【判示事項】
音楽教室の運営者と演奏技術等の教授に関する契約を締結した者(生徒)のレッスンにおける演奏に関し上記運営者が音楽著作物の利用主体であるということはできないとされた事例
【判決要旨】
音楽教室の運営者と演奏技術等の教授に関する契約を締結した者(生徒)が、上記契約に基づき、上記運営者に対して受講料を支払い、演奏技術等の教授のためのレッスンにおいて教師の指示・指導の下で著作権等管理事業者の管理に係る音楽著作物を含む課題曲を演奏する場合に、次の⑴~⑶など判示の事情の下では、上記レッスンにおける生徒の演奏に関し、上記運営者が上記音楽著作物の利用主体であるということはできない。
- ⑴ 生徒の演奏は、教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的として行われるのであって、上記課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない。
- ⑵ 生徒の演奏は、教師の行為を要することなく生徒の行為のみにより成り立つものであり、教師による伴奏や各種録音物の再生が行われたとしても、これらは、生徒の演奏を補助するものにとどまる。
- ⑶ 教師による課題曲の選定や生徒の演奏についての指示・指導は、生徒が上記⑴の目的を達成することができるように助力するものにすぎない。
【参照条文】
著作権法22条
【事件番号等】
令和3年(受)第1112号 最高裁令和4年10月24日第一小法廷判決 上告棄却 音楽教室における著作物使用に関わる請求権不存在確認請求事件(民集76巻6号登載予定)
原 審:令和2年(ネ)第10022号 知財高裁令和3年3月18日判決
第1審:平成29年(ワ)第20502号、平成29年(ワ)第25300号 東京地裁令和2年2月28日判決
【判決文】
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91473
【解説文】
1 事案の概要
本件は、音楽教室を運営するXらが、著作権者から著作権の信託を受けるなどして音楽著作物の著作権を管理するYに対し、YのXらに対するYの管理する音楽著作物(以下「本件管理著作物」という。)の著作権(演奏権)の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権等の不存在の確認を求める事案である。最高裁における争点は、Xらと演奏技術等の教授に関する契約を締結した者(以下「生徒」という。)による本件管理著作物の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるといえるかであった。
2 事実関係の概要
(1) Yは、著作権等管理事業法2条3項に規定する著作権等管理事業者であり、著作権者から著作権の信託を受けるなどして音楽著作物(本件管理著作物)の著作権を管理している。
(2) Xらは、音楽教室を運営する者であり、Xらと音楽及び演奏技術の教授に関する契約を締結した生徒に対し、自ら又はその従業員等を教師として、上記演奏技術等の教授のためのレッスンを行っている。
生徒は、上記契約に基づき、Xらに対して受講料を支払い、上記レッスンにおいて、教師の指示・指導の下で、本件管理著作物を含む課題曲を演奏している。
3 1審及び原審の判断
生徒による本件管理著作物の演奏に関し、1審(東京地判令和2・2・28判時2519号95頁)は、Xらが利用主体であるとしたが、原審(知財高判令和3・3・18判時2519号73頁)は、Xらが利用主体であるとはいえないとした。
4 本判決
本判決は、生徒が、Xらとの演奏技術等の教授に関する契約に基づき、Xらに対して受講料を支払い、演奏技術等の教授のためのレッスンにおいて教師の指示・指導の下で本件管理著作物を含む課題曲を演奏する場合に、(1)生徒の演奏は、教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的として行われるのであって、上記課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない、(2)生徒の演奏は、教師の行為を要することなく生徒の行為のみにより成り立つものであり、教師による伴奏や各種録音物の再生が行われたとしても、これらは、生徒の演奏を補助するものにとどまる、(3)教師による課題曲の選定や生徒の演奏についての指示・指導は、生徒が上記(1)の目的を達成することができるように助力するものにすぎないなどの事情の下では、上記レッスンにおける生徒の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるということはできない旨判断して、Yの上告を棄却した。
5 説明
(1) 本判決以前の著作物の利用主体に係る判例等
著作権法の分野においては、例えば自ら演奏をする者といった物理的、自然的にみた利用主体以外の者が、規範的観点から著作物の利用主体と評価されることがあった。最三小判昭和63・3・15民集42巻3号199頁〔クラブキャッツアイ事件〕は、①客が店の従業員による歌唱の勧誘、店の経営者の備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲等を通じて、店の経営者の管理の下に歌唱していると解されること、②店の経営者は、客の歌唱を利用して営業上の利益を増大させることを意図していることなどを挙げて、著作権法上の規律の観点から、客の歌唱も店の経営者の歌唱と同視し得る旨の判断をした。クラブキャッツアイ事件判決自体は、具体的な事実関係に基づいて利用主体が判断された事例判例であるが、その後の下級審裁判例は、クラブキャッツアイ事件判決で挙げられた管理性及び営業上の利益の帰属の要素に着目し、あるいはこれらに加えて他の要素も考慮しつつ、カラオケスナック以外の演奏権の事例や他の支分権の事例においても、具体的な事実関係に基づき、利用主体の判断がされてきた。
このような中、複製権侵害の有無が問題となった最一小判平成23・1・20民集65巻1号399頁〔ロクラクⅡ事件〕は、管理性及び営業上の利益の帰属の要素に触れることなく、複製の主体の判断に当たっては、複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当であるなどと判示した上で、放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスを提供する者が複製の主体であるとした。さらに、金築誠志裁判官の補足意見(以下「金築補足意見」という。)では、①著作権法21条以下に規定された「複製」、「上演」等に係る利用主体を判断するに当たっては、物理的、自然的に観察するだけでなく、社会的、経済的側面をも含め総合的に観察するべきであること、②考慮されるべき要素は、行為類型によって変わり得るものであることなどが述べられた。そして、ロクラクⅡ事件判決は、従前の裁判例と異なる立場を採ることを述べたものではないと考えられると説明されていた(柴田義明「判解」最判解民平成23年度(上)71頁)。
(2) 本判決の内容
本判決は、まず、演奏における利用主体の判断に当たり、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮すべきものとした。この説示は、ロクラクⅡ事件判決の説示と類似するが、挙げられた事情の一部(演奏の目的及び態様)は、ロクラクⅡ事件判決の示した事情の一部(複製の対象、方法)とは異なっている。これは、複製又は演奏を特徴付ける事情の相違(例えば、複製の場合は複製の対象や方法につき様々なものが考えられるが、人による演奏の場合には基本的には実際の演奏者の身体的動作で完結し、その対象も音楽著作物に限られる。)に由来するものと考えられる。そうすると、本判決は、ロクラクⅡ事件判決及び金築補足意見の考え方に沿い、利用主体の判断は、行為類型ごとの相違を踏まえつつ種々の要素を総合考慮して行われるべきものであるとの立場を採っているということができる。なお、Yが、上告受理申立て理由において、Xらが経済的利益を得ていることを主張したのに対し、本判決が、受講料は課題曲を演奏すること自体の対価ということはできないなどとしていることからすれば、本判決は、利用主体の判断に当たり、経済的側面が考慮され得ること自体を否定するものではないと思われる。
その上で、本判決は、各事情について検討した上で、生徒の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるとはいえないとの事例判断を示したものである。生徒は、演奏技術の向上等を図ることを目的とし、そのための手段として自らの意思で演奏を行い、演奏行為自体も生徒自身の行為により完結しているのに対し、教師(を通じたXら)の関与の内容等は、あくまで生徒の演奏に対する補助ないし助力程度のものにとどまるといえることが判断の主なポイントとなったものと考えられる。なお、Yは、上告受理申立て理由において、原審の判断はクラブキャッツアイ事件判決に反する旨主張していたが、本判決は、事案を異にするとしている。クラブキャッツアイ事件判決は、演奏権に関するものであるとはいえ、あくまで事例判例であり、本判決の説示からすれば演奏の目的、態様等が異なることがその理由であると考えられる。
6 本判決の意義
本判決は、事例判断にとどまるものの、利用主体の判断に関する最高裁の基本的な考え方をより明確にするものといえる。また、規範的な利用主体の判断については、その性質上、明確な基準を示すことは困難であり、事例判断を積み重ねて利用主体と認められる範囲を画する必要があるところ、本判決は、最高裁において利用主体該当性が否定された初めての事例でもあり、上記の範囲を画するという観点からも大きな意味を有するものである。このように、本判決は、実務上及び理論上、重要な意義を有するものと考えられる。