◇SH2981◇米国カリフォルニア州における「ギグ・エコノミー規制法」成立 大野志保 芝村佳奈(2020/01/24)

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米国カリフォルニア州における「ギグ・エコノミー規制法」成立

森・濱田松本法律事務所

弁護士 大 野 志 保

弁護士 芝 村 佳 奈

 

1 はじめに

 近時、「ギグ・エコノミー」(Gig Economy)、すなわち、企業に雇用されることなく、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方や、それによって成り立つ経済形態が世界中で話題となっている。「ギグ」(Gig)という言葉は、「単発の仕事」という意味を持ち、「ギグ・ワーカー」は、たとえば、UberやLyftといったオンライン配車アプリを利用してドライバーとなったり、クラウドソーシングを利用してデザインやコンテンツ制作を受注したりと、個人事業主(independent contractor)として都度単発で仕事を請け負う流動性の高い働き方をする。

 2019年9月18日、米国カリフォルニア州知事キャビン・ニューサムは、「ギグ・ワーカー」を保護するための法案Assembly Bill No.5(以下「AB5」という。)に署名し、これにより同法がカリフォルニア州法として成立した。同法が2020年1月1日付で施行された後は、企業は、「ギグ・ワーカー」のうち、一定の基準を満たさない者を労働者(employee)として扱うことが求められ、その結果、従来個人事業主に適用されなかった労働者保護規定が適用されることとなる。

 

2 立法の背景

(1) ギグ・エコノミー

 「ギグ・エコノミー」には、プラットフォームを提供する企業にとって、単発の仕事を都度発注することにより、人員や報酬額を柔軟に調整でき、人件費や管理費等の固定費を抑えることができるという利点がある。また、「ギグ・ワーカー」の側にも、時間や場所に拘束されず、仕事量や勤務方法も自由に選択でき、自らの能力を活かせるという利点がある。もっとも、「ギグ・ワーカー」の多くは、労働法の保護を受けない個人事業主と扱われているため、雇用形態が不安定で収入の保証もなく、たとえば、最低賃金の保証、業務災害に対する補償、失業保険加入義務、有給の病気休暇の付与等の各種制度による保護の対象にならない場合が多い。さらに、「ギグ・エコノミー」は実力主義の世界ともいえ、各人の能力が受注仕事量や収入に直結するため、格差を助長するという問題点も孕む。

 「ギグ・エコノミー」は、インターネットが普及した現代における新たな働き方として注目され、米国のみならず全世界で発展しつつある経済形態であるが、近年、労働条件に不満を持った「ギグ・ワーカー」が労働者性を主張し、法的保護を求める運動が各地で見られていた。このような動きの中で、「ギグ・ワーカー」を保護する新法AB5が、2019年9月18日、カリフォルニア州で成立した。

 

(2) ダイナメックス事件判決

 カリフォルニア州では、AB5の立法に先立ち、宅配企業であるダイナメックスの配達車の運転手の待遇をめぐる2018年4月30日付カリフォルニア州最高裁判決(“Dynamex Operations West, Inc. v. Superior Court of Los Angeles”)において、労働者と個人事業主とを区別する3つの判断基準が示されていた。当該判断基準は「ABCテスト」と呼ばれるもので、具体的内容は、以下のとおりである。

  1. (A)契約上も実態においても、業務の遂行について使用者の指揮監督を受けない
  2. (B)使用者の通常の事業の範囲外の業務を遂行している
  3. (C)遂行する業務と同じ性質の、独立して確立した商売、職業又は事業に慣習的に従事している

 ABCテストの下では、業務従事者は、上記3つの基準をすべて満たさない限り、カリフォルニ州の賃金・時間に関する法令の保護を受ける労働者と推定される。

 ダイナメックス事件判決以前は、労働者と個人事業主とを区別する判断基準として、農業従事者がカリフォルニア州労災補償法上の労働者に該当するかが争われたボレロ事件(”S. G. Borello & Sons, Inc. v. Department of Industrial Relations (1989)”)で示された、コントロールテストと呼ばれる基準が用いられていた。コントロールテストは、使用者の指揮監督(コントロール)下にあるかどうかを中心に、多くの判断要素を総合考慮して労働者性を決するものであり、判断基準としての明確性を欠くものであった。これに対し、ダイナメックス事件判決が示したABCテストでは、(A)使用者による指揮監督の程度のみならず、(B)業務従事者が遂行する業務が使用者の通常の事業の範囲内のものかどうか、及び(C)業務従事者が、使用者のために遂行する業務と同じ性質の商売、職業又はビジネスに独立して日常的に従事しているかどうか(たとえば、法人を設立していること、自ら広告を出して顧客を勧誘していること、不特定多数者に対して日常的にサービスを提供していることは、(C)の基準充足を推認させる事情である。)にも着目し、これらすべてが充足されない限り、業務従事者を労働者として整理しなければならないとされた。すなわち、ABCテストは、伝統的なコントロールテストにおいて個人事業主に該当すると整理されていた範囲を狭めて、労働者として再整理するものであったといえる。

 

(3) AB5の内容

 AB5は、ダイナメックス事件判決において示されたABCテストを明文化することを意図した法案である。AB5上のABCテストに基づき労働者と判断された業務従事者は、カリフォルニア州労働法典(California Labor Code)やカリフォルニア州失業保険法(California Unemployment Insurance Code)等の様々な規定による保護を受けられる。

 これまで「ギグ・ワーカー」を個人事業主として分類し、彼らに最低賃金の保証や社会保険等の付与をする必要がないと整理していた「ギグ・エコノミー」企業は、AB5施行後、「ギグ・ワーカー」がABCテストの3つの基準をすべて充足していると証明できない限り、彼らを労働者として扱わなければならない。「ギグ・エコノミー」は、安価な労働力を柔軟に確保できることを前提として成長してきたビジネスモデルであるため、AB5がカリフォルニア州において「ギグ・ワーカー」に依存してきた企業に与える影響は大きい。たとえば、配車サービスを提供する企業において、ドライバーがAB5上のABCテストに基づき労働者と判断された場合には、当該企業はドライバーに対し、実際に客を乗せて走ることはなかったとしても、手待ち時間に応じた最低賃金を保証しなければならず、当該ドライバーのために失業保険や健康保険、年金、労災保険等の費用も支払い、さらに車両等、業務遂行にあたって必要となる道具の経費も負担しなければならなくなる可能性がある。

 なお、AB5上のABCテストの適用除外となる業種も存在する。たとえば、医師等のヘルスケア専門家、投資アドバイザー、不動産ディーラー、美容師、国家資格を有する弁護士・建築家・会計士・エンジニア等が、適用除外業種とされている。これらの業種については、ABCテストではなく、伝統的なコントロールテストが適用され、緩やかな審査基準の下で労働者性が判断される。

 

(4) AB5の影響

 カリフォルニア州においては、AB5によって「ギグ・ワーカー」の権利が保護されることを評価する声もあるものの、一部の企業において同法への対応として個人事業主との契約を打ち切る等の動きが見られ、AB5が逆に「ギグ・ワーカー」の就労機会を奪う可能性もあるとの指摘もなされている。2020年1月1日のAB5の施行直前の2019年12月30日には、Uber、食品宅配サービスを営むPostmates、「ギグ・ワーカー」として働くドライバーが、共同原告として、AB5はカリフォルニア州憲法に違反する等と主張して、カリフォルニア州連邦地方裁判所に訴えを提起した。今後、裁判所においてどのような判断がなされるか、AB5の施行を受けて各企業が「ギグ・ワーカー」との契約についてどのような運用を行っていくか等が注目される。

3 日本における「ギグ・エコノミー」をめぐる議論

 日本において、労働基準法における労働者保護規定の適用対象となる労働者は、①指揮監督下の労働(仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、拘束性の有無、代替性の有無)、②報酬の労務対償性、③事業者性の有無(機械、器具の負担関係、報酬の額)、④専属性の程度などを含む諸要素を総合的に勘案することで個別具体的に判断されるものと解されている(昭和60年12月19日付厚生労働省「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」)。また、労働安全衛生法、最低賃金法等における労働者も、労働基準法と同様とされている。

 「ギグ・ワーカー」は、これらの諸要素を勘案して労働者ではないと判断される場合には、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法等における労働者保護規定の適用を受けないこととなる。その場合でも、独占禁止法や下請法による保護の対象となる可能性はあるものの、個人の働き方が多様化し、柔軟な働き方が拡大していく中で、労働基準法上の労働者だけではなく、より幅広く多様な形態で働く人を対象として必要な施策を考える必要があるのではないかという議論がなされている。

 このような議論を背景として、「働き方改革実行計画」(2017年3月28日働き方改革実現会議決定)において、雇用類似の働き方について実態を把握し、雇用類似の働き方に関する保護等の在り方について検討することとされ、2017年10月からは厚生労働省が主催して、「雇用類似の働き方に関する検討会」が開催され、2018年3月30日付で「雇用類似の働き方に関する検討会」報告書が公表された。

 さらに、2018年10月からは「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」が開催されており、2019年6月28日付で検討会の中間整理が公表されている。当該中間整理では、「雇用類似の働き方」として保護すべき対象者については検討中としつつも、「発注者から仕事の委託を受け、主として個人で役務を提供し、その対償として報酬を得る者」であって「主に『事業者』を直接の取引先とする者」である約170万人が保護を受けるべき対象であるとの試算がなされた。また、現状、労働基準法上の労働者性が認められず、自営業者である者のうちでも、「雇用類似の働き方」をする者については、労働政策上の保護を検討すべきであり、契約条件の明示、契約の締結・変更・終了に関するルールの明確化等の保護の在り方を優先的に取り組むべき課題とした。

 日本における「ギグ・ワーカー」もフリーランス等と同様、「雇用類似の働き方」をする者として、今後労働政策上の保護を受ける可能性がある。上記検討会における検討は現在も続いており、カリフォルニア州におけるAB5の成立とその後の動向は日本での「ギグ・エコノミー」をめぐる議論にも影響を及ぼし得る。

 「ギグ・ワーカー」のみならず、個人事業主、フリーランス、クラウドワーカーといった多様な形態で個人として働く者の保護の在り方をめぐる議論はまだ道半ばであり、今後も注視していく必要がある。

以 上

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