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本件は、株式会社Yの株主であり、取締役であるX1及びX2が、Yの株主総会(以下「本件株主総会」という。)においてXらを取締役から解任する旨の議案を否決する決議(以下「本件否決決議」という。)がされたことについて、本件株主総会の招集手続に瑕疵があるとして、Yに対し、会社法831条1項1号に基づいて、本件否決決議の取消しを請求した事案である。
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事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) Yの発行済み株式総数は300株であり、X1及びX2が75株ずつ、Aが150株を保有している。Xら及びAは、いずれもYの取締役であり、Yは、取締役会を設置しない会社である。
(2) Aは、Xらの同意を得ないまま、Yの臨時株主総会(本件株主総会)を招集し、本件株主総会において、Xらを取締役から解任する旨の議案はいずれも否決された(本件否決決議)。
(3) Aが、会社法854条に基づいて、Xらにつき取締役解任の訴え(以下「別件訴訟」という。)を提起したところ、Xらは、同条の「役員を解任する旨の議案が株主総会において否決されたとき」との要件を欠くので、別件訴訟は不適法であると主張するとともに、本件訴訟を提起した。
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原々審は、本件否決決議が取り消されるか否かによって別件訴訟がその要件を具備するか否かが左右される関係にあることを理由に、本件については訴えの利益があるとした上で、Xらの請求を認容したが、原審は、本件否決決議は第三者に対して効力を生ずる余地がないから、取消しの訴えの対象となる会社法831条の「株主総会等の決議」には当たらないとして、本件訴えを却下した。
これに対し、Xらが上告受理申立てをしたところ、第二小法廷は、本件を上告審として受理し、ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えは不適法であると判断して、Xらの上告を棄却した。
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株主総会においてある議案を否決する決議がされた場合に、当該決議の取消しの訴え(会社法831条)を提起することができるかについて、学説は、①訴えの利益があるとしてこれを肯定する適法説(岡本智英子「判批」法と政治64巻2号(2013)377頁、近藤光男『最新株式会社法〔第7版〕』(中央経済社、2014)224頁等)と、②訴えの利益がない、あるいは議案の否決は決議取消しの訴えの対象とならないとしてこれを否定する不適法説(江頭憲治郎『株式会社法〔第6版〕』(有斐閣、2015)369頁、清水円香「判批」金判1383号(2012)2頁等)とに分かれていた。
また、下級審裁判例では、かつては、訴えの利益があるとして適法説に立つもの(山形地判平成1・4・18判タ701号231頁等)も見られたが、近時は、特段の事情がない限り訴えの利益を欠くとして不適法説に立つもの(東京地判平成21・12・15公刊物未登載)や、議案の否決は会社法831条所定の株主総会決議に当たらないとして不適法説に立つもの(東京地判平成23・4・14資料商事328号64頁、東京高判平成23・9・27資料商事333号39頁)が見られるようになっていた。
そして、近時の裁判実務においては、不適法説に立った運用がされ、その理論的根拠についても、原則として訴えの利益がない(東京地方裁判所商事研究会『類型別会社訴訟Ⅰ〔第1版〕』(判例タイムズ社、2006)381頁、同〔第2版〕(2008)384頁)とされていたものが、「否決の決議」の取消しの訴えは取消しの対象を欠く(同〔第3版〕(2011)379頁)とされるようになっていた。
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会社法831条1項は、瑕疵のある株主総会等の決議がされた日から3箇月以内に限って訴えをもって当該決議の取消しを請求できることとしているが、これは、株主総会等の決議によって新たな法律関係が生じ、さらに、これを基礎として第三者を含む関係者との間で新たな法律関係が積み重なっていくという株主総会等の決議の性格に鑑み、法律関係の早期安定を図っているものといえる。株主総会等の決議の取消しの訴えに係る請求を認容する確定判決に、いわゆる対世効が認められている(同法838条)のも、このような株主総会等の決議の性格に由来するものと考えられる。
他方、ある議案を否決する株主総会等の決議の場合には、一般に、これによって新たな法律関係が生ずることはないし、これを取り消すことによって新たな法律関係が生ずるものでもないから、株主総会等の決議によって新たな法律関係が生ずることを前提とする上記のような会社法の特殊な規律の対象とすべき必要性はないということができる。
本判決は、以上のような決議取消しの訴えに係る会社法の規定の趣旨や否決決議の一般的な性格を踏まえ、会社法831条に基づき否決決議の取消しを請求する訴えは不適法である旨判示したものである。
このように、本判決は、訴えの利益の有無という観点から否決決議の取消しを請求する訴えが適法であるか否かを個別に判断するのではなく、端的に会社法831条に規定する「株主総会等の決議」、すなわち取消しを請求する訴えの対象に否決決議が含まれるか否かという観点からこれを否定したものであって、最近の下級審裁判例等に見られるのと同様の理論的根拠により不適法説に立つべきことを明らかにしたものといえよう。
なお、不適法説に対しては、否決決議により不利益を受ける者の権利保護に欠けるのではないかとの批判もあり得ようが、瑕疵がある否決決議によって法律上の不利益を受ける者は、決議取消しの訴えによらずに当該否決決議の効力を個別に争うことができると解されることから、その権利保護に欠けるということはないと考えられる。
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株主総会における否決決議に何らかの法的効果を付与していると見られる規定として、本件でも問題となった役員解任の訴えの要件を定める会社法854条1項のほか、少数株主による議案の再提案の制限を定める同法304条ただし書が挙げられるが、本判決によれば、このような場合であっても、当該否決決議によって新たな法律関係が生ずるとはいえない以上、その取消しを請求する訴えは不適法とされることになる。
他方、否決決議によって新たな法律関係が生ずるという事例は通常想定することができないが、万一そのような事例が生じた場合にまで、本判決の射程が当然に及ぶものではないと考えられる。
なお、本判決には、法廷意見の理論的根拠を敷衍するとともに、瑕疵のある否決決議については、決議取消しの訴えによらずに、その法律効果を定めた個別規定の解釈等によって当該法律効果を否定する処理が可能であることなどを指摘する千葉裁判官の補足意見がある。
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本判決は、ある議案を否決する株主総会等の決議の取消しを請求する訴えの適否という、これまでの学説や下級審裁判例において見解が分かれていた問題について、最高裁が初めて判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有するものと考えられる。