◇SH2637◇経産省、海外M&AにおいてCFO・法務担当役員・社外取締役に期待される役割をまとめた「9つの行動」別冊編を公表 冨田雄介(2019/06/28)

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経産省、海外M&AにおいてCFO・法務担当役員・社外取締役に
期待される役割をまとめた「9つの行動」別冊編を公表

岩田合同法律事務所

弁護士 冨 田 雄 介

 

 いわゆるIN-OUTの海外M&A(日本企業が存続企業、海外企業が相手方企業となるM&A)は、グローバル競争下でスピード感を持った成長を実現するための有効なツールとして近年その利用例が増えている。2018年度、海外M&A は合計777件、19兆365億円という過去最高規模で実施されており[1]、武田薬品工業のシャイアー買収や大陽日酸の米プラクスエアの欧州事業の一部買収等、大型案件も目立つ。

 しかしながら、海外M&Aについては、情報の非対称性、対象企業の価値評価の困難性、制度・言語・文化面の差異等により、国内M&Aや自社の現地法人設立による海外進出と比較しても、難度が高い側面がある。

 そこで、経産省は、2018年3月、海外M&Aを有効に活用していく上で留意すべきポイントと参考事例をまとめた「我が国企業による海外M&A研究会報告書」(以下「本報告書」という。)及び「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」(以下「9つの行動」という。)を公表した。

 本報告書では、経営トップが海外M&Aのプロセス全体に主体的にコミットしてリーダーシップを発揮した上で、M&A前については「戦略ストーリーの構想力」を有すること、M&A後においては「グローバル経営力の強化」を有することの重要性等が謳われている。

 また、「9つの行動」では特に経営トップが海外M&Aにおいて留意すべきポイントがとりまとめられている。

 

【9つの行動】
  1. •  行動1:「目指すべき姿」と実現ストーリーの明確化
  2. •  行動2:「成長戦略・ストーリー」の共有・浸透
  3. •  行動3: 入念な準備に「時間をかける」
  4. •  行動4: 買収ありきでない成長のための判断軸
  5. •  行動5: 統合に向け買収成立から直ちに行動に着手
  6. •  行動6: 買収先の「見える化」の徹底(「任せて任さず」)
  7. •  行動7: 自社の強み・哲学を伝える努力
  8. •  行動8: 海外M&Aによる自己変革とグローバル経営力
  9. •  行動9: 過去の経験の蓄積により「海外M&A巧者」へ

 

 今般、経産省が公表した「9つの行動」別冊編(以下「本別冊」という。)は、経営トップのうちCFO・法務担当役員・社外取締役(以下「CFO等」という。)が海外M&Aにおいてブレーキ役としてしか機能していないという批判があることを受け、CFO等がオーナーシップマインドを持って海外M&Aに取り組むために必要な行動について、「9つの行動」の内容をより具体化・明確化したものである。

 本報告書及び「9つの行動」は、M&A実行に向けた事前準備とM&A後の次のM&A・グローバル成長に向けた体制整備の重要性を強調しているところ、本別冊も同様に、主にM&Aの前後の対応をCFO等に求める内容となっている。

 具体的には、CFOについては、M&A前においては投資家等のステークホルダーへの説明責任を意識することや裏付けをもったバリュエーションを実施すること等が求められ、M&A後においては買収時に企図した計画を実現するためのインフラ・体制整備を行うこと等が求められている。

 また、法務担当役員については、M&A前においてはリスク検討のために初期段階から案件に参画することやリスクを踏まえたインパクトのアセス・対処法の検討を協働して行うこと等が求められ、M&A後においてはグローバル規模でのリスクマネジメント体制を整備すること等が求められている。

 さらに、社外取締役については、個別案件の実行そのものは専ら執行に属するものであることを前提に、M&Aの前後を中心に、「9つの行動」を踏まえた経営陣への監督機能を果たすことが求められている。

 CFO等は、海外M&Aを検討・実行する場面でも、経営トップとして、自身の担当職務に拘泥することなく、経営全体を俯瞰した経営判断を行うことが求められる。本別冊はそのような経営判断を適切に行うために必要な役割をチェックリスト的に明確化したものであり、今後の海外M&AにおいてCFO等が主体的な役割を果たすに当たっての一助になると思われる。

 なお、本別冊はあくまでも海外M&A を検討・実行するに当たりCFO等に実務上期待される役割が記載されているにすぎず、取締役の善管注意義務との関係での判断基準を示したものではないことに留意する必要がある。取締役の善管注意義務違反の有無が判断される際には、経営判断の原則が適用され、M&Aにおける取締役の判断等についても幅広い裁量が認められると考えられるから、CFO等が本別冊の内容を遵守しなかったとしても、直ちに法的に責任を問われるものではないと思われる。

 本別冊によってCFO等が果たすべき役割が明確化されたことにより、今後さらに海外M&Aの利用が活性化することが期待される。

 

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