株価は存在しない。そこで、非上場会社の株式については、一般に、次の各評価手法のいずれかが事案に応じて採られることになる(後述する日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」の分類であり、学説の大多数もこれに沿う。)。
- ア インカム・アプローチ
- 当該会社から期待される将来の利益、キャッシュフロー等に基づいて株価を算定する方法である。具体的には、①将来収支予測に基づき算出される将来フリーキャッシュフロー(現金の流れ)を所定の割引率で割り戻す「DCF法」(Discounted Cash Flow)、②予測純利益を資本還元率により還元する「収益還元法」(本件の評価手法)、③実際の配当金額又は予測配当金額を資本還元率により還元する「配当還元法」などがある。
- イ マーケット・アプローチ
- 上場している同業他社や当該会社の過去の取引事例などと比較して算定する方法である。具体的には、①類似する上場会社等の市場価格を元に評価する「類似会社比準法(類似上場会社法)」、②当該会社の過去の取引価格を元に評価する「類似取引法(取引事例法)」などがある。
- ウ ネットアセット・アプローチ
- 貸借対照表上の純資産に着目して算定する方法である。具体的には、①会計上の純資産価額で評価する「簿価純資産法」、②時価に換算して算出した純資産価額で評価する「時価純資産法」などがある。
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(2) ところで、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」(経営研究調査会研究報告第32号。平成19年5月16日公表、平成25年7月3日改正)は、非上場会社の株式の評価につき、私人間の取引に際して行う「取引目的の評価」と、裁判所による価格決定に際して行う「裁判目的の評価」とを分けている。
このうち後者の「裁判目的の評価」とは、「公正な価格」(会社法116条1項・469条1項・785条1項・797条1項・806条1項)など、法令の文言の法律解釈に従って行うものであり、取引目的の評価とは異なる視点、つまり、法の立法趣旨、少数株主保護などの視点から評価するものとされている(山本浩二「株価算定の手法」判タ1279号(2008)19頁。宍戸善一「紛争解決局面における非公開株式の評価」竹内昭夫先生還暦『現代企業法の展開』(有斐閣、1990)401頁も、非上場会社の株式の評価には、①需要と供給の関係に基づいて決まる「交換価値」(上記「取引目的の評価」に相当)と、②買受人がいくらで買い取るのが妥当かという裁判所の判断に基づいて決まる「規範的価値」(上記「裁判目的の評価」に相当)とがあると指摘している。)。
6 非流動性ディスカウント
非流動性ディスカウント(非流通性ディスカウント、市場性欠如ディスカウントとも呼ばれる。)とは、非上場会社の株式の場合には、上場会社の株式と比較して流動性が低いことから、その価値を上場会社よりも低く評価することをいう(前掲「企業価値評価ガイドライン」52頁)。非流動性ディスカウントを採用するとした場合の減価率について、本件の鑑定人は実務上「20~30%」との数値を用いているとする(本件の原々決定)。また、米国では「35~50%」とするデータがある(飯田秀総『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』(商事法務、2013)111頁)。
「取引目的の評価」の場合、非流動性ディスカウントが許されることについては、特段の異論はない。
他方、「裁判目的の評価」の場合、特に株式買取請求権が行使された際の株式買取価格の決定の場合には、非流動性ディスカウントを行うことはできないとする説(以下「A説」という。)と、できるとする説(以下「B説」という。)とがある。もっとも、米国の実務、日本の裁判例及び学説をみると、以下のとおりA説を採るものが多い。
- (1) 米国の実務
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米国ではデラウェア州一般会社法(Delaware General Corporation Law)が代表的な会社法とされているところ(江頭憲治郎「裁判における株価の算定」司研122号(2013)43頁、飯田・前掲『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』96頁等)、同州の裁判所は、1992年、株式買取請求権が行使された事案において、非流動性ディスカウントを否定した(Hodas v. Spectrum Tech. Inc., No.11265, 1992 WL 364682 (Del.Ch.Dec.7, 1992))。その理由は「株式買取請求においては、企業全体の価値を評価してそれを持株数に比例的に(按分比例で)分配すべきだという発想があり、株主レベルでのディスカウントをしてはいけない」というのであって、以後の裁判例でも非流動性ディスカウントをしたものはない(飯田・前掲『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』111頁)。
また、米国の各州が会社法を制定する際の指針となる模範事業会社法(Model Business Corporation Act)では、1999年の改正により、株式買取請求権が行使された場合には非流動性ディスカウントは行わない旨の明文の規定が設けられた(§13.01(4)(iii)。飯田・前掲『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』100頁でも紹介されている。)。 - (2) 日本の裁判例
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本件に関する裁判例として、カネボウ株式会社(商号変更後の商号は湾岸ベルマネジメント株式会社。当時は非上場会社)の営業譲渡に反対する株主が、株式買取請求権を行使した上、旧商法245条ノ3第5項(会社法470条2項に相当)に基づいて株式買取価格の決定を申し立てた事件(以下「カネボウ第1次事件」という。)がある。
同事件の鑑定人は、インカム・アプローチの1つであるDCF法を採用した上、「少数株主〔反対株主〕は株式売却を意図していないにもかかわらず譲渡を余儀なくされたのであるから、株主が進んで株式を売却する場合とは異なる」、「非流動性ディスカウントによる調整は客観的な根拠がなく、鑑定の客観性を担保する〔ことができない〕」などとして、非流動性ディスカウントを行わなかった。
これに対して会社側は非流動性ディスカウントを行うよう主張したが、東京地裁は、鑑定人の上記判断には合理性があると判断して、会社側の主張を排斥した(東京地決平成20・3・14判時2001号11頁、判タ1226号120頁)。
そして、抗告審である東京高裁も、次のとおり判示して、非流動性ディスカウントは許されない旨判断した(東京高決平成22・5・24金判1345号12頁)。
「本件の株式買取請求権は、少数派の反対株主としては株式を手放したくないにもかかわらずそれ以上不利益を被らないため株式を手放さざるを得ない事態に追い込まれることに対する補償措置として位置付けられるものであるから、……非流動性ディスカウント(市場価格のないことを理由とした減価)を本件株式価値の評価に当たって行うことは相当でないというべきである。」 - (3) 学説
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学説上は、従前から、裁判所が株式買取価格を決定する場合においてインカム・アプローチを採用するのであれば、将来の株式自体の売却を考慮しない以上は非流動性ディスカウントを行う必要もないなどとして、A説が唱えられていたところである(宍戸・前掲「紛争解決局面における非公開株式の評価」409頁)。また、カネボウ第1次事件についても、学説の多くは、第1審及び抗告審の判断を支持している(後藤元「判批」商事1838号(2008)16頁、石綿学「判批」金判1345号(2010)1頁、四宮章夫監修『事業再編のための企業価値評価の実務――財務&法務デューディリジェンスの実践的手法』(民事法研究会、2011)424頁〔中里肇ほか〕。弥永真生「判批」ジュリ1404号(2010)73頁も抗告審の判断を「注目に値する」と指摘する。)。
他方、学説の中には、株式買取請求権が行使された場合であっても、流動性がないことが原因で価値が低いのであれば減価すべきであるなどとして、B説の立場に立つものもある(江頭・前掲「裁判における株価の算定」66頁。江頭憲治郎「支配権プレミアムとマイノリティ・ディスカウント」関俊彦先生古稀『変革期の企業法』(商事法務、2011)141頁注(40)も同旨。なお、江頭憲治郎『株式会社法〔第5版〕』(有斐閣、2014)18頁注(8)参照)。
いずれにせよ、学説上は、A説を採るかB説を採るかは「株式買取請求権制度の趣旨から検討されるべき法的な価値判断」とされているところである(中東正文「判批」金判1290号(2008)27頁)。 - (4) 日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」
- 日本公認会計士協会の前掲「企業価値評価ガイドライン」は、株式買取請求事件において裁判所との協議を要する事項として「非流動性ディスカウントを考慮すべきか」を挙げ、非流動性ディスカウントが許されるか否かが「法的見解」であることを前提に、「鑑定人は裁判所と密接に協議して、裁判所の法的見解と鑑定人の鑑定意見に齟齬が生じることのないようすべきである。」としている(前掲「企業価値評価ガイドライン」87~89頁)。
7 本決定の見解
前述のとおり、会社法786条2項に基づき株式の価格の決定の申立てを受けた裁判所は、吸収合併等に反対する株主に対し株式買取請求権が付与された趣旨に従い、その合理的な裁量によって公正な価格を形成すべきものである。そして、非上場会社の株式の価格の算定については様々な評価手法が存在するが、どのような場合にどの評価手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである。しかしながら、一定の評価手法を合理的であるとして、当該評価手法により株式の価格の算定を行うこととした場合において、その評価手法の内容、性格等からして、考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定することは許されないというべきであるように思われる。
そして、非流動性ディスカウントは、非上場会社の株式には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。
加えて、前述のとおり、吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣旨が、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には「企業価値」を「適切に分配」するものである(楽天対TBS事件決定)。
そうすると、裁判所が株式買取価格を決定する場合に、収益還元法によって算定された株式の価格について、同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは、相当でないというべきである。
本決定は、以上のような観点から、「非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことはできない」との判断を示したものと解される。
8 本決定の意義
本件は、非上場会社において株式買取請求権が行使され、裁判所が株式買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことができるか否かについて、最高裁として初めて判断を示したものであり、実務上重要な意義を有することから、紹介する次第である。