◇SH0306◇フィリピン:PPPに対する期待と課題 澤山啓伍(2015/05/01)

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フィリピン:PPPに対する期待と課題

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

1.現状

 他の新興国同様、フィリピンにおいてもインフラの整備が間に合っていない。特に、マニラ中心部及びその近郊の慢性的な交通渋滞は深刻で、筆者もマニラを訪れる度に苦労させられる。JICAによる「インフラロードマップ概要」によれば、マニラで人々が負担する交通に起因する社会的な費用は2012年時点で1日24億ペソ(約65億円)に上り、そのまま放置すれば2030年には60億ペソ(約160億円)に上るとのことである。これを改善するための高架鉄道の延伸その他の交通インフラの整備は急務である。

 とはいえ、必要なインフラ整備を直ちに行うだけの予算が政府にないのもまた新興国共通の悩みである。そこで、フィリピン政府は、Public Private Partnership(PPP)の活用によるインフラ整備をめざしている。

 フィリピン政府のPPPセンターが公表している資料によれば、2015年4月現在で、学校インフラ整備、都市鉄道延伸事業、空港拡張事業などを含む9件のPPP案件の事業契約が入札を経て締結に至っている。このほかに、16件のプロジェクトが入札段階にある。

2.課題

 ただ、他の新興国同様、フィリピンのPPP案件においても、まだまだ課題は多いようである。これまでに事業契約が締結されたPPP案件で事業を落札したのは地場財閥企業がほとんどであり、マクタン・セブ国際空港拡張事業の案件においてインド企業が地場企業とともに落札したのが外資では初めての事例であるといわれている。政府は外資企業の誘致を目指しているが、それがうまく実現できていない理由としてよく指摘されている課題には、以下のものがある。

(1)外資規制:フィリピンでは、公益事業の運営をフィリピン国民又は同国民が60%以上の持分を有する企業以外に委託することを憲法上禁止しており(1987年フィリピン共和国憲法12条11項)、これを受けて大統領令98号において、公益事業の運営委託を含むBOT(Build-Operate-Transfer)プロジェクトにおける運営事業者について、外資が取得できる持分の上限を40%としている。

 この外資比率上限の緩和に受けた議論は活発化しているとのことであるが、そのためには憲法改正が必要であり、容易ではなさそうである。

(2)許認可:マニラ首都圏を構成する自治体が17もあることからわかるように、フィリピンにおいては地方自治体が比較的小さな単位で形成されている。例えば、州は2000万ペソの歳入と25万人の人口があれば成立する(1991年地方政府法461条)。以前は地方自治体の権限は限定的であったが、1991年の地方政府法によりその行政権限が拡大した。これにより、例えば都市鉄道を建設しようとする場合には、線路が通過することになる多数の地方自治体から個別に必要な許認可を取得する必要があるため、その手続に時間がかかることが指摘されている。

(3)リスク分配:政府の財源不足を理由にインフラ整備にPPPを活用しようということがよく言われるが、PPPを利用すれば政府が全く負担をせずにインフラが整備されるわけではない。本来PPP形式をとることのメリットは、事業運営を効率化し、リスクをコントロールできる当事者がそのリスクを取ることで、バリュー・フォー・マネーを生み出すことである。本来民間事業者が取れないリスクを民間事業者に押し付ければ、そのために民間事業者に支払う必要が生じるコストが増加し、結局政府が無駄なコストをかけていることになってしまうのである。フィリピンにおいてもリスク配分が不適切であったために応札がなく入札が不調に終わったケースもある。官民双方にとってメリットがあり、社会全体に利益をもたらすPPP事業を行うためには、例えば都市鉄道案件でいえば、鉄道利用者が支払う運賃だけでは民間事業者が利益を得るのに満たない場合(マーケットリスクを取れない場合)には、鉄道整備による混雑緩和で利益を受ける自動車利用者にも(税という形で)費用負担をさせて事業者に還元する、といった方策も検討する必要があろう。

 

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