◇SH2935◇弁護士の就職と転職Q&A Q100「裁判官の転職活動は何が難しいのか?」 西田 章(2019/12/16)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q100「裁判官の転職活動は何が難しいのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 裁判官のキャリア選択は、「司法試験終了後の就活において、まず、修習前に法律事務所から内定を得る」「その後、司法修習中に、裁判所に誘われて任官を決意して、内定先の法律事務所に入所を断りに行く」という経緯を辿っていることが通例です。実務修習の配属先の裁判所において、優秀で人間的にも魅力的な裁判官と接することで、「代理人ではなく、最終判断をする側になってみたい」という興味を膨らませた修習生にとって、「裁判官になるチャンスは(原則として)今だけ」という言葉が、「内定先事務所に不義理をする」という辛い意思決定の背中を押してくれます。

 ただ、数年経つと、その中には、「民事を希望したが、刑事畑を進まされる」とか「家庭の事情でこれ以上の地方転勤には耐えられない」といった事情を抱える裁判官が現れて来て、今度は「これ以上に年次が上がってしまったら、アソシエイトとして雇ってもらうことができなくなるのではないか?今がもうギリギリのタイミングではないか?」といった不安を抱えるようになります。

 

1 問題の所在

 裁判官出身弁護士(登録希望者)の転職市場には、「出玉が少ない」という特殊性があります。理論的には、「流通量が少なければ、稀少価値があるのではないか?」とも言えそうですが、現実には、流通量が少な過ぎるが故に、「どの法律事務所も企業も採用活動においてそのような類型の候補者を当てにしていない」という状況にあります。つまり、「裁判官からの転職希望者ならば、こういう人ならば採用したい」という整理をした経験がないことが通常であり(考えたところで、そういう人材を積極的に獲りに行けるわけではないので)、「もしも、そういう応募者が来れば、その段階で初めて考える」という「待ち」の姿勢ばかりです。

 このことは決して、「裁判官出身者は弁護士として使えない」という経験則が成り立っていることを意味しません。裁判官からの転身組で、弁護士として活躍している事例は確実に増えて来ています(かつては「弁護士と検察官は共に『料理を作る側』であり、裁判官は『どちらの料理が美味しいかを食べて判定する側』であるため、いくら美味しい料理を食べても、美味しい料理を作れるようになるわけではない」と揶揄されることもありましたが、そういう偏見を抱く先は減って来ています)。そのため、裁判官出身者を採用した成功体験がある事務所はその有用性を認識しているはずです。しかし、「裁判官出身者はひとりいれば十分。複数も要らない。」と感じる先も多く、先に弁護士登録をした友人・知人を頼っての縁故採用もそれほど進んでいない、という状況にあります。

 

2 対応指針

 法律事務所・企業側は、「裁判官応募者への対応」に慣れているわけではないので(どうやって断ればよいかわからない(書類で落とすのと面接に呼んでから落とすのはどちらが失礼に当たるかわからない)、面接に要する交通費を支払ってよいのかどうかわからない、といった事情を含めて)、公募案件との相性はよくありません。

 何らかの縁故を探る場合には、司法修習生時代に不義理をしてしまった辞退先の事務所についても、これを相談先から排除することなく、むしろ、早期に相談に行く価値があると思われます(その事務所での採用につながらなくとも、そこから芋づる式に紹介を受けられることもあります)。

 採用選考においては、留学、専門部(知財、商事、労働等)、中央省庁出向経験者のほうが有利ですので、経歴上は、特筆した「売り」が見当たらない方については、自身がどのような案件に関与してきたかについて(守秘義務に反しない範囲では)自ら積極的に開示して採用側の理解を得ることが求められます。

 

3 解説

(1) 公募案件への応募

 裁判官と言えども、転職活動においては初心者ですので、転職エージェントに連絡を取ってみたり、ひまわり求人や法律事務所のHP上の求人欄に応募することから転職活動を始めることになります。ただ、転職エージェントの側でも、現役裁判官の転職相談を受けることは稀であり、何か的確なアドバイスを得られることを期待しても、肩透かしを食らうことが多いです。また、法律事務所や企業は、「見ず知らずの裁判官」の応募を受けることに慣れておらず、「どのように対応していいのかわからない」「面接せずに断るのが失礼なのか、面接してから断るのはもっと失礼なのか?」といったことにまで頭を悩ませてしまいます。

 現実にも、地方の裁判所に配属されている裁判官の場合には、平日の営業時間中に、法律事務所や企業を面接に訪れるためのスケジュールを確保することにも困難が伴います(また、法律事務所や企業側には、スケジュール調整以外に「地方から東京まで面接に来てもらったら、交通費を支給してもいいのか? 公務員に金銭を提供しないほうがいいのか?」という悩みを抱えることになります)。

 もちろん、明確な志望先が定まっているならば、公募採用の手順に従って、その思いを書面化した履歴書/職務経歴書を提出して応募するべきだと思います。他方、「良い受入れ先があるならば、裁判官を辞めたい」という条件付きの転職活動であるならば、知り合いベースから「ご縁」を広げていくことが無難かもしれません。

(2) 就職活動時の内定先(不義理をした先)事務所との関係

 心情的には、「就職活動の時に、一度、不義理をした事務所は、改めて弁護士登録をしたいと考えたとしても、もはや候補になりえないだろう」と考えるのはよく理解できます。内定を辞退して任官するときのやりとりについては、「直接に挨拶に行ったら、『修習前に任官志望はないと言っていたじゃないか!』と怒られた」とか、「会いに行っても気不味いので、メールでの連絡で済ませてしまった」というエピソードも耳にします。

 しかし、「うちの事務所の内定を断った」という進路選択を、何年も経ってから責め立てるようなパートナーは見たことがありません。他の事務所に鞍替えされたならば悪感情が残っているかもしれませんが、「弁護士になるならば、うちの事務所に来たいと思ってくれたこと」をむしろありがたく感じてくれていることのほうが多いという印象です。仮にも、一度は本気で行きたい、と考えた法律事務所であれば、タイムラグはありますが、改めて「弁護士としてやっていきたい」と考えた以上は、就職活動時における自分の選択を、もう一度、思い出してみるべきだと思います。

 もっとも、「今回、裁判官を辞めて弁護士になりたいと考えている」と相談して、就活時の内定先法律事務所からも、改めて「ぜひ来てもらいたい」と誘ってもらえたにもかかわらず、検討の結果、「別の事務所に行くことにしました。すいません」とまたしても不義理するのはあまりにも申し訳ない状況に陥ります。相談をする以上は、「誘ってもらえたならば、他を見るまでもなく、お世話になると決断したい」という、ある程度の覚悟は求められそうです。 

(3) 自己PR

 裁判官は、民事畑であっても(刑事畑であればなおさら)、企業法務系の法律事務所にとって「即戦力」の対象ではありません。ひとりで案件を任せるわけにはいきませんし、客対応にも不安があります(実際にやらせてみたら、コミュニケーション能力が高く、クライアントにも好かれる裁判官はたくさんいますが、採用する前の段階ではその保証はありません)。

 ポテンシャルは優れているとしても、ある程度の期間、教育に投資しなければ一人前にならない、という前提において、「どの分野、どういう業務であれば、近い未来に役に立ってくれるのだろうか?」という具体的イメージを沸かせられるならば、オファー獲得に大きく近付くことになります。たとえば、留学帰りであれば、「英語案件は、他のアソシエイトよりも貢献してくれる」という期待を抱かされますし(一流のロースクールへの留学であれば、クライアントに対する見栄えもよくなります)、商事、知的財産や労働等の専門部に居た経験や、法務省民事局とか金融庁/証券取引等監視委員会等の中央省庁への出向した経験があれば、当該関連分野を増強したいと考えている事務所にとっては、大きなプラス評価対象になりえます。

 問題は、履歴書に書かれた簡潔な経歴だけを見ても、採用側からは(配属の地域がわかるだけで)何をやってきたのか、イメージが掴めない場合です。裁判官の中には、「自己の担当案件について、尋ねられてもいないのに自ら開示する必要性を感じていない」という方もいますが、採用側の方から、具体的な質問をすることにも躊躇が伴います(質問を躊躇したままにオファーを出してくれることはなく、「採用見送り」という結果を招きます)。そのため、守秘義務に反するようなことでなければ、自ら、積極的に、どのような案件に関与してきたのか、ひとつでもふたつでも代表的案件のイメージを伝える努力をするべきだと思われます(ペーパーに詳細に書くのは不適切でも、面接での口頭のやりとりではポイントが伝わるように心がけるべきです)。

以上

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