債権法改正後の民法の未来 78
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(4)
関西法律特許事務所
弁護士 赫 高 規
5 改正民法下における事実上の優先弁済
(4) 詐害行為取消しによって生じる、債務者の受益者等に対する金銭債権の差押え、仮差押えについて
- ア 取消債権者による差押え、仮差押え
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5(3)を前提とすると、取消債権者としては、詐害行為取消訴訟の認容判決が確定した場合に、受益者等が直ちに債務者に対して金銭を返還しまたは価額償還をしてしまい、債務者のもとで当該金銭が費消・隠匿され、取消判決が無駄になってしまう事態が懸念されることとなる。
この事態を回避するためには、取消債権者は、被保全債権に基づいて、債務者の受益者等に対する請求権を差押える(被保全債権についての債務名義がある場合)、または仮差押えをする(同債務名義がない場合)といった対応をとらざるを得ないことになる(前掲『一問一答民法(債権関係)改正』108頁注1)。
なお、条件付き債権ないし将来債権も差押え、仮差押えの対象となりうるから、取消債権者は、詐害行為取消判決の係属中に、取消判決確定を停止条件とする債務者の受益者等に対する請求権を差押え、仮差押えすることも可能であるものと解される。 - イ 債務者に対する他の債権者による差押え、仮差押え
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債務者に対する他の債権者も、詐害行為取消しによって発生する債務者の受益者等に対する金銭返還請求権ないし価額償還請求権を差押え、仮差押えすることが可能である。
かかる差押え等がなされた場合に、受益者等がどのような対応をすべきかが問題となる。まず、受益者等が執行供託(民事執行法156条1項(権利供託)、同条2項(義務供託))をしたときには、当該執行供託は被差押債権を消滅させる弁済供託の性質も有することから(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016)721頁)、取消債権者の受益者等に対する請求権は消滅し、その結果、受益者等は取消債権者との関係で免責されるものと解される。したがって、この場合に、事実上の優先弁済は生じないことになる。他方で、受益者等が債務者の受益者等に対する請求権につき差押え、仮差押えがなされているにもかかわらず、取消債権者に対して金銭返還ないし価額償還することが、差押命令・仮差押命令の支払禁止に違反した無効な弁済に当たらないのかが問題となる。この問題は、取消しによって生ずる取消債権者の請求権と債務者の請求権の関係をどのように解するかによって決せられる(前掲『一問一答民法(債権関係)改正』108頁注2)。両請求権が、あたかも連帯債権のように、内容は同一であるものの別個独立の債権であると解するならば、一方の請求権に対して差押え等があったからといって他方の請求権が差止められることはないということとなろう。しかし、取消後の原状回復の法律関係において取消債権者が受益者等に対して固有の請求権を有するとするのは債権者に過剰な保護を与えるものといわざるを得ず、債権者代位権と同趣旨の権利がこの場面で制度化されたに過ぎないものと解すべきであろう。債権者代位権の行使場面で被代位権利が差押えられた場合には、代位債権者に対する支払も禁止されると解されることからすると、債務者の受益者等に対する金銭債権の差押え等がなされれば、取消債権者への支払も禁止され、事実上の優先弁済は生じないこととなる。 - ウ 受益者による差押え、仮差押え
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取消債権者が、受益者に対し、弁済行為の取消しと弁済金の自己への直接支払を請求した場合、受益者は、受領した弁済金を返還したとすれば復活することになる債務者に対する債権を被保全債権として、債務者の受益者自身に対する弁済金返還請求権を仮差押えすることが可能であるものと解される。なお、受益者の債務者に対する債権は、詐害行為取消判決確定後、受益者が弁済金を現実に返還することによってはじめて復活するものであるが(改正民法425条の3)、弁済金返還前さらには取消判決確定前であっても、条件付き債権として、仮差押えの被保全債権とすることができるものと解される(民事保全法20条2項)。
受益者が仮差押決定を取得し、かつ、詐害行為取消しを認容する判決が確定した場合には、受益者は、第三債務者の立場で執行供託をすることが可能である(民事執行法156条1項・2項)。この執行供託は上記アのとおり弁済供託の性質をも有するものと解されていることから、供託の実施が「受益者が債務者から受けた給付を返還し……たとき」(改正民法425条の3)に該当し、この供託時に、受益者の債務者に対する債権が復活することになる。
受益者は、債務者に対する復活債権の債務名義を取得して、仮差押手続を本執行手続に移行させて、供託金から配当を受けることになる。
取消債権者は、当該本執行手続の配当加入終期までに差押え、仮差押えの執行または配当要求をしなければ、供託金からの配当を受けることができなくなって詐害行為取消判決が無駄になってしまうことから、十分な留意を要することになる。
以上のように、弁済行為の取消しの場合には、たとえ取消債権者へ直接金銭を支払うよう受益者に命ずる詐害行為取消判決が確定したとしても、受益者は、上記の手段をとることによって事実上の優先弁済を回避し、債権執行手続に基づく配当に持ち込むことができることになる。
(5)につづく