タイ:労働者派遣の利用に関する最新動向
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 佐々木 将 平
日系製造業の集積が進むタイでは、製造業を中心に労働者派遣が広く利用されている。背景としては、2013年1月からの最低賃金の大幅引上げに象徴されるような賃金水準の上昇に伴い、労務コストを抑える要請が高まっていることが挙げられる。また、就労許可を取得させて合法的に雇用することが難しいミャンマー人、カンボジア人、ラオス人ワーカーを派遣労働者という形で受け入れている例も多い。失業率が1%を切るような労働力不足の中で、タイ人が嫌うようになりつつあるいわゆる3Kの仕事を中心に、これらの周辺国ワーカーのニーズは高い。
タイには日本の労働者派遣法に相当する法律はないが、(日本の労働基準法に相当する)労働者保護法上、派遣労働者保護の観点から、「派遣受入先の生産工程又は事業を構成するような労働に従事する派遣労働者」は、派遣受入先が使用者とみなされている。これに加えて、2008年の労働者保護法の改正により、これらの派遣労働者について、直接雇用の労働者と差別なく公正な福利を受けられるようにすることが派遣受入先に義務づけられた。警備や清掃に従事する者は生産工程に従事しているとは言えないが、それ以外の派遣労働者は基本的には上記の適用対象となる。もっとも、正社員と派遣労働者の福利厚生をどの範囲でどの程度均衡を取るべきかの明確な基準はなく、法改正後も多くの企業が派遣労働者に対する福利厚生水準を低く抑える慣行を継続してきたのが実態であった。
このような状況の中、近時、派遣労働者が改正後の労働者保護法に基づいて正社員と同等の各種手当及び賞与の支払いを求めて派遣受入先を訴えた裁判において、派遣労働者の訴えを認める最高裁判決が出た。この判決においては、正社員と同一の基準で算定した福利厚生(生活手当、食事手当、通勤手当及び賞与)を派遣労働者にも付与すべきであり、派遣会社から支給されたものとの差額を派遣受入先が支給すべきとの判断がなされた。この判決自体は改正後の労働者保護法の規定そのままの内容であるが、上述の通り実務の対応が必ずしも追いついていないため、影響は大きいと思われる。なお、この裁判では、派遣労働者は派遣会社に対しても連帯責任を求めて提訴しているが、最高裁判所は派遣会社の責任は認めず、あくまで派遣受入先の義務であると判示している点も注目される。
この判決を受けて同様の訴訟が提起される可能性は高いと思われ、タイ子会社において派遣労働者を利用している場合には、対応を検討する必要がある。派遣労働者であることのみを理由として待遇に差異を設けることはできないが、職務内容や職位に応じて差異を設けるなど、福利厚生制度の設計上の工夫の余地はあると思われる。他方で、派遣労働者を受け入れるメリットは失われたとして、正規雇用のみに切り替える対応を採る企業も出てくると思われる。
以上
(ささき・しょうへい)
長島・大野・常松法律事務所バンコクオフィス代表。2005年東京大学法学部卒業。2011年 University of Southern California Gould School of Law 卒業(LL.M.)。2011年9月からの約2年半にわたるサイアムプレミアインターナショナル法律事務所(バンコク)への出向経験を生かし、日本企業のタイ進出及びM&Aのサポートのほか、在タイ日系企業の企業法務全般にわたる支援を行っている。タイの周辺国における投資案件に関する助言も手掛けている。
長島・大野・常松法律事務所 www.noandt.com
長島・大野・常松法律事務所は、弁護士339 名(2014 年6月1 日現在、外国弁護士13 名を含む。)が所属する日本最大級の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野に対応できるワンストップファームとして、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。
東京オフィスにおいてアジア法務を取り扱う「中国プラクティスグループ(CPG)」及び「アジアプラクティスグループ(APG)」、並びにアジアプラクティスの現地拠点であるシンガポール・オフィス、バンコク・オフィス、ホーチミン・オフィス、上海オフィス(2014 年秋開設予定)及びアジアの他の主要な都市に駐在する当事務所の日本人弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携・人的交流を含めた長年の協力関係も活かして、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を効率的に支援する体制を整えております。
詳しくは、こちらをご覧ください。