メキシコ労働法の基礎
西村あさひ法律事務所
弁護士 梅 田 賢
1. はじめに
近時、自動車関連産業を中心として多くの日本企業がメキシコへの投資を進めており、メキシコは中南米諸国の中でも特に日本からの注目を集めている。とりわけ、メキシコは、北米や中南米諸国に比して、労働コストが比較的安価であることも、これらの進出を促進する一要因となっていると考えられる。一方、メキシコの領域内における雇用関係には、メキシコの連邦労働法(以下「労働法」という。)が適用されることから、メキシコへの進出を企図する日本企業及び既に進出している日本企業のいずれにとっても労働法の理解が必須のものとなる。そこで、本稿においてはメキシコにおける労働法の概要を紹介したい。
2. 労働法の概要について
労働法のうち、雇用契約、雇用期間、労働時間、時間外労働、有給休暇、クリスマスボーナス、利益の分配、及び国籍要件に関する制度の概要は以下のとおりである。
なお、企業の課税所得の10%を労働者に配分する利益分配に関する規制(PTU制度)については、業務に従事する労働者を派遣会社から事業会社に派遣させる手法を用いて、事業会社における利益分配を回避する手法が採られることもあった。しかしながら、2012年に施行された労働法改正によって、アウトソーシング(人材派遣制度)に関する規制が整備された。この結果、一定の要件を充足しない限り、派遣社員サービスを提供される事業会社が、当該派遣社員の直接の雇用者と看做されることから、これまでの手法の見直しが必要となった点に留意が必要である。
概 要 | 備 考 | |
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雇用契約 |
書面による雇用契約の締結が義務付けられている。なお、雇用契約が締結されていない場合でも雇用関係は認められ得るが、紛争となった場合、雇用者が立証責任を負担することから、書面による雇用契約が締結されることが望ましい。 |
労働法上、雇用契約書には、①従業員及び雇用者の情報、②雇用契約の性質(特定の業務に関する業務、有期契約、季節雇用、研修期間、無期契約、試用期間の有無について規定)、③役務の内容、④当該役務が提供される場所、⑤勤務時間、⑥給与の支払条件(支払形態、金額、支払日及び支払地)等を規定することが必要とされる。 |
雇用期間 |
原則として期間の定めがない契約とされる。 |
有期の雇用契約については、業務の性質上雇用期間を限定する必要がある場合又は特定の従業員の代替として従業員を雇用する場合等の限定的な場合にのみ認められる。また、2012年の労働法改正により、新たな契約類型として、季節雇用や研修期間の有期契約が可能となり、また試用期間の設定も可能となった。 |
労働時間 |
日勤の従業員については、原則として1日の労働時間は8時間(週48時間)を越えてはならない。 |
夜勤の場合は1日に7時間(週42時間)を、日勤及び夜勤の混合の場合は1日に7時間半(週45時間)を超えてはならない。 |
時間外労働 |
時間外労働については割増賃金の支払いが必要となる。 |
1週間につき法定労働時間を越える最初の9時間については時間給の200%、9時間を越える時間外労働については300%の割増賃金の支払いが必要となる。また、かかる割増賃金を受領する権利は、雇用者との書面による合意によっても放棄できないものとされている。 |
有給休暇 |
従業員の勤務年数に応じて以下の期間の有給休暇を与える必要がある。
1年以上:6日 5年目以降は、5年毎に2日の有給休暇が追加で与えられ、5年目から9年目の有給休暇は14日とされている。 |
従業員に対して、給与とは別に、給与の最低25%分のバケーションボーナスの支払いが必要となる。
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クリスマス |
毎年12月20日より前に、雇用者は従業員に対してクリスマスボーナスの支払いが必要となる。 |
クリスマスボーナスは、最低15日分の給与の支払いが求められる。 |
利益の分配 |
会社が利益をあげた場合、その一部を従業員に分配することが必要となる。 |
課税所得の10%相当額を支払う必要がある(PTU制度)。 |
従業員の |
原則として少なくとも90%の従業員はメキシコ人であることが必要とされる。 |
取締役や執行役員等についてはかかる雇用義務の対象とならず、その全員を外国人とすることも可能。 |
3.雇用契約の終了について
メキシコにおいては、雇用関係の安定性の原則から、雇用契約を終了させることは容易ではない。かかる雇用関係の安定性の原則により、雇用者は、労働法に列挙された事由に基づかない限り、雇用者の意思により雇用関係を終了させることはできない。雇用関係の終了に関する制度の概要は以下のとおりである。さらに、会社倒産等の人員整理に基づく解雇については、異なる手続が必要となる点にも留意が必要である。
概 要 | 備 考 | |
法定の正当事由による従業員の解雇 |
労働法所定の正当事由がある場合にのみ、雇用者は従業員に対する解雇手当の支払いをせずに従業員を解雇することができる。 |
この場合であっても、①未払分の各種手当及び②年功者特別手当(給与又は最低賃金の2倍のいずれか低い額×12日分×勤続年数)の支払いが必要となる。 |
会社都合による従業員の解雇 |
解雇手当の支払いが必要となる。 |
解雇手当として、上記未払分の各種手当及び年功者特別手当の他、①3ヶ月分の給与及び②20日分の給与×勤続年数の支払いが必要となる。 |
以 上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。