不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げることにより影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に当たるとされた事例
技術的制限手段が,ライセンスの発行を受けた特定の視聴等機器にインストールされたビューアによる復号が必要となるよう影像を暗号化して送信し,影像の視聴等を制限するものであり,同ビューアには,復号後の影像の記録・保存を防止する機能を有し,同ビューア以外での影像の視聴ができないよう影像の視聴等を制限するプログラムである「G」が組み込まれており,Gは同ビューアを構成するプログラムの一つとして,同ビューアと同時にインストールされ,Gのない状態では,同ビューアは起動せず,ライセンスの発行を受けることも送信された影像の視聴もできないようにされていたところ,「F3」はGの上記機能を無効化し,復号後の影像を記録・保存することにより,同ビューア以外での影像の視聴を可能とするプログラムであったという本件事実関係の下では,Gの上記機能により得られる効果は技術的制限手段の効果に当たり,これを無効化するF3は,不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げることにより影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に当たる。
不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)2条1項10号,不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)21条2項4号
平成30年(あ)第10号 最高裁判所令和3年3月1日第一小法廷決定
不正競争防止法違反被告事件 刑集 第75巻3号273頁 棄却
原 審:平成28年(う)第598号 大阪高等平成29年12月8日判決
第1審:平成26年(わ)第405号 京都地裁平成28年3月24日判決
1 事案の概要
⑴ 本件は、コンピュータのソフトウェアの開発・販売等を業とする会社の代表者や販売責任者であった被告人らが、D社が電子書籍の影像を配信するに当たり、営業上用いている電磁的方法により前記影像の視聴及び記録を制限する手段であって、視聴等機器が、同社が提供する専用ビューア(以下「本件ビューア」という。)による変換を必要とするよう、前記影像を変換して送信する方式によるもの(以下「本件技術的制限手段」という。)により、ライセンスの発行を受けた特定の視聴等機器にインストールされた本件ビューア以外では視聴ができないように前記影像の視聴及び記録を制限しているのに、不正の利益を得る目的で、法定の除外事由がないのに、平成25年、顧客2名に対し、本件ビューアに組み込まれている影像の記録・保存を行うことを防止する機能を無効化する方法で本件技術的制限手段の効果を妨げることにより、本件ビューア以外でも前記影像の視聴を可能とする機能を有するプログラムである「F3」を、電気通信回線を通じて提供し、もって不正競争を行ったという事案である。
⑵ 平成27年改正前の不正競争防止法(以下「法」ともいう。)2条7項(現8項)は、電磁的方法により影像若しくは音の視聴若しくはプログラムの実行又は影像、音若しくはプログラムの記録(以下「影像の視聴等」という。)を制限する手段であって、視聴等機器が特定の反応をする信号を影像、音若しくはプログラムとともに記録媒体に記録し、若しくは送信する方式(これを「信号方式」ともいう。)又は視聴等機器が特定の変換(復号)を必要とするよう影像、音若しくはプログラムを変換して記録媒体に記録し、若しくは送信する方式(これを「暗号方式」ともいう。)によるものを「技術的制限手段」と定め、同条1項10号(現17号)は、営業上用いられている技術的制限手段により制限されている影像の視聴等を当該「技術的制限手段の効果を妨げる」ことにより可能とする機能を有するプログラムを電気通信回線を通じて提供する行為等を「不正競争」としている。このような不正競争については、不正競争防止法の平成11年改正で民事規制が定められ、その後、平成23年改正で、図利加害目的でこれを行った者に刑事罰が定められた(法21条2項4号。現行法も同様である。)。影像・音の視聴、プログラムの実行の制限を「アクセス管理」、影像・音・プログラムの記録の制限を「コピー管理」ともいう。
⑶ 本件技術的制限手段は、ライセンスの発行を受けた特定の視聴等機器(Windowsパソコン)にインストールされた本件ビューアによる復号が必要となるよう、電子書籍の影像を暗号化して送信し、影像の視聴等を制限する、暗号方式によるものであった。
本件ビューアには、「G」というプログラムが組み込まれていた。Gは、復号後の電子書籍が表示されたパソコン画面のキャプチャ(画面の表示内容を画像データとして保存すること。スクリーンショットと同義。)ができないようにすることで、影像の記録・保存を防止する機能を有し、本件ビューア以外で前記影像の視聴ができないよう影像の視聴等を制限するプログラムである。G自体は、暗号方式にも信号方式にも当たらず、技術的制限手段ではない。
Gは、本件ビューアを構成するプログラムの一つとして、本件ビューアと同時にインストールされ、Gのない状態では、本件ビューアは起動せず、ライセンスの発行を受けることも送信された影像の視聴もできないようにされていた。
F3は、Gの前記機能を無効化し、画面キャプチャができるようにするソフトウェアであり、復号後の電子書籍の影像を記録・保存することにより、本件ビューア以外での前記影像の視聴を可能とする機能を有するプログラムであった。
2 審理の経過
第1審で、検察官は、法2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げる」とは、信号の除去・改変や、暗号の復号に限られるものではなく、技術的制限手段の効果を弱化又は無効化することであり、これに該当するか否かは、技術的制限手段を営業上用いている者が技術的制限手段を施した際に意図した効果が妨げられているかどうかによって実質的に判断すべきであると主張し、F3の提供は不正競争に当たると主張した。
一方、弁護人は、「技術的制限手段の効果を妨げる」とは、信号の除去・改変や暗号の復号といった技術的制限手段そのものの無効化に限られると解すべきであり、技術的制限手段そのものではないGの前記機能を無効化するF3の提供は不正競争に当たらないと主張した。
第1審判決は、「技術的制限手段の効果を妨げる」とは、技術的制限手段そのものを無効化することに限られないとの立場を採りつつ、技術的制限手段を施した者が実現しようと意図していた効果のうち、保護に値するのは合理的な意図に限られるとし、電子書籍のコピー管理は合理的な意図であるからGの前記機能は本件技術的制限手段の効果であり、これを妨げるF3の提供は不正競争となると判示した。これに対して、被告人らが控訴した。
原判決は、「技術的制限手段の効果を妨げる」とは、技術的制限手段そのものを無効化することに限られないとした第1審判決の立場を維持しつつ、保護されるのは技術的制限手段の効果として通常理解できる範囲に限られると判示し、Gの前記機能はその範囲に含まれるから、これを妨げるF3は技術的制限手段の効果を妨げるものとしてその提供は不正競争となると判示した。これに対して、被告人らが上告した。
上告審における弁護人の主な主張も、F3は復号の機能を有しないから技術的制限手段の効果を妨げるプログラムではないというものであった。
本決定は、弁護人の上告趣意は、刑訴法405条の上告理由に当たらないとしたが、F3は、法2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げることにより影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に当たると職権判示して、被告人らの上告を棄却した(裁判官全員一致の意見によるものである。)。
3 問題の所在
本件の主たる争点は、それ自体は技術的制限手段ではないGの機能を無効化するF3が、法2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げることにより影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に該当するか否かであるが、その核心は、Gの機能により得られる効果が「技術的制限手段の効果」といえるか否かという点にある。
弁護人が主張するように、「技術的制限手段の効果」が、技術的制限手段により直接得られる結果のみを意味するのであれば、暗号方式である本件技術的制限手段の効果は暗号化そのものに限られ、Gの機能により得られる効果はこれに含まれないこととなる。逆に、「技術的制限手段の効果」が、技術的制限手段により直接得られる結果に限られないとすれば、Gの機能により得られる効果も「技術的制限手段の効果」に含まれ得ることとなる(本稿では、便宜的に前者を「限定説」、後者を「非限定説」と呼ぶ。)。そこで、「技術的制限手段の効果」が、技術的制限手段により直接得られる結果のみを意味するものか否かが問題となる。
4 判例及び学説の状況、各説の論拠
本決定前に、「技術的制限手段の効果」が、技術的制限手段により直接得られる結果のみを意味するものか否かについて判示した判例はなく、学説も、この点について、本件前に具体的に論じていたとはいえない。
検察官の主張する非限定説の主な論拠は、法2条1項10号の文言は「技術的制限手段の効果を妨げる」というもので、「技術的制限手段を妨げる」などとはしていないこと、限定説を採ると技術的制限手段を講じた意味がなくなる場合があること、立案担当者による解説によれば、「技術的制限手段の効果」は、それを用いる者が(営業上の利益のために)意図したところとするものであり、限定説を採るものではないこと(文化庁長官官房著作権課内著作権法令研究会・通商産業省知的財産政策室編『著作権法・不正競争防止法改正解説』(有斐閣、1999)240頁)などである。
他方、弁護人の主張する限定説の主な論拠は、著作権法の「技術的保護手段」(不正競争防止法の技術的制限手段と同様に信号方式と暗号方式が定められた。)の「回避」(著作権法で信号の除去・改変、暗号の復元と条文上明記された。なお、令和2年改正により、信号方式に関しては「その他の当該信号の効果を妨げる行為」が加えられた。)と調和的に解釈すべきことや、非限定説を採ると処罰範囲が不明確又は過度に広範になることなどである。
5 本決定の内容
⑴ 本決定は、本件技術的制限手段が、ライセンスの発行を受けた特定の視聴等機器にインストールされたビューアによる復号が必要となるよう影像を暗号化して送信し、影像の視聴等を制限するものであり、同ビューアには、復号後の影像の記録・保存を防止する機能を有し、同ビューア以外での影像の視聴ができないよう影像の視聴等を制限するプログラムであるGが組み込まれており、Gは同ビューアを構成するプログラムの一つとして、同ビューアと同時にインストールされ、Gのない状態では、同ビューアは起動せず、ライセンスの発行を受けることも送信された影像の視聴もできないようにされていたところ、F3はGの上記機能を無効化し、復号後の影像を記録・保存することにより、同ビューア以外での影像の視聴を可能とするプログラムであったという本件事実関係の下では、Gの上記機能により得られる効果は本件技術的制限手段の効果に当たり、これを無効化するF3は、法2条1項10号にいう「技術的制限手段の効果を妨げることにより影像の視聴を可能とする機能を有するプログラム」に当たると判示した。
⑵ 本決定は、第1審判決、原判決と同様に「技術的制限手段の効果」は技術的制限手段の直接の結果に限られないという、非限定説の立場を採用したものである。
法2条1項10号は、「技術的制限手段の効果を妨げる」と定めているところ、「効果」という語に直接の結果に限定する意味はないから、同号の文言から直ちに限定説が導かれることはない。
また、著作権法の「技術的保護手段」は、不正競争防止法の「技術的制限手段」と同時に平成11年改正で導入されたものであるが、著作権法では「回避」の内容が信号の除去・改変、暗号の復元と条文上明記されたのに対し、不正競争防止法にはそのような規定が設けられなかった。著作権法は著作者等の権利保護による文化の発展を図るのに対し、不正競争防止法は事業者の利益保護と公正な競争秩序維持を目的としていることや、著作権法の保護対象は原則として著作物の創作者であるのに対し、不正競争防止法は事業者が直接の保護対象となっていることからすれば、不正競争防止法の「技術的制限手段の効果を妨げる」と著作権法の「技術的保護手段の回避」を同じ意味に解すべき必要は認められない。
そして、暗号化という技術的制限手段を用いて、特定の視聴機器等でのみ影像等の視聴が可能となるような制限(アクセス管理)を施し、視聴機器側で複製を制御する(コピー管理)という管理技術が存在することは、平成11年改正時から前提とされていたが、このように、暗号化技術が、視聴機器側でコピー管理をするための手段として利用されている場合に、暗号を不正に復号するプログラムを提供することも、視聴機器により復号された後の影像を記録、保存するプログラムを提供することも、結果的に特定の視聴機器等以外での視聴を可能にするという点では同じであり、公正な競争秩序を阻害するという実質に変わりはない。前者を不正競争としつつ、後者は不正競争とならないとすれば、保護される範囲が不当に狭くなり、技術的制限手段を保護する実効性が損なわれる。
本決定が、非限定説を採り、Gの機能により得られる効果も技術的制限手段の効果に当たるとしたのは、このような考えに基づくものと解される。
⑶ なお、非限定説を採る場合、いかなる範囲まで「技術的制限手段の効果」に含まれ得るかが問題となるが、本決定は、この点について特段の説示をせず原判決の結論のみを是認しており、その立場を明らかにしていない。
本件技術的制限手段は、暗号方式で本件ビューアによる復号がされなければ影像の視聴ができないようにアクセス管理をすることにより、Gの機能によるコピー管理を実現させるものであり、Gは本件ビューアに組み込まれ、どちらか一方のみでは作動しないようになっていた。また、技術的制限手段の目的は影像の視聴等の制限すなわちアクセス管理及びコピー管理であり、その両者の分離は困難で同時に双方を保護する必要があるとされている(前掲『著作権法・不正競争防止法改正解説』(有斐閣、1999)199頁)ところ、Gの機能は、画面キャプチャによるコピーを防止することにより、本件ビューア以外での影像の視聴を防止することにあるから、まさに技術的制限手段の目的を実現するものである。
これらの事情によれば、本件において、Gの機能により得られる効果が「技術的制限手段の効果」であることは明らかといえる。
本決定が、前記のような本件事実関係を挙げ、原判決の結論を是認したのは、本件については、Gの機能により得られる効果が本件技術的制限手段の効果であることが明らかといえるから、具体的事実関係の下で技術的制限手段の効果に当たる一事例として判示し、「技術的制限手段の効果」の範囲については、第1審判決、原判決の基準によらず、今後の事例の蓄積に委ねたものと考えられる。
6 本決定の意義
本決定は、技術的制限手段の効果に当たる事例につき最高裁判所が初めて判断を示したものであって、重要な意義を有すると考えられる。