タイ:破産法の改正と事業更生申立要件の緩和
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 奥 村 友 宏
近年、タイの中央破産裁判所に申し立てられる事業更生件数については、横ばいであるものの、事業更生事件の負債総額については、増加傾向にある。加えて、事業更生に関して規定している破産法(日本と異なり、事業更生についても破産法が規律している。)が改正され、改正法が2018年3月に施行されている。タイで事業を行う日本企業にとっても取引先の企業が事業更生手続を開始すること等は想定される事態であり、タイにおける事業更生の現状について把握しておくことは有意義なものといえる。そのため、先日改正された重要なポイントである事業更生申立要件について、本稿にてその内容を紹介したい。
1. 事業更生の現状
中央破産裁判所が公表している年間における事業更生申立件数は、2011年以降2017年に至るまで20件後半から30件代で推移しており、その申立件数自体に大きな変動は見受けられない。しかしながら、特筆すべきは、事業更生事件における負債総額の増額である。事業更生事件における年間の負債総額は2011年から2013年までは600億バーツ強であったが、その後2014年から増加傾向にあり、2016年においては1,200億バーツを超える負債総額となっている。そして、2017年には1,600億バーツを超えており、事業更生事件における負債総額は年々増加し、大型の事業更生事件が増加していることが伺える。
2. 2018年改正後の事業更生の申立要件及び2018年の改正点
2018年3月の改正後の破産法が規定する事業更生の申立要件は、以下のとおりである。
- ・ 債務者の支払不能又は債務不履行
- ・ 合計1千万バーツ以上となる債権者の名称及び住所
- ・ 事業更生の合理的な根拠及びその見込み
- ・ 事業更生計画の作成者の名称及び適格性
- ・ 事業更生計画の作成者の同意書
2018年の改正における事業更生に関する破産法の重要な改正点としては、申立要件の緩和が挙げられる。具体的には、改正以前においては、事業更生の申立には債務者の支払不能が要求されていたが、2018年の改正により事業更生の申立の要件が支払不能「又は債務不履行」とされ、債務不履行が追加された。この改正の趣旨は、事業更生の申立要件を緩和し、債務者に迅速な事業再生の機会を与え、効果的な債権回収を実施することにより、債権者に対する適切な保護を与えることで、タイにおけるビジネスの発達を促進し、国際レベルにおけるタイ市場の競争性を強化することにあるとされている。なお、負債総額が合計1千万バーツを超えていれば、ごく少額の債務について軽微な債務不履行が発生しただけであっても事業更生の要件を充たす可能性があるが、破産法上、事業更生申立が善意で行われたものでない場合は裁判所が申立を却下することが認められているから、濫用的な申立には一定の歯止めがかけられている。
3. 2018年改正点による影響と今後
上述のように、近年、事業更生事件における負債総額の増加傾向が見られる。一般的には、負債総額が膨れあがれば膨れあがるほど事業更生は困難さが増すと考えられることから、支払不能よりも一般的に負債総額が少ないと考えられる債務不履行の段階において事業更生の申立を認めることで、タイにおける事業更生の円滑な実施及び完了が可能となることが期待される。2018年の改正は、大型の事業更生事件が増加しているタイにおける事業更生事件の現状の問題点を解消することに一役買うことが期待されているといえよう。今後、2018年の改正を受けて、事業更生の実務に関してどのような変化が生じていくのか、その動向に注目したい。