経産省、営業秘密・知財戦略相談窓口「営業秘密110番」を新設
岩田合同法律事務所
弁護士 泉 篤 志
平成27年1月19日、経産省は、営業秘密・知財戦略相談窓口「営業秘密110番」(以下「相談窓口」)が同年2月2日より新設されるのに伴い、相談予約の受付を同年1月19日より開始する旨公表した。かかる相談窓口は、特に資金・人材・情報等に限りがある中小企業においては、発明等の権利化又は秘匿化の判断(オープン・クローズ戦略)や、効率的かつ効果的な秘密管理を行うことが容易でないことから、知的財産の保護・活用に関する支援体制を構築する必要があるという議論に基づき、開設されたものである(経産省産業構造審議会「中間とりまとめ(案)平成27年1月」[1])。相談窓口は特許庁庁舎に設置され、企業経験者や弁護士が相談に応じるが、各地の中小企業等も利用できるように、全国47都道府県(57か所)に所在する知財総合支援窓口と連携するとともに、情報漏洩の被害相談については警察庁と、サイバー攻撃など情報セキュリティ対策に関する相談については独立行政法人情報処理推進機構(IPA)と連携して対応するとされている。
近年、我が国においては、技術情報や顧客情報等の営業秘密の漏洩事件が相次いで発生しているところ、経産省は、かかる営業秘密の漏洩防止のための環境整備の一環として、不正競争防止法(以下「不競法」)によって差止め等の法的保護を受けるために必要となる水準(法的拘束力はない)を示す「営業秘密管理指針」の改訂作業を進めている[2]。すなわち、不競法に基づく差止め等が認められるためには、不競法2条6項の「営業秘密」に該当する必要があるところ、「営業秘密」と認定されるためには、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3要件が充足されなければならない。この点、現状の「営業秘密管理指針」は、主に①に関する記載事項が全97項目もあり営業秘密保護のために最低限必要なことが不明確であったため、事業者にとってわかりやすい現実的な最低限の水準の対策を示すべく上記改定作業が行われ、その結果、現時点における「営業秘密管理指針(全部改訂案)」では、①に関して、従業員の認識可能性があれば足りるとし、かかる認識可能性は状況に応じた合理的手段(アクセス制限等)で達成しうるものとされている。さらに、「営業秘密管理指針(全部改訂案)」では、社内の複数箇所で同じ情報を保有しているケースや、複数の法人間で同一の情報を保有しているケースについて、①の要件は、営業秘密を管理している単位(典型的には、支店、事業本部等)ごと、法人ごとに判断され、他の箇所、他の法人における秘密管理性には原則として影響しないと規定されている。
また、経産省は、営業秘密の漏洩防止策も一定の限界があることから、制度面での抑止力向上として、(i)民事規定及び(ii)刑事規定の法制的な整理・検討を進めている。具体的には、(i)営業秘密が不正使用された物品の譲渡・輸出入等の禁止、被害企業の立証責任の軽減、除斥期間[3]の延長や、(ii)処罰範囲の拡大、法定刑の引き上げ等が検討されている(前掲経産省産業構造審議会「中間とりまとめ(案)平成27年1月」)。
以上のとおり、経産省は、営業秘密の漏洩防止策として、企業における対策の指針として「営業秘密管理指針」を作成・改訂するとともに、種々の法制度の整備・改正を進めているところであるが、特に中小企業においては、冒頭で紹介した相談窓口を利用することによって、営業秘密の保護・活用を充実させ、企業価値を高めるとともに、当該企業に対する投資を呼び込むことによって、我が国の競争力を強化していくことが期待される。
【近年の主な営業秘密漏洩事例】
問題となった時期 (起訴時期等) |
漏洩企業(漏洩情報) |
流出先
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対応 |
2007年 |
デンソー(産業ロボット・エンジンの図面等) |
企業への流出なし |
刑事告訴:起訴猶予
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2007年 |
ニコン(可変光減衰器(VOA)用部品) |
在日ロシア人? |
刑事告訴:起訴猶予 |
2011年 |
三菱重工業(原発プラントの設計情報・防衛装備品情報) |
(サイバー攻撃) |
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2012年 |
ヤマザキマザック(工作機械(施盤)の図面情報) |
企業への流出なし |
刑事訴訟(一審判決:懲役2年、執行猶予4年罰金50万円) |
2012年 |
新日鐡住金(方向性電磁鋼板技術) |
ポスコ(韓) |
民事訴訟(約1000億円の賠償請求中) |
2012年 |
ヨシツカ精機(自動車用エンジン部品等を製造するプレス機の設計図) |
中国企業 |
刑事告訴(懲役2年、執行猶予3年、罰金100万円) |
2014年 |
東芝(NAND型フラッシュメモリの製造技術) |
SKハイニックス(韓) |
刑事訴訟(現在公判前整理手続) 民事訴訟(約1100億円の賠償請求中) |
2014年 |
日産自動車(自動車の販売計画等) |
いすゞ自動車 |
刑事告訴(処分保留) |
(出典)経産省作成(各種報道等による)
[2] 最新の改定案については、下記URL参照。http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/chitekizaisan/eigyohimitsu/pdf/004_05_00.pdf
[3] 営業秘密の侵害行為から一定期間経過すると差止請求等が行えなくなる(不競法15条・3条参照)。
(いずみ・あつし)
岩田合同法律事務所パートナー。2004年東京大学法学部卒業。2005年弁護士登録。2013年University of Southern California卒業 (LL.M.)。「旬刊商事法務・新商事判例便覧」(連載・共著、2010年7月~2012年5月)、「改正金融機能強化法の意義の再確認~公的資金を活用した一層の金融円滑化の試み~」(共著、ファイナンシャルコンプライアンス2010年5月号)ほか多数。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
<連絡先>
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