◇SH1886◇著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律30号) 角野 秀(2018/06/05)

未分類

著作権法の一部を改正する法律(平成30年法律30号)

岩田合同法律事務所

弁護士 角 野   秀

 

1. 本改正の概要

 本年5月25日、「著作権法の一部を改正する法律」(平成30年法律30号)(以下「本改正法」という。)が公布された。本改正法の施行は、一部の規定[1]を除いて平成31年1月1日からとされている。

 本改正の趣旨は、デジタル・ネットワーク技術の進展により、新たに生まれる様々な著作物の利用ニーズに的確に対応するため、著作権者の許諾を受ける必要がある行為の範囲を見直し、情報関連産業、教育、障害者、美術館等におけるアーカイブの利活用に係る著作物の利用をより円滑に行えるようにする点にあるとされている。

 本改正法のポイントは、文部科学省の資料[2]にあるとおり、以下の4点である。

  1. ① デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備
  2. ② 教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備
  3. ③ 障害者の情報アクセス機会の充実に係る権利制限規定の整備
  4. ④ アーカイブの利活用促進に関する権利制限規定の整備等

 本稿では、本改正法で特に注目されていた上記①のデジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備に関する改正の概要を紹介する。

 

2. 柔軟な権利制限規定の整備について

(1) 改正の背景

 昨今IoT、ビッグデータ、人工知能等の技術革新を背景に、これらの技術を活用し、著作物を含む大量の情報の集積・解析等により付加価値を生み出すイノベーションの創出が期待されている。ところが、現在の著作権法では、米国著作権法のフェアユース規定のように、様々な事情を総合考慮して著作権侵害に該当するかを判断する一般的・包括的な権利制限規定がなく、利用目的や場面ごとに要件の定められた個別具体的な権利制限規定(著作権者の許諾なく著作物を利用し得る場合を定めた規定)が第30条以下の規定で定められている。そのため、以前から、個別列挙された権利制限規定に明記されていなければ、それらに類似した実質的には問題ないと思われる行為であっても形式的には著作権侵害に該当することになるため、萎縮効果が生じているとの指摘や、技術革新を背景とした新たな著作物の利用ニーズ[3]への対応が困難であるとの指摘がされていた。

(2) 改正点の概要

 本改正では、上記の指摘を踏まえ、将来新たな著作物の利用方法が生まれた場合にも柔軟に対応できるよう、現行の個別的権利制限規定を統廃合するとともに、ある程度包括的に権利制限の対象となるよう、柔軟な権利制限規定が新設された。

 具体的な改正の概要は下記表のとおりである。

【新たな権利制限規定】 【条文の要旨】

新30条の4

  1. (著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
  2.    著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
  3.    ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない

    1. ① 著作物利用に係る技術開発・実用化の試験
    2. ② 情報解析
    3. ③ ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用

新47条の4

  1. (電子計算機における著作物の利用に付随する利用等)
  2. 1. 著作物は、次に掲げる場合その他これらと同様に当該著作物の電子計算機における利用を円滑又は効率的に行うために当該利用に付随する利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
  3.    ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない

    1. ① 電子計算機におけるキャッシュのための複製
    2. ② サーバー管理者による送信障害防止等のための複製
    3. ③ ネットワークでの情報提供準備に必要な情報処理のための複製等
       
  4. 2. 著作物は、次に掲げる場合その他これらと同様に当該著作物の電子計算機における利用を行うことができる状態の維持・回復を目的とする場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
  5.    ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない

    1. ① 複製機器の保守・修理のための一時的複製
    2. ② 複製機器の交換のための一時的複製
    3. ③ サーバーの滅失等に備えたバックアップのための複製

新47条の5

 

  1. (新たな知見・情報を創出する電子計算機による情報処理の結果の提供に付随する軽微利用等)
  2.    著作物は、電子計算機を用いた情報処理により新たな知見又は情報を創出する次に掲げる行為を行う者(政令で定める基準に従う者に限る。)は、必要と認められる限度において、当該情報処理の結果の提供に付随して、いずれの方法によるかを問わず、軽微な利用(利用される著作物の割合、量、表示の精度等を総合考慮の上で判断)を行うことができる。
  3.    ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない

    1. ① 所在検索サービス
    2. ② 情報解析サービス
    3. ③ ①②のほか、電子計算機による情報処理により新たな知見・情報を創出する行為であって国民生活の利便性向上に寄与するものとして政令で定めるもの

(3) 実務への影響

 今回の改正の一つである「柔軟な権利制限規定」の整備により、例えば、新30条の4により、AI・人工知能によるディープラーニングのための著作物の複製等がより広く可能になることが期待されている。また、新47条の5により、書籍検索等の所在検索サービスや、論文盗用の検証等の情報解析サービスについても、著作物の複製等がより柔軟に可能となることが見込まれている。もっとも、本改正に伴い、例えば、新47条の5に規定される「軽微」の判断基準についての解釈や、「柔軟な権利制限規定」における権利制限の外延をどのように画するか等については、今後の検討課題となるであろう。

以上



[1] 教育の情報化に対応した権利制限規定等の整備に係る規定(第35条等)については公布日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日が施行日とされている。

[2] 著作権法の一部を改正する法律の概要https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2018/06/1401718_001.pdf

[3] 文化庁長官官房著作権課の平成30年3月19日付「著作権法の一部を改正する法律案 概要説明資料」では、新たな著作物の利用ニーズの具体例として、所在検索サービス、情報解析サービス、AIによる深層学習、リバース・エンジニアリング等が挙げられている。

 

タイトルとURLをコピーしました