公取委、「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」の公表
岩田合同法律事務所
弁護士 松 田 貴 男
2019年12月17日、公正取引委員会は、デジタル・プラットフォーム事業者が提供するデジタル・プラットフォームにおける個人情報等の取得又は当該取得した個人情報等の利用においてどのような行為が優越的地位の濫用として問題になるかに関する掲題ガイドライン(以下「本ガイドライン」)を公表した。
本ガイドラインは、その案が2019年8月29日に発表されて意見募集の手続(以下「パブコメ」)に付されており[1]、パブコメで提出された意見も踏まえて、今般、原案を一部変更の上で、公表された。
本ガイドラインの概要、及び、本ガイドラインの適用に関する実務上の留意点を記載する。
1. 本ガイドラインの概要
項 目 | 概 要 | 本ガイドライン該当箇所 | |
1. | 適用対象行為 | デジタル・プラットフォーム事業者が提供するデジタル・プラットフォームにおける個人情報等の取得又は当該取得した個人情報等の利用 | 「はじめに」 |
2. | 優越的地位濫用規制適用についての基本的考え方 | デジタル・プラットフォーム事業者が、消費者に対して、自己の取引上の地位が優越していることを利用して、正常な商習慣に照らして不当に不利益を与えることにより削減した費用又は得た利益を、当該取引に係る事業等に投入することにより、競争者との関係において競争上有利になるおそれがある | 1 |
3. | 取引の相手方 | 消費者から提供される個人情報等はデジタル・プラットフォーム事業者の事業活動に利用されており、経済的価値を有する。消費者が、デジタル・プラットフォーム事業者が提供するサービスを利用する際に対価として個人情報等を提供している場合には、消費者は、優越的地位濫用規制における「取引の相手方」に含まれる | 2 |
4. | デジタル・プラットフォーム事業者が消費者に対して取引上の地位が優越していると認められる場合 | デジタル・プラットフォーム事業者の提供するサービスのうち、消費者にとって、①当該サービスと代替可能なサービスを提供する事業者が存在しない場合、②代替可能サービスを提供する事業者が存在しても、当該サービスの利用をやめることが事実上困難な場合、又は③当該サービスを提供する事業者がその意思である程度自由に、価格、品質、数量その他の取引条件を左右することができる地位にある場合 | 3 |
5. | 優越的地位の濫用となる行為類型 |
デジタル・プラットフォーム事業者が、提供するサービスを利用する消費者に対して(⑴)、又は当該消費者から取得した個人情報について(⑵)、以下のような行為を行うことは、対価に対して相応でない品質のサービスを提供することとなり、正常な商習慣に照らして不当に不利益を与えることとなる
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2. 実務上の留意点
- ⑴ 適用対象
- 本ガイドラインの適用対象となる「デジタル・プラットフォーム」とは、第三者にオンラインのサービスの「場」を提供し、そこに異なる複数の利用者層が存在する多面市場を形成し、いわゆる間接ネットワーク効果が働くという特徴を有するものとされている(本ガイドライン「はじめに」※1)。したがって、第三者に「場」を提供することなく、自ら直接に消費者にサービスを提供する場合には、本ガイドラインが対象とするデジタル・プラットフォームには含まれないこととなり、その旨は、パブコメ回答No.14に明記された。
- また、B to C事業における約款契約自体を優越的地位濫用として規制するものではない(パブコメ回答No.72、No.93)。
- さらに、適用対象行為に該当する場合であっても、公正取引委員会が優先的に審査を行う事案は、上記1の表の4に記載した、優越的地位濫用と認められる場合の①、②、又は③のうち、国民生活に広範な影響を及ぼす事案とされている(本ガイドライン「1」)。
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このように、本ガイドラインは、オンライン上で消費者に提供されるあらゆるサービスや契約に適用されるものではない。
- ⑵ 個人情報保護規制との相違点
- 本ガイドラインにおいて優越的地位濫用とされる行為類型のうち多くの類型は、個人情報保護法における規制を遵守していれば、優越的地位濫用として問題となるものではない[2]。
- もっとも、本ガイドラインと個人情報保護法における規制とが相違している箇所もあり、個人情報保護法には違反しないが、本ガイドライン上、優越的地位濫用に該当しうる主な事項は以下の通りである(パブコメ回答No.100)。
個人情報保護法には違反しないが、本ガイドライン上、優越的地位濫用に該当しうる主な事項 | 本ガイドライン該当箇所 |
デジタル・プラットフォーム事業者が第三者をして、消費者から取得する「個人情報以外の個人に関する情報」[3]と他の情報を照合して個人情報とさせ、消費者に不利益を与えることを目的に当該個人情報を利用させるために、消費者から「個人情報以外の個人に関する情報」を取得する場合 | 5⑴注8 |
デジタル・プラットフォーム事業者が第三者をして、消費者から取得した「個人情報以外の個人に関する情報」と他の情報を照合して個人情報とさせ、消費者に不利益を与えることを目的に当該個人情報を利用させるために、「個人情報以外の個人に関する情報」を当該第三者に提供した場合 | 5⑵注17 |
消費者が、サービスを利用せざるを得ないことから、利用目的の達成に必要な範囲を超える個人情報の取得/利用にやむを得ず同意した場合(やむを得ず同意したか、の判断は個々の消費者ごとにではなく一般的な消費者にとって不利益を与えることとなるかどうかで判断される) | 5⑴イ注12、5⑵ア注18 |
消費者が、サービスを利用せざるを得ないことから、個人情報の第三者への提供にやむを得ず同意した場合(やむを得ず同意したか、の判断は個々の消費者ごとにではなく一般的な消費者にとって不利益を与えることとなるかどうかで判断される) | 5⑵ア注19 |
自己の提供するサービスを継続して利用する消費者に対して、消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等とは別に、個人情報等その他の経済上の利益を提供させる場合 | 5⑴エ(上記1の表の5⑴エ) |
- ⑶ 判断基準の不明確・課徴金算定上の問題
- 本ガイドラインでは、消費者が、デジタル・プラットフォーム事業者が提供するサービスを利用する際に対価として個人情報等(経済的価値を有する)を提供していることをもって、消費者を「取引の相手方」と構成している(上記1の表の3)。そして、優越的地位濫用となる行為を、「対価に対して相応でない品質のサービスを提供することとなり、正常な商習慣に照らして不当に不利益を与える」と整理している(上記1の表の5)。
- しかし、個人情報等の経済的価値の具体的な金額算定は困難であり、優越的地位濫用該当性の判断基準としての、「対価に対して相応でない品質のサービス」の提供であったか否かは、多分に定性的な判断にならざるをえない。つまり、判断基準の不明確性の問題は残る。
- また、優越的地位濫用に該当し、それが継続していると評価された場合、事業者に課徴金納付命令が発令されることとなるが、パブコメにおいては、「個人情報等が対価として提供されている取引に関しては、かかる個人情報等の価値を金銭評価して課徴金が算定されると理解してよいか」との意見に対して、「個別具体的な事案に応じて、独占禁止法第20条の6の規定に基づき、算定します。」との回答があったのみであり、課徴金の算定方法に関しては今後の課題である。
以上
[1] 2019年8月29日公表の本ガイドラインの案に関して、以下のトピックス解説において、当該案の概要とともに、優越的地位ガイドラインとの関係、優越的地位濫用の各要件との関係についての解説が行われている。「SH2775 公取委、「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」に対する意見募集を開始 大櫛健一/足立理(2019/09/12)」
[2] パブコメ回答No.105、113、119、133、140、141、147、155、181等。なお、個人情報保護法上許容されている匿名加工情報の要件を満たす個人情報については、同意なしに目的外利用や第三者提供を行う場合でも、消費者に対し正常な商習慣に照らして不当に不利益を与えるものではない旨のパブコメ回答がある(No.191)
[3] 本ガイドラインでは、個人情報保護法上の個人情報、及び、「個人情報以外の個人に関する情報」を総称して「個人情報等」と定義している。「個人情報以外の個人に関する情報」の例として、ウエブサイトの閲覧情報、携帯端末の位置情報等が挙げられている(「はじめに」※2)