中国:中国で交通事故にあってしまった場合の損害賠償
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 川 合 正 倫
会社の従業員が中国で交通事故に遭い不幸にも死亡してしまった場合、遺族が加害者に対して、どの程度の損害賠償請求ができるか検討したことがある会社は多くないのではないかと推測する。
日本で交通事故が起きた場合の損害賠償請求で加害者に請求可能な損害は、財産的損害と非財産的損害に分類され、財産的損害には葬儀費用等の積極損害及び遺失利益等の消極損害が含まれ、非財産的損害として慰謝料が請求可能と考えられている。これらの損害を算定するにあたっては、被害者ごとに異なる個別事情を基礎に判断を行う。具体的には、被害者の年収、年齢、家族構成等を勘案して各事案ごとに損害額が算定され、賠償額が1億円を超える事案も少なくない。また、交通事故の場合には、自賠責保険に加え、加害者(場合によっては被害者自身)の任意保険によって賠償金が支払われる事案が多い。
それでは、中国における状況は日本とどの程度異なるのであろうか。まず、中国で交通事故が発生した場合の適用法に関しては、中国民法の「権利侵害行為の損害賠償は、権利侵害行為の法律を適用する。」との規定に基づき、原則として中国の法律が適用されることになる。この点、中国の権利侵害法は、人身損害をもたらした場合、医療費、看護費、交通費等の費用、葬儀費用及び死亡賠償金を支払うとしている。また、他人の人身の権益を侵害し、重大な精神的損害をもたらした場合は、精神的損害賠償請求をすることができるとしており、慰謝料請求も認めている。このようにみると、項目としては日本とさほど違いはないように思われるが、具体的な損害額については大きく異なるため注意が必要である。以下、詳しくみてみよう。
上記各項目の具体的な算定方法については、「最高人民法院の人身損害賠償事件の審理における法律適用に関する解釈」に詳しい規定がある。まず、最も高額となる死亡賠償金については、将来の想定収入総額から中間利息を控除する日本とは異なり、一律に「基準年収×20」とされている[1]。ここにいう、基準年収とは、提訴裁判所所在地の前年度の可処分所得の平均であり、最も高額な深せん市(2013年度)でも約45,000元/年であり、20年分は90万元(約1,500万円)と日本と比較して極めて少額となる。この他、葬儀費用は裁判所所在地の平均月給の6カ月分とされている。扶養家族の生活費についても賠償が認められるが、扶養家族とは主に18歳に満たない子供を指し、労働能力を有するが実際に就労していない配偶者は含まれない。扶養家族の生活費としては、子供が18歳に達する年数×裁判所所在地の標準年間生活費とされる。
上記各種算定に関し、外国人が被害者の場合にまで、中国国内の裁判所所在地の各種指標を用いるのは妥当でないとの見解も存在する。一部の裁判所において、外国人が被害者である場合の例外措置として裁判所所在地の指標ではなく、中国国内で最も高額な都市の指標を用いた事例があるものの、依然として被害者の国籍にかかわらず裁判所所在地の指標を採用するという考えが有力である。
精神的損害に対する慰謝料については、各地方によってバラつきがあるものの1万元から10万元の範囲内の支払いが命じられている事例が多い。
以上の各金額を合計した結果、日本人の駐在員又は出張者が中国で交通事故に遭い不幸にも死亡してしまった場合に法律上認められる損害賠償請求額は、相手方に完全な過失がある事例においても、日本円で1,000万円から3,000万円程度となるケースが多いものと思われる。また、中国においては、死亡事故の際の自賠責保険の補償額が11万元(約185万円)と低額であることに加え任意保険の加入率も低いため、加害者の経済資力によっては上記金額についても十分な支払いを受けることができない事態が想定される。
中国の駐在人や出張者に損害保険等を付保する際には、上記状況も加味した上で保険内容を検討することが望ましい。
[1] 被害者が60歳以上の場合は、「基準年収×(20-(実年齢-60))となる。