◇SH0909◇ブラジルの知的財産権制度の基礎 大向尚子(2016/12/05)

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ブラジルの知的財産権制度の基礎

西村あさひ法律事務所

弁護士 大 向 尚 子

 

1 はじめに

 ブラジルは、中南米最大の経済規模を誇る。知的財産に関する様々な条約・協定に加盟しており、国内法もそれらを反映して様々な知的財産の保護を規定している。特許(発明特許・実用新案特許)、意匠、商標、集積回路配置、営業秘密、著作物等の我が国で保護される知的財産については、ブラジルでも概ね保護を規定する法律が存在する。

 ブラジルの知的財産権制度の特徴として、法制度が比較的整備されている反面、その利用・執行等の前提となる各種権利の取得に時間がかかることが課題とされる。例えば、特許では審査に約10年前後かかっており、商標では出願から最終処分まで、異議がない場合でも約2年かかっている。特許審査ハイウェイ制度(PPH)の導入や、マドリットプロトコルへの加盟はアメリカとの試験的なPPHを除いて未了であるが、特許(発明特許)については、出願・登録の大半が外国からのものである。他方商標について、外国出願・登録の割合は、出願で約2割、登録が約2.5割程度となっており、日本を含む外国企業による権利取得の傾向に違いがみられる。

 以下、ブラジルにおける主な知的財産権制度について、概要を説明する。

 

2 産業財産権

(1) 特許及び実用新案

 ブラジルの法律上、特許には、発明に関する特許(発明特許)と、実用新案に関する特許(実用新案特許)の2種類がある。本稿では、日本の制度との比較から、ブラジルの産業財産権法の発明特許を特許、実用新案特許を実用新案として記載する。

 特許権の存続期間は、出願日から20年である。ただし、権利の存続期間は付与から10年未満でないことが必要である。

 登録要件は、日本と同じく、発明についての新規性、進歩性、産業上の利用可能性が求められている。また不登録事由は、①発見、科学上理論、数学的方法、②純粋な抽象的概念、③商業、会計等財政的な性質を有する原理又は方法、④文学、建築、芸術・科学上の作品、審美的創作物、⑤コンピュータープログラム自体、⑥情報の提供や遊技のルール、⑦人体又は動物体における手術又は外科的技術、治療・診断方法等、⑧道徳・善良な習慣・公共の安全・秩序・健康に反する場合等様々なものがある。複数の者が同一の発明について特許出願をした場合、先に出願した者が優先される(先願主義)。

 出願プロセスとしては、出願後、方式審査を経て、出願日から1年6か月の経過により出願が公開される。審査請求制度が採用されており、出願日から36か月以内に請求がなかった場合、出願は取り下げられたものとみなされる。出願審査請求がなされると出願は登録要件を満たしているか審査され、出願承認(特許査定)又は拒絶理由通知が行われる。拒絶理由通知に対して、出願人は一定期間内に意見書や補正書を提出することができるが、拒絶理由が解消されない場合、最終的に拒絶査定がなされる。拒絶査定には60日以内の審判請求による不服申立が可能である。

 実用新案権の存続期間は、出願日から15年である。ただし、権利の存続期間は付与から7年未満でないことが必要である。

 登録要件として、特許と同様に新規性、産業上の利用可能性が求められており、使用又は製造における機能の改良につながる進歩性により、新規の形状又は構造を有し、産業上利用可能な実用物又はその部分を形成する場合に限られる。出願プロセスについても、出願公開制度や審査請求制度が存在する点等特許権とほぼ同様である。

 第三者が特許権や実用新案権の有効性等を争う手段としては、日本と同じく無効審判制度が存在するが、異議申立制度は採用されていない。

(2) 意匠

 意匠権の存続期間は、出願日から10年でありその後5年毎に更新ができることから、最大で25年間保護を受けることができる。

 保護対象となる意匠は、物品の装飾的な二次元的又は三次元的な物を含み、物品に応用することができる線や色彩の装飾的な配置で、その外観の形態に新規かつ独創的な視覚的効果をもち、工業生産のためのひな型にすることができるものをいう。部分意匠制度はない。登録要件として、新規性及び独創性(先行する他の物品とは異なる視覚的形状をもたらすこと)が求められている。

 意匠の出願プロセス及び有効性を争う手段については、出願公開制度、審査請求制度が採用されていないこと、また実体要件について無審査であることが特許及び実用新案と異なる。方式審査を満たした出願は自動的に公開され、新規性等実体要件を満たしていない場合でも、無審査により意匠権が発生する。無効審判制度が存在するが、異議申立制度は採用されていない。このため登録要件を具備していない意匠権が登録され、登録後に職権又は利害関係人の請求により無効となる場合がある。実体審査の結果は権利行使の要件とはなっていないが、新規性及び独創性に対する審査請求は登録が存続している間はいつでも可能であり、意匠権者はその後の権利行使等に備えるには審査請求をすることが推奨される。

(3) 商標

 商標権の存続期間は、登録日から10年であり、10年毎に更新可能である。

 保護対象となる商標は、視認できる標識であって識別力を有するもの(使用される商品・サービスにおいて他人の商標と識別できるもの)である。立体商標も保護可能であるが、動く商標、音の商標、香りの商標や味の商標については保護されない。証明商標、団体商標の制度がある。不登録事由として、日本と同じく、他人の登録商標と同一又は類似であること等が規定されている。なお、一商標一区分制度、コンセント制度、ディスクレーマー制度を採用している点で日本と異なる。

 商標の出願プロセスとして、商標出願は、出願後全件方式審査が行われ、実体審査の前に公報に公開され、異議申立期間満了後審査が行われる。拒絶理由通知・補正の機会等については、概ね特許及び実用新案と同様である。

 有効性を争う手段については、無効審判制度が存在する。なお、出願時に商標を使用している必要はないが、登録後に5年以上不使用の場合は利害関係人によって登録商標が取り消されうる不使用取消制度も存在する。

(4) その他

 上記の他に、育成種、集積回路配置、コンピュータープログラムの保護に関する法規定がある。

 

3 著作権

 財産権、著作者人格権、著作隣接権についての保護規定があり、財産権としての保護期間は、著作者個人の生存中及び死後70年間である。著作物の登録は任意である。

 なお、財産権としての著作権は譲渡、ライセンスにより移転することが可能である。著作権の譲渡が書面により行われる場合は有償と推定される。

 

4 条約の加入状況

 産業財産権関連では、パリ条約、特許協力条約(PCT)、WIPO設立条約、TRIPS協定等に加盟しているが、マドプロは未加盟である。著作権関連では、ベルヌ条約に加盟しているが、WCT(著作権に関する世界知的所有権機関条約)、WPPT(実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約)には加盟していない。

 

5 知的財産権所管官庁

 ブラジルでは、ブラジル知的財産庁(INPI)が産業財産権を管轄している。

 

6 権利侵害及び水際措置

 知的財産権の侵害については、権利者が、侵害行為の差止め、損害賠償請求等の民事上の救済を求めることができる。ブラジルの訴訟手続きは中間決定に対する不服申立等の制度により訴訟期間が長い傾向にある。このため、仮差止めの申立も利用されている。

 また、明らかな知的財産権侵害を示す証拠・商品明細等を管轄当局に提出することで、税関当局の協力を得て一定の水際措置を実施することもできる。職権による税関差止めも可能である。

以上

 

(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。

 

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