中国:日本法と異なる労務関連の規定
弁護士 川 合 正 倫
国が異なれば法律も異なるのは当然のことであるが、なかでも労務は各国独自の事情を反映した規定がなされることが多い代表的な分野といえる。中国の労務関連法令においても、日本とは異なる規定が多くみられ、日本と同様の感覚で実務にあたると思わぬトラブルを招くことになりかねない。中国では近時の労働者の権利意識の向上を背景として、労働紛争が増加している。また、労働者紛争に関しては仲裁前置主義が採用されているが、仲裁費用は徴収しないこととされているため[1]、企業との関係が悪化した労働者が、確固たる法的根拠のない主張に基づき労働仲裁を提起するといった事例も頻発している。このような状況のなか、企業としては意図しない法令違反に基づき足元をすくわれないようにするため、労務管理制度を完備し、紛争を予防する必要性が高い。
以下では、中国法に特有な労務関連規定を2例を紹介する。いずれも、日本とは異なる規定となっているため、日本の就業規則等を現地法人用に修正する際などには注意が必要である。
1. 書面による労働契約
中国においても使用者は労働者との間で書面による労働契約を締結しなければならない[2]。中国特有の規定として、書面による労働契約は雇用開始日から1カ月以内に締結すれば足りるとされている[3]。ただし、1カ月を過ぎても書面による労働契約を締結しない場合には、労働者に対して毎月2倍の賃金を支払わなければならず[4]、かつ、満一年の時点で書面による契約を締結しない場合には、法律上無固定期間の労働契約を締結したとみなされる[5]点に注意が必要である。
実務においては、社会保険の加入を希望しないことを理由に、一部の労働者が書面による労働契約の締結を希望しないことがあるが、従業員の要望にしたがった場合であっても、法的には上記リスクを負担することになる。労働集約産業型の企業でかかる取り扱いがなされる場合には、経営に重大な影響を与える可能性がある。
2. 年次有給休暇
企業等で連続して1年以上勤務した従業員は、累計勤務期間に応じて、年次有給休暇が与えられる[6]。ここにいう連続勤務期間や累計勤務期間は、現在の企業等における期間のみを指すものではなく、当該従業員が過去に勤務した企業等における期間をも合算する必要がある点に注意が必要である。また、従業員に付与した年次有給休暇が法定の日数を下回る場合には、当該年度内に未取得の年次有給休暇の日数につき、日額賃金収入の300%の基準で賃金を支払う必要がある。この点、年次休暇の未取得が従業員の事情に基づく場合で、かつ、取得しない旨を書面で申し出た場合には、未取得分につき通常勤務期間の賃金収入を支払えば足りる[7]。上記のとおり、法令上は未消化の法定有給休暇を翌年に持ち越すことが認められていない。他方、労働関係が終了する際は、未消化の有給休暇について、経済補償を行う必要がある[8]。
実務においては、会社が有給休暇を手配することも可能と考えられているため、従業員の要望も考慮しながら有給休暇を積極的に消化させることが有効な施策となる。また、従業員が有給休暇の取得を希望しない場合には、必ずその旨の書面を取得すべきである。
3. 総括
以上の2例は中国における労務関連の注意すべき規定のごく一部にすぎないが、日本と異なる取扱いの必要性について再認識していただけるものと思う。また、中国に現地法人がある場合には上記の点の遵守を確認いただくだけでも、現地法人において中国法に従った対応がなされているかを判断する一つの指針となるものと考える。中国では頻繁に労働関連法規が改定され、また、各地方によって規定内容や実務が大きく異なるため、常に最新の法令及び各地方の法令・実務に準拠した労務管理が求められる。
[1] 労働紛争調停仲裁法第53条
[2] 労働契約法第10条第1項
[3] 労働契約法第10条第2項
[4] 労働契約法第82条
[5] 労働契約法第14条第3項
[6] 従業員年次有給休暇条例第2条、企業従業員年次有給休暇実施規則第3条
[7] 企業従業員年次有給休暇実施規則第10条
[8] 企業従業員年次有給休暇実施規則第12条