◇SH2544◇弁護士の就職と転職Q&A Q78「不祥事の調査経験は人材市場での評価を得られるか?」 西田 章(2019/05/20)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q78「不祥事の調査経験は人材市場での評価を得られるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法律事務所では、「不祥事調査バブル」が続いています。対象企業から値切られることもなく、予算に上限なくチャージできる類型の案件は、請求を行うパートナーにとって、アソシエイトを動員するほどに売上げを積み重ねられる旨味があります。ただ、アソシエイトの中には、「指示されるままにチームに入れられていて適切なキャリア形成ができるだろうか?」という問題意識を抱く者も現れています。

 

1 問題の所在

 10年前までの不祥事調査は、第三者委員会の委員を務めるコンプライアンスの専門家たるブティック事務所のパートナーが中心的役割を担っていました。その後、弁護士が関与する不祥事の調査対象は広がり、会計不正のような資本市場への信頼を損なう案件だけでなく、データ偽装のように日本の製造業への信頼を揺るがしかねない深刻な問題を第三者委員会として扱うようになり、第三者委員を支える事務方には、大規模な法律事務所のアソシエイトも参加するようになりました。また、職場内のパワハラやセクハラ疑惑に関する懲戒処分の要否を決定するためにも、社内調査に客観性と専門性を補完するために労働弁護士が参加するようになりました。

 チームに入れられるアソシエイトの側からは、以前、国際カルテルに関する海外当局への対応が主たる業務であった頃には、「大量のメールをレビューするだけのやりがいのない単純作業に忙殺される」との愚痴ばかりが聞かれました。しかし、最近の国内における不祥事調査では、「関係者へのヒアリングは弁護士らしい仕事である」「世間を騒がせている大型事件に関与することにはやりがいも感じる」と、仕事を楽しんでいる声も聞かれます。特に、自分の稼働時間に対する歩合給ベースで働いているアソシエイトからは、「忙しくてもそれ(稼働時間)が給与に反映されるので金銭的にも報われる」という事情が語られます。

 他方、弁護士としての基礎的技術を習得すべき期間を、コーポレートやファイナンス業務ではなく、不祥事調査に費やすことに不安を感じる者もいます。顧問業務やディール案件であれば、引退するシニアパートナーからリピート案件を承継することも可能です。しかし、不祥事調査では、そのようなクライアント承継を期待することはできません。「パートナーの案件を下請けすることはできても、自分で案件を引っ張って来ることはできるようにならない」という不安と共に、「いつまでも『不祥事調査バブル』が続くわけではない」「転職市場では自分の経験を評価してもらうことはできるだろうか?」という問題意識が抱かれ始めています。

 

2 対応指針

 転職市場で自己を売り出す類型には、①不祥事調査を行なっている別事務所に移籍する方法、②法律事務所で他分野に転向する方法、③インハウスに応募する方法の3つが考えられますが、いずれにも不安材料は存在します。

 まず、不祥事調査の経験を生かすならば、別事務所で危機管理業務を行なっているパートナーに雇って貰うことを思い付きますが、実際には「パートナー毎に仕事のスタイルも異なるために、スタイルの違う経験を評価してもらえない」というリスクが存在します(これはコーポレートやファイナンスと大きく異なる点です)。

 また、コーポレートやファイナンスに転向しようとすると、「不必要な稼働時間を付けすぎる」「法律論のリサーチや分析が甘い」と指摘されたり、訴訟業務への転向については「新人を教えるほうが早い」と言われてしまった実例もあります。

 インハウスのポストに応募したら、「危機管理はインハウスの仕事ではない」「通常業務や前向き案件ができる候補者を優先したい」と指摘されるリスクもあります。

 これらリスクを考慮すれば、ジュニア・アソシエイトとしての修行期間の大半を不祥事調査に費やすのではなく、半分は、通常業務(コーポレート、ファイナンスや訴訟)を兼務しておくほうが無難である、という考え方には説得力があります。

 

3 解説

(1) 不祥事調査の人材市場

 不祥事調査案件は、「仕事を受けて、案件処理に責任を持つパートナー」の下に、「番頭役(ジュニア・パートナー又はシニア・アソシエイト)」が居て、その下に、ヒアリングを担当するアソシエイトが大勢参加します。この構造は、大型倒産事件における管財人団の構成(管財人、管財人代理、管財人補佐)にも近いものがあります。ただ、倒産事件であれば、(大型事件の管財人補佐と並行して)自らも小型事件では、管財人として責任をもって案件を仕切る経験を積む機会がありますが、不祥事調査では、「小規模だからといって、案件のハンドルをアソシエイトに任せられるわけではない」ために、「ヒアリング担当」から番頭役への昇格も難しいところがあります(番頭役になれば、「事務所の他分野のパートナーと案件を共同受任する」こともありえますが、ヒアリング担当のままでは他分野のパートナーからの信頼も得られません)。

 転職市場において「他事務所の危機管理パートナーからの下請け要員に採用してもらう」という進路は、実はあまり見かけません。危機管理は、コーポレートやファイナンスほどは案件処理の業界ルールが確立されているわけではなく、「責任を持つパートナー個人のスタイル」に依存する部分が多く見られます(例えば、アソシエイトからは「検察出身のパートナーに『そこをイエスと言わせるのがお前の仕事だろ!』と怒鳴りつけられた」という相談を受けることもあります)。そのため、パートナーは、ジュニア時代から使い慣れたアソシエイトを使いたがる傾向が強く、それ以外では、他事務所のスタイルに馴染んでしまったアソシエイトよりも、裁判官や検察官出身者、金融庁や東証出向経験者、監査法人出身者等の特殊な経験を積んだ者のほうが、チームの専門性を高めるための採用を検討しやすいとも言えます。

(2) 他分野への転向

 コーポレートやファイナンスを担当している部署からは、「不祥事調査以外の経験がないアソシエイト」に対する低評価が聞かされることがあります。低評価の理由として挙げられる典型例は、①不必要な稼働時間が長過ぎる、②法律論のリサーチや分析が甘い、③先輩弁護士から指導されることに抵抗を示す、等です。

 不祥事調査は、基本的には「稼働時間は実働ベースで測定してそのまま請求できる」類型の事件ですが、コーポレートやファイナンスでは「この程度の仕事ならば、この位の時間で済むはずだ」という相場観がクライアント側にも存在しています。非効率な作業を続けることが許容されていません。

 また、コーポレートやファイナンスでのリサーチ結果やメモランダムの起案は、パートナーからレビューされて、「ここはどうしてこう言えるのか?」「もっとこういう文献資料を調べるべきではないか?」といったフィードバックをもらって、やり直すことで精度を高めていくことができます。これに対して、ヒアリングメモの作成は、ヒアリングをやり直すことは簡単にはできませんので、基本的には形式的な「てにをは」の修正に留まりがちです。そのため、アソシエイトにとってみれば、「ファースト・ドラフトをする者の裁量が大きい=叱られることが少ない」という意味ではストレスの少ない類型の案件ですが、人材市場においては、「自分の仕事の成果へのフィードバックをもらう機会がなく、リサーチ力や起案力が磨かれていない人材」と言い換えられてしまいます。

 一旦、「自分流の仕事スタイル」が確立されてしまうと、それを矯正することに苦労が伴います。可塑性が低い中堅以上のアソシエイトを第二新卒的にポテンシャル採用するよりも、「だったら、新人を一から育てるほうがやりがいがある」と考えるパートナーのほうが多数派です。

(3) インハウスへの転向

 不祥事調査の案件経験を重ねると、主観的には「企業のコンプライアンスに詳しくなった」という自己評価を形成したくなります。しかし、不祥事調査の経験を積み重ねても、社内弁護士の候補者としての評価が上がるわけではありません。仮に、社内で不祥事が発生したとしても、その調査は、外部専門家に委ねることで客観性を担保することができるために、「内製化してコストを節約しよう」という判断にはなりにくいからです。実際にも、社内法務部は「その不祥事の発生を防止できなかった」という責任を負う立場にもあるために、外部弁護士のように「後付け」で綺麗事を述べられるわけでもありません。

 社内弁護士と外部弁護士の棲み分け、という点で言えば、社内弁護士には、本業(契約法務等)や前向きなプロジェクト(経営陣にとっての成功することが自身の手柄になること)のサポートに社内的な人事評価を高めるチャンスが存在しています。

 もちろん、不祥事調査の経験は、予防法務にも役立ちます。それは、不祥事調査の経験をそのまま生かすのではく、その問題意識を踏まえた上で予防法務に取り組んでもらうことを期待されています。法律事務所からの移籍は、即戦力採用の対象ですので、「ジェネラル・コーポレート案件をひとりで回したことがない」という状況では、人材紹介業者から見て、社内弁護士ポストに推薦できる対象からは外れてしまいます。

以上

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