◇SH0178◇最二小決 平成26年3月28日 詐欺被告事件(千葉勝美裁判長)

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1 事案の概要

 (1) 本件は、暴力団員である被告人が、ゴルフ倶楽部会員である共犯者と共謀の上、同倶楽部が約款等により暴力団員の入場及び施設利用を禁止しているのに、共犯者において、被告人が暴力団員であることを申告せずに施設利用を申し込み、被告人が同伴者としてゴルフ場の施設を利用したとして、2項詐欺罪に問われた事案である。なお、被告人は、2回にわたり、配下組員に指示し、暴力団員で無職であるのに、会社役員である旨記載した内容虚偽の申込書を作成させてクレジットカードの会員契約を申し込み、カードを騙し取った、という詐欺の事実も併せて審理されたが、以下ではゴルフ場利用詐欺の事実に限り説明をする。

 原判決が認定した犯罪事実の要旨は、「被告人は、Bと共謀の上、長野県内のゴルフ倶楽部において、同倶楽部がゴルフ場利用約款等で暴力団構成員の入場及び施設利用を禁止しているにもかかわらず、真実は被告人が暴力団構成員であるのにそれを秘し、Bにおいて、同倶楽部従業員に対し、『A(注:被告人の氏が漢字、名がひらがなで記載されたもの)』等と記載した組合せ表を提出し、被告人の署名簿へのその氏名の記帳を依頼するなどし、被告人によるゴルフ場の施設利用を申し込み、同倶楽部従業員をして、被告人が暴力団構成員でないと誤信させ、よって、被告人と同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上、被告人において同倶楽部の施設を利用し、もって、人を欺いて財産上不法の利益を得た」というものである。

 (2) 本件の事実関係は、判文に説示されているとおりであるが、重要と思われる点を挙げると、次のとおりである。すなわち、①本件ゴルフ倶楽部では、暴力団員及びこれと交友関係のある者の入会を認めておらず、入会の際には「暴力団または暴力団員との交友関係がありますか」という項目を含むアンケートへの回答を求めるとともに、「私は、暴力団等とは一切関係がありません。また、暴力団関係者等を同伴・紹介して貴倶楽部に迷惑をお掛けするようなことはいたしません」と記載された誓約書に署名押印させた上、提出させており、共犯者Bも、本件ゴルフ倶楽部の入会審査を申請した際、上記アンケートの項目に対し、「ない」と回答した上、上記誓約書に署名押印して提出し、同倶楽部の会員となったこと、②本件ゴルフ倶楽部の約款では、他のゴルフ場と同様、利用客は、会員、ビジターを問わず、フロントにおいて、「ご署名簿」に自署して施設利用を申し込むこととされていたのに、共犯者Bは、施設利用の申込みに際し、被告人が暴力団員であることが発覚するのを恐れ、その事実を申告せず、フロントにおいて、被告人ら同伴者につき、「予約承り書」の「組合せ表」欄に「C」「A」「D」などと氏又は名を交錯させるなどして乱雑に書き込んだ上、これを同倶楽部従業員に渡して「ご署名簿」への代署を依頼するという異例な方法をとり、被告人がフロントに赴き署名をしないで済むようにし、被告人分の施設利用を申し込み、会員の同伴者である以上暴力団関係者は含まれていないと信じた同倶楽部従業員をして施設利用を許諾させたこと、③共犯者Bは、施設利用の申込みの際、同倶楽部従業員から同伴者に暴力団関係者がいないか改めて確認されたことはなく、自ら積極的に同伴者に暴力団関係者はいない旨虚偽の申出もしていないこと、④被告人は、本件ゴルフ倶楽部を含め、長野県内のゴルフ場では暴力団関係者の施設利用に厳しい姿勢を示しており、施設利用を拒絶される可能性があることを認識していたところ、同倶楽部到着後、クラブハウスに寄らず、直接練習場に行って練習を始め、同伴者である妻から「エントリーせんでええの。どこでするの」と尋ねられても、そのまま放置し、共犯者Bに施設利用の申込みを任せ、結局フロントに立ち寄ることなく、クラブハウスを通過し、プレーを開始したこと、⑤被告人の施設利用料金等は、翌日、共犯者Bが精算していることである。

2 争点と審理の経過

 (1) 被告人は、客観的な事実関係については認めていたが、①共犯者Bにおいて、ゴルフ場で施設利用を申し込む際、積極的に同伴者の被告人が暴力団員でないと虚偽を告げたわけではないし、被告人の本名を記載した組合せ表を提出するなどしており、欺罔行為がない、②ゴルフ場の施設利用料金等を支払って施設利用しており、財産上の損害がない、③被告人には詐欺の故意・共謀がない、などとして2項詐欺罪の成立を争った。

 (2) 第1審判決は、要旨、本件ゴルフ倶楽部の会員である共犯者Bによる申込み行為は、挙動によって同伴者が暴力団員でないことを表す行為であって、財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項を偽るものであるから、「人を欺く」行為に当たるが、被告人は、共犯者Bと同倶楽部との会員契約の内容、同倶楽部が暴力団排除を推進していた理由(暴力団員であるか否かが、同倶楽部において、施設利用を認めるか否かの判断の基礎となる重要な事項であること)につき認識していたとは認められないから故意がない、などとしてゴルフ場利用詐欺の事実につき無罪とした。他方、カード詐欺の事実については有罪とし、被告人を懲役10月、3年間執行猶予に処した。これに対し、被告人が、カード詐欺に関する事実誤認、法令適用の誤り、量刑不当を理由に、検察官が、ゴルフ場利用詐欺に関する事実誤認を理由にそれぞれ控訴した。

 原判決は、被告人の控訴趣意を排斥した上、検察官の控訴趣意につき、要旨、①本件ゴルフ倶楽部では、施設利用申込者(その同伴者を含む。)が暴力団員等か否かという属性を、施設利用の許否判断の一つの基準としていて、暴力団員等が含まれていれば当然に施設利用を拒絶するというのであるから、それを承知しながら、拒絶されないために、自己及び同伴者の中に暴力団員等が含まれているのにその情を秘して申込みをすることは、そのような者が含まれない旨の積極的言動を伴わなくても、その挙動自体で、当然に自己及び同伴者の中に暴力団員等はいない旨の表示としか解し得ない、②本件ゴルフ倶楽部にとって、施設に暴力団員が出入りしているか否かは、ゴルフプレー環境の整備に関わる営業上重要な事項であって、施設を利用しようとする者が暴力団員であるか否かは、同倶楽部従業員において、施設利用契約を成立させて施設を利用させるか否かの判断の基礎となる重要な事項であり、これを偽る行為は人を欺く行為といえる、③被告人において、共犯者Bの利用申込みが詐欺に当たることの未必的な認識があれば、同人との共謀に欠けるところはなく、そのような認識としては、被告人が、自分が暴力団員であることが発覚すると本件ゴルフ倶楽部から入場や施設利用を拒絶されること(欺罔対象事項の重要性)、それを承知しながら、Bがその情を秘すなどしてそれが露見しないような手段を用いて施設利用契約を締結すること(実行行為についての認識)のそれぞれにつき、未必的認識があれば足りる、などとした。そして、第1審判決をゴルフ場利用詐欺の故意を否定した点に事実誤認があるとして破棄し、被告人を懲役1年6月、3年間執行猶予に処した。これに対し、被告人が本件上告に及んだ。

3 挙動による欺罔行為

 (1) 本件の実行行為(欺罔行為)は、会員である共犯者Bにおいて、同伴者である被告人が暴力団員であることを申告せず、自らフロント係の従業員に対し、氏名を乱雑に記載した組合せ表を提出して、被告人分を含め、「ご署名簿」への代理記帳を依頼するなどした行為である。しかし、Bは、被告人の本名(ただし、本名は氏名とも漢字であるのに、氏のみ漢字で、名をひらがなで記載している。)を組合せ表に記載して従業員に知らせている上、同伴者の中に暴力団関係者がいないなどと積極的な虚偽申告はしていない。そこで、本件においては、どの点を捉えて「人を欺く行為」があったと評価するべきか、すなわち、同伴者である被告人が暴力団員であることを申告せず組合せ表を提出して「ご署名簿」への代理記帳を求め、施設利用を申し込む行為が「人を欺く行為」、具体的には挙動による欺罔行為と評価できるかが問題となった。

 (2) 挙動による欺罔行為に関する議論及び判例の状況は、本掲載の最二小判平26・3・28刑集68巻3号582頁(以下「宮崎事件」という。)のコメントのとおりである。その中において、本件を検討する上では、基本契約等を前提にした個別契約の申込みの場合に、基本契約等で合意している事項を遵守する意思を表示しているものといえるか、という点が重要である(橋爪隆「詐欺罪(下)」法教294号(2005)102頁も、「日常的に反復される取引や継続的な取引関係であり、それらの契約においては当然に前提となる事実関係であるために、あえて表示する必要がないと考えられている場合」は挙動による欺罔行為と認められるとしている。)。

 (3)  同じゴルフ場利用詐欺であるのに、本件と宮崎事件で「挙動による欺罔行為性」の判断が分かれたのはいかなる理由によるものであろうか。

 まず宮崎事件に関する上記判決が判示するとおり、暴力団関係者であるビジター利用客が、暴力団関係者であることを申告せずに、一般の利用客と同様に、氏名を含む所定事項を偽りなく記入したご署名簿等をフロント係の従業員に提出して施設利用を申し込む行為自体は、申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し、利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが、それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとみるのは困難である。

 しかし、本件においては、共犯者Bは、本件ゴルフ倶楽部の会員であり、入会契約に際し、「暴力団関係者等を同伴・紹介して貴倶楽部に迷惑をお掛けするようなことはいたしません」と誓約した上で同倶楽部に入会している以上、その誓約を当然に遵守することが期待され、個別の施設利用の申込み(同伴、紹介を含む。)の前提となっている。このように入会契約の際に暴力団関係者を紹介、同伴しない旨誓約している会員が同伴者の施設利用を申し込む行為は、単にその同伴者本人が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し、利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表示しているだけでなく、その同伴者が暴力団関係者でないことを申込者である会員自身が保証する意思をも黙示的に表示しているものと認められる。つまり、施設利用の申込みの前提として、実行行為者であるBが、入会契約(基本契約)に際して上記のような誓約をしていた点が、宮崎事件とは大きく異なる事情といえよう。本決定も同様の理解に立つものと思われる。

 (4) 本決定は、宮崎事件との対比において、挙動による欺罔行為性を肯定した事例として、挙動による欺罔行為性の判断要素を示すものであって、解釈上、参考になる。また、ゴルフ場を始めとし、暴力団排除活動を推進している施設等においても、今後の対策を検討する上で、実務上重要な判例といえる。

4 欺罔行為の内容(重要事項性)

 (1) 一般に、詐欺罪にいう「人を欺いて」とは、人を錯誤に陥らせることであり、相手方が財産的処分行為をするための判断の基礎となるような重要な事項を偽ること、すなわち、相手方がその点に錯誤がなければ財産的処分行為をしなかったであろう重要な事実を偽ることであるとされている(団藤重光編『注釈刑法(6)』(有斐閣、1966)175頁[福田平])。通説・判例は、その場合の錯誤とは、財産的処分をするように動機付けるものであれば足り、法律行為の要素に関する錯誤であると縁由(動機)の錯誤であるとは問わないとしている(前掲・注釈刑法(6)198頁、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法〔第2版〕第13巻』(青林書院、2000)29頁・40~42頁[高橋省吾]、大判大12・11・2刑集2巻109号744頁等)。近時の判例(最一小決平22・7・29刑集64巻5号829頁)も、同様の立場を踏襲している。

 これに対し、詐欺罪における錯誤とは、交付した財産自体の内容・価値に関する錯誤か、被害者が自己の財産と引き替えに達成しようとした社会的・経済的目的に関する錯誤に限定され、欺く行為もそのような法益関係的錯誤に向けたものでなければならないなどとする見解が有力である(法益関係的錯誤説)(山口厚「文書の不正取得と詐欺罪の成否」『新判例から見た刑法〔第2版〕』(有斐閣、2008)230頁、佐伯仁志「詐欺罪の理論的構造」山口厚ほか『理論刑法学の最前線Ⅱ』(岩波書店、2006)95頁、前掲・橋爪95頁等)。

 (2) 本決定は、上記判例と同様の前提に立ち、①ゴルフ場が暴力団関係者の施設利用を拒絶するのは、利用客の中に暴力団関係者が混在すると、一般利用客が畏怖するなどして安全、快適なプレー環境が確保できなくなり、利用客の減少につながったり、ゴルフ倶楽部としての信用、格付け等が損なわれたりする危険があるため、これを未然に防止する意図によるものであって、ゴルフ倶楽部の経営上の観点からとられている措置であること、②本件ゴルフ倶楽部においては、利用約款で暴力団員の入場及び施設利用を禁止する旨規定し、入会審査にあたり暴力団関係者を同伴、紹介しない旨誓約させるなどの方策を講じていたほか、長野県防犯協議会事務局から提供される他の加盟ゴルフ場による暴力団排除情報をデータベース化した上、予約時又は受付時に利用客の氏名がそのデータベースに登録されていないか確認するなどして暴力団関係者の利用を未然に防いでおり、本件においても、被告人が暴力団員であることが分かれば、施設利用に応じることはなかったことに照らせば、「利用客が暴力団関係者かどうかは、本件ゴルフ倶楽部の従業員において施設利用の許否の判断の基礎となる重要な事項である」として、同伴者が暴力団関係者であるのにこれを申告せずに施設利用を申し込む行為は、その同伴者が暴力団関係者でないことを従業員に誤信させようとするものであり、人を欺く行為に当たる、と判示した。

 (3) 本決定は、具体的な事実関係を前提にしたものではあるが、これまでの判例がとってきている枠組みとしての重要事項性(財産的処分行為をするための判断の基礎となるような「重要な事項」を偽るものといえるか)の判断に関する新たな一事例を加える点でも、参考価値が高いと思われる。

 

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