使用者が誠実に団体交渉に応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合において、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときに、労働委員会が使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することの可否
使用者が誠実に団体交渉に応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することができる 。
労働組合法7条2号、27条の12第1項
令和3年(行ヒ)第171号 最高裁令和4年3月18日第二小法廷判決
山形大学不当労働行為救済命令取消請求事件 破棄差戻(裁判所ウェブサイト(民集76巻3号登載予定))
原 審:令和2年(行コ)第8号 仙台高裁令和3年3月23日判決(労働判例1241号5頁)
第1審:平成31年(行ウ)第2号 山形地裁令和2年5月26日判決(労働判例1241号11頁)
1 事案の概要等
(1)本件は、労働組合であるZ(上告補助参加人)から、使用者であるX(被上告人)の団体交渉における対応が労働組合法7条2号の不当労働行為に該当する旨の申立て(以下「本件申立て」という。)を受けた県労働委員会(処分行政庁)が、Xの団体交渉における対応が同号の不当労働行為に該当すると認め、Zの請求に係る救済の一部を認容する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発したところ、Xが、Y(県、上告人)を相手に、本件命令のうちの認容部分(以下「本件認容部分」という。)の取消しを求める事案である。
(2)労働組合法7条は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと(同条2号)等の不当労働行為をしてはならない旨を規定する。そして、労働委員会は、使用者が同条の規定に違反した旨の申立てを受けたときは、遅滞なく調査を行うなどした上(同法27条1項)、事実の認定をし、この認定に基づいて、申立人の請求に係る救済の全部若しくは一部を認容し、又は申立てを棄却する命令を発しなければならない(同法27条の12)。
(3)国立大学法人であるXは、その雇用する教職員等によって組織された労働組合であるZに対し、平成26年1月1日から教職員のうち55歳を超える者の昇給を抑制すること及び同27年4月1日から教職員の給与制度の見直し(賃金の引下げ)をすることにつき、それぞれ団体交渉の申入れをし、同25年11月以降、Zとの間で、上記各事項(以下「本件各交渉事項」という。)につき複数回の団体交渉をしたが、その同意を得られないまま、同27年1月1日から上記昇給の抑制を実施し、同年4月1日から上記見直し後の給与制度を実施した。
Zは、平成27年6月22日、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの対応が不誠実で労働組合法7条2号の不当労働行為に該当するとして、Xに対して本件各交渉事項につき誠実に団体交渉に応ずべき旨等を命ずる内容の救済を請求する本件申立てをした。これに対し、処分行政庁は、平成31年1月15日付けで、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの対応が労働組合法7条2号の不当労働行為に該当するとした上、Xに対し、本件各交渉事項につき、適切な財務情報等を提示するなどして自らの主張に固執することなく誠実に団体交渉に応ずべき旨を命じ(本件認容部分)、その余の申立て(いわゆるポスト・ノーティスを求めるもの)を棄却する本件命令をした。
これに対し、Xが、上記対応は不当労働行為に当たらないなどと主張して、Yを相手に、本件認容部分の取消しを求める本件訴えを提起した。
2 訴訟の経過
原審は、Xの対応が不当労働行為に該当するか否かについては判断を示さずに、本件命令が発せられた当時、昇給の抑制や賃金の引下げの実施から4年前後経過し、関係職員全員についてこれらを踏まえた法律関係が積み重ねられていたこと等からすると、その時点において本件各交渉事項につきXとZとが改めて団体交渉をしてもZにとって有意な合意を成立させることは事実上不可能であったと認められるから、仮にXに本件命令が指摘するような不当労働行為があったとしても、処分行政庁が本件各交渉事項についての更なる団体交渉をすることを命じたことはその裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ないと判断し、本件認容部分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。なお、1審は、「本件各交渉事項に係る規定の改正はいずれも既に施行されており、これについて改めて合意を達成するなどということはあり得ないから、本件各交渉事項について団体交渉に応ずるよう原告に命ずることは、原告に不可能を強いるものというほかない」ことを理由に原審と同様の結論を採ったが、既に実施された措置についても改めて交渉を行って合意に達する余地があることは明らかである。原審は、このような観点から、1審の理由付けを修正し、本件の具体的な事情の下における合意成立の可能性を問題としたものと思われる。
これに対し、Yが上告受理申立てをしたところ、最高裁第二小法廷は、本件を上告審として受理した上で、判決要旨のとおり判断し、一定の内容の合意を成立させることが事実上不可能と認められることのみを理由に本件認容部分が処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとした原審の判断には違法があるとして、原判決を破棄し、不当労働行為該当性等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
3 説明
(1)問題の所在
団体交渉とは、労働組合又は労働者の集団が、代表者を通じて、使用者又は使用者団体と、構成員たる労働者の労働条件その他の待遇等について行う交渉である。使用者は、団体交渉において譲歩や合意をすることは強制されないが、いわゆる義務的団交事項については、誠実に団体交渉に応ずべき義務(以下「誠実交渉義務」という。)を負い、この義務に違反することは労働組合法7条2号の不当労働行為に該当するものと解されている。そして、誠実交渉義務違反の不当労働行為があった場合には、使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令(以下「誠実交渉命令」という。)が発せられることが少なくない。
原審は、労働組合にとって有意な合意(これが具体的にどのような合意を意味するかは必ずしも明らかでない。)を成立させる見込みがない場合には、誠実交渉義務違反があったとしても誠実交渉命令を発することはできないと判断し、論旨はこの判断に法令の解釈適用を誤った違法があるという。そこで、義務的団交事項に関して一定の内容の合意の成立する見込みがないときには、誠実交渉義務違反があったとしても誠実交渉命令を発することができないと解すべきか否かが問題となる。
(2)裁判例、学説等の状況
判例は、使用者の行為が不当労働行為に該当するか否かの判断について労働委員会に裁量は認められないとする一方(最二小判昭53・11・24集民125号709頁・寿建築研究所事件)、不当労働行為が認められる場合における救済命令の内容の決定については労働委員会が広い裁量権を有し、救済命令の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の上記裁量権を尊重し、その行使が、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではないとする(最大判昭52・2・23民集31巻1号93頁・第二鳩タクシー事件)。
ところで、使用者に誠実交渉義務違反がある場合に、一定の内容の合意が成立する見込みがないことが誠実交渉命令の適法性にどのように影響するかについて説示した裁判例は原判決のほかに見当たらず、この点について直接論じた学説も見られない(ただし、原判決の評釈として、水町勇一郎・ジュリスト1561号(2021)4頁等がある。)。なお、義務的団交事項に係る措置が実施されてしまった後に当該措置に係る誠実交渉命令が発せられた例は、一定数見られる。他方、義務的団交事項に係る就業規則の改定手続が完了している事案につき、誠実交渉命令を求める申立てを労働委員会が棄却したことを適法とした裁判例(東京地判平24・10・11労働委員会関係命令・裁判例データベース・黒川乳業(15年就業規則改定等)事件)もあるが、これは、労働委員会の判断に裁量権の範囲を逸脱した違法があるとは認められないとしたものであり、上記のような場合に労働委員会において誠実交渉命令を発することがおよそ許されないとしたものではない。
(3)本判決の考え方
ア 本判決は、前記最大判昭和52年を参照した上で、使用者が誠実交渉義務を負い、これに違反することが労働組合法7条2号の不当労働行為に当たることを確認し(この点につき学説上異論は見られない。前記最二小判昭和53年も、「誠意をもって団体交渉に応ずべき義務」に言及しており、同様の見解を前提とするものと考えられる。)、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に誠実交渉命令を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではないとする。
その上で、本判決は、団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合であっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずるに至れば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、労働組合の交渉力の回復や労使間のコミュニケーションの正常化が図られるから、誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできないとする。これは、団体交渉が、合意形成のみならず労使間のコミュニケーションの手段等としての意義、機能を有するものであるとの理解(通説的な理解といえる。)を前提に、合意の成立する見込みがない場合であっても、誠実交渉義務違反があれば上記のような団体交渉の意義、機能が害され、その後、使用者が誠実な団体交渉に応ずるに至ればこれが回復されるといえることから、誠実交渉命令は、誠実交渉義務違反によって生じた被害を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることに資するとしたものであると考えられる。
次に、本判決は、合意の成立する見込みがない場合であっても、誠実交渉命令が事実上又は法律上実現可能性のない事項を命ずるものとはいえないとする。行政処分である救済命令は不能なものであってはならず、救済命令の内容が事実上又は法令上実現可能性のないものである場合には違法となると解される(東京大学労働法研究会編『注釈労働組合法・下巻』(有斐閣、1982)1008頁)。労働委員会規則33条1項6号が、救済申立てを却下することができる場合の一つとして「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかなとき」を掲げているのも、この趣旨に基づくものと考えられる。しかしながら、ここで想定されているのは、既に存在しなくなった職場に復帰させることや、第二組合を解散させることといった、救済命令の内容(命ぜられる行為)自体が事実上又は法令上実現不可能な場合であるところ、仮に合意の成立する見込みがないとしても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らかである。本判決は、このような観点から、上記のとおり判断したものと考えられる。
さらに、本判決は、上記のような侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできないとする。労働委員会が救済命令を発するためには、救済の必要性(救済利益)が存在することが必要であり(最三小判昭和58・12・20集民140号685頁・新宿郵便局事件)、誠実交渉義務違反があっても、その後、例えば使用者が誠実な団体交渉に応じたような場合には、侵害状態が解消され、救済の必要性が失われたものとして、救済命令を発することができなくなるとも考えられる。しかしながら、合意の成立する見込みが事後的に失われたというだけでは、誠実交渉義務違反による侵害状態が解消されたとはいえず、救済の必要性が失われたということはできない。本判決は、このように考えて、上記のとおり判断したものであろう。
本判決は、以上から、判決要旨のとおり、使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は誠実交渉命令を発することができると判断したものである。事実認定の問題として、誠実な交渉が行われるより前の段階で何らの合意も成立する可能性がないといえる場合は多くないと思われる(逆に、誠実な交渉が尽くされても合意に至らない場合には、いわゆる交渉の行き詰まりとして、そもそも誠実交渉義務違反がないことになる。)が、本判決は、前記のとおり、原審のいう「有意な合意」の内容が明らかでないことから、いかなる内容の合意も成立する見込みがない場合について判断したものと思われる。
イ そうであるところ、原審は、本件各交渉事項(これが義務的団交事項に当たることは明らかである。)について、XとZとが改めて団体交渉をしても一定の内容の合意を成立させることは事実上不可能であったと認められることのみを理由として、誠実交渉命令である本件認容部分が処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱したものとして違法であると判断したのであるから、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。本判決は、このように判示して、原判決を破棄し、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの対応が誠実交渉義務に違反するものとして不当労働行為に該当するか否か等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。本判決は、救済命令の内容の適否についても結論までは示していないが、不当労働行為の存否、内容と無関係に裁量権の逸脱・濫用があるといえるような事情はうかがわれず、いずれにしても不当労働行為該当性の審理が必要となると考えられることから、上記のとおり判示したものと思われる。差戻審は、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの具体的な対応を認定し、これが誠実交渉義務に違反するものといえるか否かを判断することになろう。
4 本判決の意義
本判決は、使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても労働委員会は誠実交渉命令を発し得ることを最高裁として初めて明らかにしたものである。原審のような考え方によれば、救済命令の内容についての労働委員会の裁量権が制約され、使用者が合意成立可能性のないことを理由に誠実な団体交渉を拒む事態を招く可能性もあったところ、本判決はこれを否定したものであり、理論上も実務上も重要な意義を有すると考えられる。
なお、本判決の評釈等として知り得たものとして、竹内(奥野)寿・ジュリスト1571号(2022)4頁、中内哲・新・判例解説Watch(Web版)労働法No.117がある。