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本件は、北海道函館方面公安委員会から風俗営業の許可を受けて、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下「風営法」という。)2条1項7号所定のぱちんこ屋を営むXが、同委員会から風営法26条1項に基づく営業停止処分を受けたため、同委員会の所属するYを相手に、同処分は違法であると主張して、その取消しを求めた事案である。
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風営法26条1項は、風俗営業者等が当該営業に関し法令等の規定に違反した場合において著しく善良の風俗又は清浄な風俗環境を害するおそれ等があると認めるときは、公安委員会が、当該風俗営業者に対し、当該風俗営業の許可を取り消し、又は6月を超えない範囲内で期間を定めて当該風俗営業の全部若しくは一部の停止を命ずることができる旨を定めている。
風営法26条1項に基づく営業停止命令等につき、北海道函館方面公安委員会は、行政手続法12条1項に基づく処分の量定等に関する処分基準として、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に基づく営業停止命令等の量定等の基準に関する規程」(平成18年北海道函館方面公安委員会規程第5号。以下「本件規程」という。)を定め、これを公にしている。
本件規程は、風俗営業者に対し営業停止命令を行う場合の停止期間について、各処分事由ごとにその量定における上限及び下限並びに基準期間を定めた上で、過去3年以内に営業停止命令を受けた風俗営業者に対し更に営業停止命令を行う場合の量定の加重について、通常の場合の上限及び下限にそれぞれ過去3年以内に営業停止命令を受けた回数の2倍の数を乗じたものをその上限及び下限とし、通常の場合の基準期間の2倍の期間をその基準期間とする旨を定めている。
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北海道函館方面公安委員会は、Xの代表者や従業員らが店舗において遊技客から賞品を買い取り、風営法23条1項2号に違反したとして、Xに対し、平成24年10月24日付けで、風営法26条1項に基づき、当該店舗につき、期間を同年11月2日から同年12月11日までの40日間と定めて、営業の停止を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を行った。これを受けて、Xは、北海道函館方面公安委員会の所属するYを相手に、本件処分には手続上の瑕疵や裁量権の範囲の逸脱等の違法があるなどと主張して、その取消しを求める本件訴えを提起した。
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原々審判決及び控訴審判決は、次のとおり判示して、本件訴えは訴えの利益を欠き不適法であるとした。
風営法26条1項は公安委員会がいかなる内容の営業停止を命ずるかをその裁量に委ねており、過去に営業停止命令を受けたことを理由に処分の加重などの不利益な取扱いができることを定めた法令の規定は存しない。本件規程は法令の性質を有するものではなく、将来の処分の際に過去に本件処分を受けたことが本件規程により裁量権の行使における考慮要素とされるとしても、そのような取扱いは本件処分の法的効果によるものとはいえない。そうすると、Xは、処分の効果が期間の経過によりなくなった後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者(行訴法9条1項)には当たらないから、本件訴えは不適法である。
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最高裁第三小法廷は、Xの申立てを受理した上、次のとおり判示して、控訴審判決を破棄し、原々審判決を取り消して、本件を原々審に差し戻した。
行政手続法1条1項や12条1項の規定の文言、趣旨等に照らすと、同項に基づいて定められ公にされている処分基準は、単に行政庁の行政運営上の便宜のためにとどまらず、不利益処分に係る判断過程の公正と透明性を確保し、その相手方の権利利益の保護に資するために定められ公にされるものというべきである。したがって、行政庁が同項の規定により定めて公にしている処分基準において、先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合に、当該行政庁が後行の処分につき当該処分基準の定めと異なる取扱いをするならば、裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たることとなるものと解され、この意味において、当該行政庁の後行の処分における裁量権は当該処分基準に従って行使されるべきことがき束されており、先行の処分を受けた者が後行の処分の対象となるときは、上記特段の事情がない限り当該処分基準の定めにより所定の量定の加重がされることになるものということができる。
以上に鑑みると、行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準において、先行の処分を受けたことを理由として後行の処分に係る量定を加重する旨の不利益な取扱いの定めがある場合には、上記先行の処分に当たる処分を受けた者は、将来において上記後行の処分に当たる処分の対象となり得るときは、上記先行の処分に当たる処分の効果が期間の経過によりなくなった後においても、当該処分基準の定めにより上記の不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお当該処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものと解するのが相当である。
本件において、Xは、行政手続法12条1項の規定により定められ公にされている処分基準である本件規程の定めにより将来の営業停止命令における停止期間の量定が加重されるべき本件処分後3年の期間内は、なお本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するものというべきである。
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営業停止命令や免許の停止処分のように期間が定められた不利益処分の場合には、期間の経過により処分の効果が消滅するため、期間の経過後は、処分の取消しによって回復すべき法律上の利益が失われたとして、処分の取消しを求める訴えは却下されるのが原則である。しかし、期間の経過により処分の本来的効果が消滅した場合であっても、なおその付随的効果が残存するときがあり、この付随的効果を排除するために処分の取消しの訴えを提起できるか否かが問題となる。この点については、旧行政事件訴訟特例法の時代から争いがあったが、現行の行訴法は、9条1項括弧書きにおいて、処分の効果が期間の経過によりなくなった後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有する者は処分の取消しの訴えが提起できる旨を規定し、付随的効果が残存するにとどまるときにも訴えの利益があることを明らかにしている。
どのような場合に付随的効果が残存し訴えの利益が肯定されるかについての最高裁の判例理論は、① 名誉、感情、信用等の棄損は、処分がもたらす事実上の効果にすぎず、このような事実上の効果の除去を図ることを理由として訴えの利益を認めることはできない、② 処分を受けたことを理由とする不利益取扱いを認めた法令の規定がなく、処分を受けたことが情状として事実上考慮される可能性があるにとどまる場合には、訴えの利益は認められない、③ 処分を受けたことを将来の処分の加重事由とするなどの不利益取扱いを認める法令の規定がある場合には、処分の取消しによって回復すべき法律上の利益があり、訴えの利益が認められる、というものと考えられる。これまでの裁判実務は、このような判例理論に従って、例えば、自動車運転免許の効力停止処分においては、過去3年以内に効力停止処分の処分歴がある者に対しては一定の例外を除き処分の量定を加重する旨の定めが道路交通法施行令にあることから、処分後3年間については上記の例外を除いて訴えの利益を肯定し、宅地建物取引業法に基づく業務停止処分や医師法に基づく医業停止処分においては、法令にそのような定めがないことから、訴えの利益を否定してきた。
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ところで、不利益処分を始めとする行政処分においては、多くの場合、法令により行政庁に裁量が認められているが、このような裁量処分について、どのような場合にどのような処分をすべきかを事案ごとの行政庁の判断に委ねたのでは、恣意的な処分がされるおそれがあり、関係者の予測可能性を確保することも困難である。そのため、このような裁量処分については、あらかじめ行政庁が処分基準を設定し、公表しておくことが望ましいとされ、平成5年に制定された行政手続法12条1項は、不利益処分について、処分基準を定め、かつ、これを公にしておくべき努力義務を定めている。このようにして定められ公にされた処分基準は、飽くまでも行政庁の内部的な基準にとどまり、法令の性質を有するものではないが、行政庁が処分基準と異なる処分をすることは、平等取扱いの要請や相手方の信頼の保護等の観点から、これを相当と認めるべき特段の事情が必要であると解され、そのような特段の事情のない限り、処分基準に従った処分がされるべきものと考えられる。
このような観点から、本判決は、行政手続法12条1項により定められ公にされている処分基準に行政庁に対する一種の拘束力を認め、過去に処分を受けたことを理由とする不利益取扱いを定めた法令の規定がない場合であっても、処分基準にそのような不利益取扱いが定められているときには、処分の効果が期間の経過によりなくなった後においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益があり、訴えの利益が認められる旨の判断を示したものと考えられる。
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本判決は、最高裁が、初めて、行政手続法12条1項により定められ公にされている処分基準の規定を根拠として、処分の効果が期間の経過によりなくなった後において訴えの利益を肯定する判断を示したものであり、実務上重要な意義を有するものと思われる。