◇SH1071◇タイ:取締役の刑事責任 箕輪俊介(2017/03/22)

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タイ:取締役の刑事責任

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 箕 輪 俊 介

 

 一般に、“ないことの証明”は容易ではない。それにもかかわらず、タイでは、従前、法令違反に基づき法人が刑事責任を問われる場合、当該法人の違反行為に法人の代表者が関与していないことを証明しない限り、当該代表者も刑事責任を問われるとする推定規定が、多くの法令において設けられていた。

 このような推定規定は、法人代表者に酷な規定であり、批判の対象となっていた。また、これらの推定規定は、憲法の定める「疑わしきは罰せず」の原則に反するものとして、2012年3月にDirect Sales and Direct Marketing Act第54条を違憲と判断した憲法裁判所の判決を皮切りに、2013年に複数の事件にて相次いで憲法裁判所にて違憲である旨、判示されてきた。代表的なものが、2013年5月の憲法裁判所の判決である。

 この裁判は、違法なソフトウェアを利用していたことにより著作権法違反の罪に問われた法人の取締役らに対して、上記と同様の推定規定を定める著作権法第74条に基づき刑事罰が科せられたことにつき、当該取締役らが同条の合憲性について憲法裁判所にて争った事案である。本件において、憲法裁判所は、同推定規定は憲法(2007年度版)第39条の定める「疑わしきは罰せず」の原則に反するものとして違憲であると判示した。2013年は他にもTelecommunications Business ActやEntertainment Facility Actにて定められた同様の推定規定が同様の理由で違憲と判断された。

 これらの度重なる憲法裁判所の判断を受けて、「法人代表者の刑事責任を変更する法令」(The Act Amending the Law on the Criminal Liability of Representatives of Juristic Persons, B.E. 2560)が先般公布され、2017年2月11日に施行された。この法令により、上記の推定規定を定めていた現行の76の法令において、上記憲法裁判所の判断を反映する形で法人代表者の刑事責任を定めていた規定が変更されることとなった。すなわち、上記の推定規定は削除され、代わりに、代表者の指示に従って違反行為が行われたこと、又は、法人代表者が違反のあった行為を指示・監督する義務を負担していたにも拘わらず、これを怠った結果、違反行為が行われたこと、のいずれかについて訴追側によって立証された場合に限り、代表者が刑事罰を科される構成へと変更された。

 本法律の施行後も、取締役が刑事責任を含む重責を負うポジションであることには変わりはない。しかしながら、取締役自身が全く関与・関知していない会社の行為について刑事罰を受けるリスクは緩和されたと言っていいであろう。

 

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