◇SH3205◇最三小判 令和元年7月16日 固定資産価格審査申出棄却決定取消請求事件(宮崎裕子裁判長)

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 固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者が当該申出に対する同委員会の決定の取消訴訟において同委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張することの許否

 固定資産課税台帳に登録された価格を不服として固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者は、同委員会による審査の際に主張しなかった事由であっても、当該申出に対する同委員会の決定の取消訴訟において、その違法性を基礎付ける事由として、これを主張することが許される。

 地方税法434条2項、地方税法(平成26年法律第69号による改正前のもの)432条1項

 平成30年(行ヒ)第139号 最高裁令和元年7月16日第三小法廷判決 固定資産価格審査申出棄却決定取消請求事件 破棄差戻(民集73巻3号211頁)

 原 審:平成29年(行コ)第127号 東京高裁平成29年12月14日判決
 原々審:平成27年(行ウ)第510号 東京地裁平成29年3月17日判決

1 事案の概要

本件は、鉄骨・鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付き9階建事務所(平成元年10月建築。以下「本件建物」という。)を所有しているXが、東京都知事によって決定され固定資産課税台帳に登録された本件建物の平成24年度の価格(以下「本件登録価格」という。)を不服として東京都固定資産評価審査委員会(以下「本件委員会」という。)に対して審査の申出をしたところ、これを棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)を受けたため、Yを相手に、本件決定のうち自己が相当と主張する評価額を超える部分の取消しを求める事案である。

2 事実関係等の概要

 (1) 地方税法734条1項、403条1項によれば、東京都知事は、総務大臣の定める固定資産評価基準によって特別区の存する区域の固定資産の価格を決定しなければならないこととされている。平成24年度の評価に適用される固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成26年総務省告示第217号による改正前のもの。)は、家屋の評価は、木造家屋及び木造家屋以外の家屋の区分に従い、各個の家屋について評点数を付設し、当該評点数に評点1点当たりの価額を乗じて各個の家屋の価額を求める方法によるものとし(第2章第1節一)、各個の家屋の評点数は、当該家屋の再建築費評点数を基礎とし、これに家屋の損耗の状況による減点補正率を乗じて付設するものとする旨を定める(同二)。そして、本件建物の再建築費評点数の算出に適用される本件建物の建築当初の固定資産評価基準(昭和38年自治省告示第158号。平成2年自治省告示第203号による改正前のもの)は、鉄骨、鉄筋及びコンクリートの使用量が明確な建物の主体構造部の再建築費評点数につき、単位当たりの各標準評点数にそれぞれ実際の鉄筋等の使用量を乗じて算出するものとする旨を定める(別表第12)。

 (2) 東京都知事は、本件建物につき、平成24年度の価格を6億8802万8700円と決定し、これが固定資産課税台帳に登録された。Xは、本件委員会に対し、本件登録価格を不服として平成26年法律第69号による改正前の地方税法(以下「地方税法」という。)432条1項の規定による審査の申出をしたが、その際、本件建物の再建築費評点数の算定の基礎とされた主体構造部の鉄筋及びコンクリートの使用量に誤りがあるとの主張をしていなかった。本件委員会は、上記申出を棄却する旨の本件決定をした。

 (3) Xは、本件決定を不服として、本件訴えを提起したが、1審はXの請求を棄却した。Xは、1審判決を不服として控訴を提起するとともに、本件建物の再建築費評点数の算出の基礎とされた主体構造部の鉄筋及びコンクリートの使用量に誤りがある旨の主張の追加(以下「本件主張追加」という。)をし、これに伴い請求の趣旨の変更(以下「本件請求の趣旨変更」という。)をした。

 (4) これに対し、原審は、固定資産課税台帳に登録された価格を不服として固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者(以下「審査申出人」という。)が、当該申出に対する同委員会の決定(以下「審査決定」という。)の取消訴訟において、同委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張することは、同事由について審査を経ていない以上、そのことに正当な理由があると認められる特別の事情がない限り、地方税法434条2項等の趣旨に反し、許されないとした上で、本件主張追加に係る事由について本件委員会の審査決定を経ないことにつき正当な理由があるとは認められないから、原告の訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分は、審査請求前置の要件を充足せず、不適法であるとして、これを却下するとともに、原告の訴えのうちその余の部分についても、原告の審査の申出を棄却する旨の本件決定は適法であるとして、原告の請求を棄却すべきものとした。

 そこで、Xが上告及び上告受理申立てをした。最高裁第三小法廷は、本件を上告審として受理し、固定資産課税台帳に登録された価格を不服として固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者は、同委員会による審査の際に主張しなかった事由であっても、当該申出に対する同委員会の決定の取消訴訟において、その違法性を基礎付ける事由として、これを主張することが許される旨判断して、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。

3 説明

 (1) 地方税法434条は、固定資産課税台帳に登録された価格に係る不服について、原処分に対する取消しの訴えを許容せず、裁決の取消しの訴えのみを許容する裁決主義を採用している。そして、裁決主義は、原処分に不服の場合でも、審査請求をし、その裁決の取消しを求めて訴訟を提起するほかないなどの点で審査請求前置主義の一態様ともいわれている(田中真次「行政不服審査と訴訟との関係」(田中二郎ほか編『行政法講座 第3巻』(有斐閣、1965)245頁))。

 取消訴訟と審査請求手続との関係について、最一小判昭和29・10・14民集8巻10号1858頁は、行政事件訴訟特例法の時代の市議会議員選挙の無効裁決の取消しを求める事案において、選挙の効力に関する訴願で主張されていない事実でも、訴訟で当事者が主張した事実は選挙の効力に関する判決の基礎とすることができる旨を判示しており、学説上も上記最判には異論がないとされている(高橋滋ほか編『条解行政事件訴訟法〔第4版〕』(弘文堂、2014)272頁)。

 また、審査請求手続における審理の対象は、処分の当否を判断するのに必要な事項全般に及ぶとされ、処分の具体的理由の当否とは解されていない(南博方=小高剛『注釈行政不服審査法〔全訂版〕』(第一法規出版、1988)176頁、最一小判昭和49・4・18・訟月20巻11号175頁)。そして、審査請求手続においては職権主義が採用され、裁決庁は申立人の主張しない事由についても審査することができ、また、取消訴訟の訴訟物は取消事由ごとにあるのではなく、処分の違法性一般であるから、審査請求の対象となった処分と取消訴訟の対象となった処分が同一である限り、訴訟において新たな事由を主張立証することは、審査請求前置主義及び裁決主義の趣旨に反するものではなく、許容されると解されている(園部逸夫編『注解行政事件訴訟法』(有斐閣、1989)149頁、前掲『条解行政事件訴訟法〔第4版〕』272~273頁)。

 ただし、例外として、いわゆる準司法手続が採られている行政審判が前置されている場合であって、行政委員会の認定した事実につきそれを立証する実質的な証拠があるときは裁判所を拘束するという実質的証拠法則を明文で定め、新たな証拠の提出を制限する趣旨の明文の規定がある場合には、審判取消しの訴えにおいて新たな事由を主張、立証することは認められないとされている。実質的証拠法則について、明文の規定がない場合、上記のような主張制限が認められるかについて、学説は分かれているが、判例はこれを否定している(前掲『注解行政事件訴訟法』150頁、前掲『条解行政事件訴訟法〔第4版〕』272~273頁、最二小判昭和47・4・21民集26巻3号567頁)。

 なお、最大判昭和51・3・10民集30巻2号79頁は、特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において主張することは許されない旨判示しており、これについては、実質的証拠法則によって裁判所の司法審査権を制限したものでもないとされているが、上記の制限は、その手続等の特質によるものであり、同最判の射程が不服申立手続一般や取消訴訟一般に及ぶものではないと考えられる(宍戸達徳「判解」最判解民事篇昭和51年度49~50頁)。

 (2) 以上を前提に固定資産評価審査委員会の審査について検討すると、地方税法上、同委員会の審査の対象についての特段の定めはなく、かえって、平成26年法律第68号による改正前の行政不服審査法(以下「改正前行審法」という。)の規定が広く準用されていることに照らせば、その手続の構造は、上記(1)で検討した審査請求手続と変わらないということができる。そして、同委員会の審査が、納税者の権利を保護するとともに、固定資産税の賦課に係る行政の適正な運営の確保を図る趣旨に出るものであり、同委員会は、職権により審査に必要な資料の収集等をすることができるものとされていること(地方税法433条3項・11項、改正前行審法27条、29条、30条等)をも併せ考えると、同委員会は、審査申出人の主張しない事由についても審査の対象とすることができると解するのが相当である。そうすると、同委員会による審査の対象は、登録価格の適否を判断するのに必要な事項全般に及ぶというべきであり、審査決定の取消訴訟においては、同委員会のした価格の認定の適否が問題となるのであって、当該審査決定の違法性を基礎付ける具体的な違法事由の主張は、単なる攻撃防御方法にすぎないというべきである。

 また、審査決定の取消訴訟について、実質的証拠法則に係る規定は存在せず、他に新たな主張や証拠の提出を制限する趣旨の規定も存在しない。

 以上によれば、審査申出人は、固定資産評価審査委員会による審査の際に主張しなかった事由であっても、審査決定の取消訴訟において、その違法性を基礎付ける事由として、これを主張することが許されると考えられる。

 (3) そして、納税者が固定資産評価審査委員会の価格の認定の違法を主張して審査決定のうち一定の価格を超える部分の取消しを求める訴えを提起した場合であっても、当該取消訴訟の訴訟物は審査決定の違法性一般であって、納税者が請求の趣旨に付した一定の価格を超える部分という限定は、訴訟物を限定するものではなく、裁判所が当該固定資産の価格を認定して審査決定を取り消す場合における勝訴判決の上限を画する訴訟行為としての意味を持つにすぎないと解される(最一判昭和62・5・28訟月34・1・156、増田稔「判解」最判解民事篇平成17年度(下)353頁)。そうすると、本件請求の趣旨変更は、本件主張追加に伴って上記上限を変更するにとどまるものであって、これが許されないと解すべき事情は存しない。

 (4) 本判決は、以上のような理解のもと、本件訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分を不適法として却下し、本件主張追加に係る事由によって本件登録価格が固定資産評価基準により決定される本件建物の価格を上回ることとならないか否かについて審理判断することなく本件決定を適法とした原審の判断につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある旨判示して、上記の点について更に審理を尽くさせるため 、本件を原審に差し戻したものと考えられる。

 (5) 本判決は、審査申出人が審査決定の取消訴訟において固定資産評価審査委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張して同審査決定の取消しを求めることの許否について、最高裁として初めて判断を示した点で、理論上も実務上も重要な意義を有するものと考えられる。

 

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