Brexit
―交錯かつ分化する政治・社会・法律を踏まえての企業活動―
第3回
伊藤見富法律事務所
弁護士 大間知 麗 子
ブランズウィック・グループ
土 屋 大 輔
2. Brexitの社会的背景
(3) 1997年と2015年の間で何が起きたか?
では、1997年と2015年の2回の総選挙の間に何が起きたのであろうか。2009年のギリシャの粉飾決算の暴露に端を発した2010年の通称ユーロ危機などが、EUに対する疑念につながったことは間違いないであろう。また、イギリス内政面では、2008年のリーマンショックによる景気の悪化、その後の2010年以降の保守党・自由民主党政権下での緊縮財政による公共サービスの引き締めなども一因と言われる。
しかし、最も大きな変化は2000年代の欧州拡大ではないだろうか。1997年時点では15ヵ国だったEUが、2015年の時点では28ヵ国に拡大した。これに伴い、英国への移民も1997年当時は年間4万8千人の純増であったのが、2014年には年間29万8千人の純増にまで膨らんだ(Migration Watch UKデータ)。自由民主党を含めた英各政党が2010年の選挙の際に、EU外の移民の制限をマニフェストで主要課題としてうたったことは、この移民急増に対する英国民の警戒感を踏まえてのことであろう。そして、2010年に発足した保守党・自由民主党の連立政権がEU外の移民を制限する施策を如何に打ち出そうとも(当時の移民問題を所掌する英内相はメイ現首相)移民増が止まらなかったことも、EU内からの移民も制限せよ、というEU離脱につながる声が高まりはじめたことの一つの大きな要因であるだろう。
(4) 現状への不満と理屈抜きの「外」に対する警戒感
EU離脱の国民投票結果をイギリスの地域別に見ると、理屈では説明がつかない点が多い。
例えば、前述の移民問題で言えば、移民の流入が最も多いロンドンでは残留派が多数を占めた。一方で、日本のメーカーが欧州向け輸出の拠点として工場を有し、多くの雇用を生み出している北東イングランド地方などは、EUの単一市場の経済的な恩恵を強く受けているにも関わらず、離脱派が過半数を占めた。「移民によって職を奪われる」といった理屈で移民に対する警戒感が高まっているわけではない。格差が広がる現状への不満が、移民に代表される「外」に向けられている、つまり理屈抜きの「外」に対する警戒感が高まっていると考えるほうが自然なのかもしれない。
(5) 英国社会とのコミュニケーションの重要性
Brexit交渉がどのような方向に進もうとも、日本企業が今後意識しなければならないのは、このような理屈抜きの「外」に対する警戒感であろう。日本企業がこれまでイギリスの地元の雇用や経済に如何に貢献してきたか、ということはもちろん、今後も如何に地元とともに様々な社会問題に取り組んでいくのか、ということをきちんと発信し、「見える化」していかなければ、「外」扱いされかねない。
ブランズウィック・グループが2016年に24ヵ国の国民を対象に行った調査によれば、「企業は社会の主要課題に有益な解決を提供できる」と考える国民は、日本が80%と24ヵ国中、最も高かった。一方で、イギリスは54%と16番目にとどまった。これは、日本企業が利益率が低いとの批判を海外の投資家などから浴びつつも、「三方よし」の考え方にも基づいて進めてきた経営が、国内では高い信頼を勝ち得てきたことの証左と考えられる。
しかし、国内で得ているこのような信頼を、イギリスにおいても所与のものとして考えてしまうと大きな間違いを犯しかねない。企業としての取り組みを積極的に、意識的に発信していくことが、企業に対する信頼が相対的に低いイギリスのような社会において信頼を勝ち取るためには求められる。
さらに、Brexitをきっかけに大陸に拠点を移動している海外企業に対する注目も高まっていて、メディアがBrexitと直接関係がない企業の動向も、Brexitと絡めて大きく報じることが続いている。
英国の従業員、自治体などの不安も高まっている中、それらの従業員、自治体、メディアに対してどのように発信していくかということは、今後、日本企業が考えていかなければならない大きな課題である。そして、日本国内で事業を行うときよりも一段と明確な意識をもって、地元社会にきちんと発信してコミュニケーションをとっていくということの重要性は、英国に限らず、日本企業が海外で事業を行う際に共通しているものと考えられる。