◇SH0408◇最二小判 平成27年6月1日 不当利得返還請求事件(千葉勝美裁判長)

未分類

1 事案の概要

 本件は、Xが、貸金業者Aとの間で金銭消費貸借取引をし、AがXに対する貸金残債権を貸金業者Yに譲渡した後はYとの間で金銭消費貸借取引をしていたところ、Xの弁済金のうち利息制限法(平成18年法律115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定の制限を超えて利息として支払った部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生しているとして、Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、過払金の返還及び法定利息の支払を求める事案である。
 後述するとおり、XにはAに対抗することができた事由があったものの、AからYへの債権譲渡の際、Xは異議をとどめない承諾をしていた。本件の争点は、このような承諾をしたXが上記事由をもって譲受人Yに対抗することができるか否かであり、より具体的には、民法468条1項前段により保護されるべき譲受人の主観的要件が争われたものである。

 

2 事実関係

 本件の事実関係の概要等は、次のとおりである。

 (1) 貸金業法(平成18年法律第115号2条による改正前のもの。同改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下「旧貸金業法」という。)43条1項は、債務者が貸金業者に利息として支払ったものが利息制限法1条1項所定の制限を超えていたとしても、①任意の支払であり、②弁済金の受領時に旧貸金業法18条1項所定の事項を記載した書面(以下「18条書面」という。)が交付されているなどの要件を満たしていれば、有効な利息の債務の弁済とみなすものとしていた。
 (2) Aは、平成14年2月28日、Yに対し、Xとの取引(以下「本件取引」という。)の貸金残債権の譲渡(以下「本件債権譲渡」という。)をした。本件債権譲渡に係る契約書には、本件取引に旧貸金業法43条1項の適用があることを前提に、上記貸金残債権はいかなる「抗弁」にも服することはない旨記載されていた。
 (3) 本件取引に旧貸金業法43条1項の適用があるとした場合、平成14年2月28日における貸金残債権の元本の額は「46万2921円」となっていた。
 他方、本件取引に同項の適用がないとした場合、上告人の支払った制限超過部分は元本に充当され、その結果、同日における貸金残債権の元本の額は「33万9579円」に減少していた(以下、本件取引に旧貸金業法43条1項の適用がなく、制限超過部分の充当により元本が減少していたことを「本件事由」という。)。
 (4) A及びYは、平成14年3月18日頃、Xに対し、貸金残債権の元本の額が「46万2921円」である旨表示して、本件債権譲渡の通知をした。
 Xは、同月21日頃、Yに対し、異議をとどめないで本件債権譲渡の承諾をした。
 (5) Xは、引き続き、Yとの間で金銭消費貸借取引をした。

 

3 判断

 原審(名古屋高判平成26年6月13日)は、弁論の全趣旨によれば本件取引には旧貸金業法43条1項の適用がない(したがって、本件事由が存在する)ところ、Yは本件事由の存在を知らず、このことに重大な過失があったともいえないから、Xは本件事由をもってYに対抗することはできないとした。
 しかしながら、本判決は、「債務者が異議をとどめないで指名債権譲渡の承諾をした場合において、譲渡人に対抗することができた事由の存在を譲受人が知らなかったとしても、このことについて譲受人に過失があるときには、債務者は、当該事由をもって譲受人に対抗することができる」と判示した。そして、「本件取引では18条書面の交付が全くなく、このことはYにおいて知り得たものである」旨の主張をXがしていたということができるのに、原審はこの主張について審理判断することなく、Yに重大な過失がないことを理由に対抗を否定したなどとして、原判決中X敗訴部分を破棄し、同部分を原審に差し戻した。

 

4 民法468条1項前段

 (1) 規定の趣旨

 民法468条1項前段は、債務者が異議をとどめないで指名債権譲渡の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができないとする。
 この規定は、ボワソナードが当時のフランスの少数説に沿って作成した草案に由来するものである(池田真朗『債権譲渡の研究〔増補2版〕』(弘文堂、2004)370頁)。もっとも、ボワソナード草案では承諾に公正証書又は確定日付ある証書を要求することによって、承諾自体に重みを与え、軽々な承諾によって債務者の負担が増加しないよう、保護のバランスを取っていたものであって、それに対して現行法では民法467条1項が承諾の方式を緩和した結果、保護のバランスが崩れて譲受人に過度に有利になっていると指摘されている(池田・前掲420頁)。
 また、民法468条1項前段の規定の趣旨について、最二小判昭和42・10・27民集21巻8号2161頁は、「民法468条1項本文が指名債権の譲渡につき債務者の異議をとどめない承諾に抗弁喪失の効果を認めているのは、債権譲受人の利益を保護し一般債権取引の安全を保障するため法律が附与した法律上の効果」と判示している。
 なお、この民法468条1項の規定は、債務者の保護の観点から妥当ではないなどとして、今般の債権法改正により全部削除することとされている。

 (2) 譲受人の主観的要件

 大判昭和9・7・11民集13巻1516頁は、民法468条1項前段により保護される譲受人は「善意者ニ限ルヘキ」として、悪意の譲受人は保護されない旨判示しており、この判断は、前掲・最二小判昭和42・10・27及び最二小判昭和52・4・8集民120号421頁でも踏襲されている。
 しかしながら、これらの判例は、過失又は重過失ある譲受人が保護されるか否かについては何も判断していないのであって、この点については判例上残された問題とされていたところである(奥田昌道『債権総論〔増補版〕』(悠々社、1992)445頁、林良平ほか『債権総論〔第3版〕』(青林書院、1996)507頁〔高木多喜男〕、淡路剛久『法学教室library 債権総論』(有斐閣、2002)464頁、潮見佳男『債権総論Ⅱ〔第3版〕』(信山社出版、2005)643頁、加藤雅信『新民法体系Ⅲ債権総論』(有斐閣、2005)316頁、近江幸治『民法講義Ⅳ(債権総論)〔第3版補訂〕』(成文堂、2009)269頁、小野秀誠『債権総論』(信山社出版、2013)397頁、野山宏「判解」最高裁判例解説民事篇平成9年度(下)1361頁(注6)も参照。)。

 (3) 学説

 過失又は重過失ある譲受人が民法468条1項前段により保護されるか否かについて、学説上は、次の3説が唱えられていた。

 ア 善意説
 民法468条1項前段により保護される譲受人は善意であれば足りるとする説である(過失があっても保護される。)。具体的には、次のとおりである。

  1. • 「468条は、そもそも譲受人の態様から譲受人保護を導くものではなく、債務者の行為の評価に力点が置かれているのであるから、譲受人の要件としては善意のみを要求すればよい」(池田・前掲421頁。なお、同444頁注8も参照。)
  2. • 「債権譲渡の自由の拡大・保障という現代的要請のために、譲渡(ママ)人の保護に重きをおくべきものと解すべきである。しかし、対抗しうべき事由につき悪意の譲受人までをも保護すべき理由はないから、善意の譲受人に限るという要件を付加すべきである。」(平井宜雄『債権総論〔第2版〕』(弘文堂、1994)143頁)

 イ 善意無重過失説
 民法468条1項前段により保護される譲受人は、善意無重過失であることを要するとする説である(軽過失であれば保護される。)。具体的には、次のとおりである。

  1. • 「異議を留めない承諾によって作り出された外観は、全く一方的に債務者によるものであり、譲受人の保護に、彼の無軽過失まで要求することは妥当でない。悪意に準ずる重過失者のみを保護の範囲から除外すればよい。」(林ほか・前掲507頁〔高木〕)
  2. • 「承諾による抗弁喪失効の基礎は禁反言にあると考える私見からは、『善意・無重過失』の譲受人が保護されると考えたい。」(加藤・前掲316頁)
  3. • 「債権譲渡が例外的な法現象でないこと、債権譲渡の譲受人が債務者の異議を留めない承諾に瑕疵のない債権としての信頼を置くのは通常のことであって、譲受人が債務者の有しているかもしれない多様な抗弁事由について調査する注意義務を負っている……と解するのは無理があることなどから、無過失は必要でない、と解すべきものと思う。ただし、悪意に準じる重過失は保護の対象から除外してよい、と解する。」(淡路・前掲464頁)

 ウ 善意無過失説
 民法468条1項前段により保護される譲受人は、善意無過失であることを要するとする説である(軽過失であっても保護されない。)。具体的には、次のとおりである。

  1. • 「譲受人の善意・無過失を要すると解すべきである。けだし、表見的なものへの信頼を保護する制度(公信の原則の適用)として当然だからである。」(我妻栄『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店、1964)538頁。川井健『民法概論3 債権総論〔第2版補訂版〕』(有斐閣、2009)264頁も同旨。なお、奥田・前掲455頁は、「善意者保護の一般論からは無過失が要求されるべき」としつつも、「本問題に関しては、債務者が喪失する抗弁事由の内容に応じ、何についての善意であり、無過失であるのかを勘案して決せられるべきものではなかろうか」とする。)
  2. • 「債務者がうっかり承諾してしまった場合に(純粋な観念の通知)、譲受人側に普通の注意をすれば債権消滅の事実が分かったはずだという事情(=過失)があっても、債務者の非を責めて抗弁を喪失させることは、バランスを欠くのは明らかである。……取引社会で行われる異議をとどめない承諾は、そのほとんどがうっかりした観念の通知と解されるから、無過失を要求する扱いの方が適切なのである。」(近江・前掲270頁)
  3. • 「指名債権が転々流通するのであれば、無過失の要求は流通を阻害するおそれがある(手形・小切手の場合は悪意者のみを排除している。)。しかし、指名債権譲渡はそのような機能を果たしていないという認識を前提とすると、単なる承諾を行ったにすぎない債務者を保護する観点から、無過失を要求すべきであると思う。」(内田貴『民法Ⅲ(債権総論・担保物権)〔第3版〕』(東京大学出版会、2005)236頁)
  4. • 「承諾行為により作出された基礎の上に成り立つ信頼を主張しうるためには、譲受人は善意無過失でなければならないと解すべきだということになる。」(潮見・前掲643頁)
  5. • 「指名債権の流通保護の要請は手形等ほどには大きくないこと、指名債権譲渡の対抗要件としては通知の方が一般的に用いられるが、通知の場合には債務者は抗弁事由を保持する(468条2項)のであり、債権譲渡の自由といってもその程度であること、承諾という対抗要件が用いられるときは譲受人にもそれなりの注意を求めてよいこと、債務者の異議をとどめない承諾による抗弁切断という極めて特殊な効果を積極的に広げるまでもないことから、善意無過失説をとりたい。」(中田裕康『債権総論〔第3版〕』(岩波書店、2013)541頁)
  6. • 「債務者のした承諾に比して、不利益が大きいことから(たとえば、二重弁済)、譲受人には善意無過失を求めるべきであろう。譲渡は、債務者との無関係に行われており、過大な不利益を与えるべきではないからである。」(小野・前掲397頁)

 (4) 下級審の裁判例

 過失又は重過失ある譲受人が民法468条1項前段により保護されるか否かについては、近年、本件と同種の債権譲渡の事案において争われるようになり、この点を正面から判断した下級審の裁判例もみられるようになっていた。
 まず、東京高判平成25・7・23(公刊物未登載)は、「民法468条1項本文が指名債権の譲渡につき債務者の異議をとどめない承諾に抗弁喪失の効果を認めているのは、債権譲受人の利益を保護し一般債権取引の安全を保障するため法律が付与した法律上の効果と解するのが相当である……から、債権譲受人が、抗弁事実を知っていたか、これを知らないことにつき過失がある場合には、このような保護を与える必要がないというべきである。」と判示して、善意無過失説を採用した。
 また、東京高判平成26・6・11(公刊物未登載)も、「異議なき承諾に抗弁切断効(民法468条1項)が認められるのは、債権譲渡の安全を保護すべき異議なき承諾に公信力を与えた点にあり、抗弁の存在を知っていた又は知らないことにつき過失のある譲受人はかかる保護を与えるに値しないから、悪意又は有過失の譲受人については上記抗弁切断効による保護を受けないと解するべきである。」と判示して(第1審判決の引用)、善意無過失説を採用した。
 他方、本件の原審のように、善意無重過失説を採用したものと解される裁判例も出てきていた(大阪高判平成26・8・21(公刊物未登載)、東京高判平成25・8・28(公刊物未登載)。もっとも、いずれも譲受人の重過失を認めた事案であって、軽過失ある譲受人が保護されるかについて積極的に判断したものではない。)。

 (5) 本判決の判断

 前記のとおり、民法468条1項前段の趣旨は、譲受人の利益を保護し、一般債権取引の安全を保障することにあるものとされている(前掲最二小判昭和42・10・27)。そうすると、譲受人において上記事由の存在を知らなかったとしても、このことに過失がある場合には、譲受人の利益を保護しなければならない必要性は低いというべきである。実質的にみても、同項前段は、債務者の単なる承諾のみによって、譲渡人に対抗することができた事由をもって譲受人に対抗することができなくなるという重大な効果を生じさせるものであり、譲受人が通常の注意を払えば上記事由の存在を知り得たという場合にまで上記効果を生じさせるというのは、両当事者間の均衡を欠くものといわざるを得ない。
 本判決は、このようなことから、前記のとおり判示し、もって善意無過失説を採用したものである。

 

5 本件への当てはめ等(参考)

 参考までに、本件への当てはめについても説明を加える。
 本判決によれば、Xは、本件取引では18条書面の交付が全くなく、このことはYにおいて知り得たものである旨主張していたとのことである。そうすると、原審としては、本件取引における18条書面の交付の有無や、仮に交付がなかった場合にこれをYにおいて知り得たか否かなどについて審理判断をすべきことになるところ、原審は、これらの点について審理判断しなかったものである。
 なお、原審は、最二小判平成18・1・13民集60巻1号1頁を引用した上、「〔同判決〕により厳格な判断が示されるよりも前の本件債権譲渡当時、同判決よりも緩やかな解釈を採る裁判例や学説も相当程度存在したことは、顕著な事実である」とも判示している。しかし、前述のとおり、旧貸金業法43条1項が適用されるための要件としては、①支払の任意性、②18条書面の交付などがある。そして、前掲・最二小判平成18・1・13は、債務者が利息制限法1条1項所定の制限を超える約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の特約の下で制限超過部分を支払った場合、その支払は原則として旧貸金業法43条1項にいう任意性の要件を欠くことなどを判示したものであって、基本的に上記①の要件について判示したものにすぎず(他に、18条書面の記載について判示する部分はある。)、そもそも18条書面の交付がなかった旨主張されている本件とは場面を異にするものといわざるを得ない。
 本判決は、このような観点から、原判決中X敗訴部分を破棄したものと解される。
 おって、第二小法廷には、本件とほぼ同種の事案において、本件の原審とは逆に債務者側の請求を認容すべきものとした事件が係属していたが(平成26年(受)第2344号)、第二小法廷は、同事件についても弁論を開いた上、本件と同日付けで譲受人側の上告を棄却する旨の判決をしている(判決文は最高裁ウェブサイトで公開されている。)。

 

6 本判決の意義

 本件は、民法468条1項前段により保護される譲受人の主観的要件について、最高裁として判断を示したものであり、理論上及び実務上重要な意義を有することから、紹介する次第である。

タイトルとURLをコピーしました