ベトナム:雇用契約への署名を委任する場合の注意点
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
ベトナムでは、会社が契約を締結する際には、会社の代表者(法的代表者と呼ばれる)が自ら署名し、会社の代表印を押印するのが一般的である。契約締結権限を法的代表者から他の従業員に委任することはもちろん可能であるが、民法において最近まで表見代理制度が認められていなかったこととの関係上、法的代表者以外の者が署名する場合には、その権限を委任状等で確認する必要があるとされてきた。
従業員との間で会社が雇用契約を締結する場合においても状況は同じであり、原則として雇用者の法的代表者が自ら署名しなければならないとされている(政令05/2015/ND-CP号第3条第1項第(a)号)。2015年に施行された企業法では、複数の法的代表者を置くことが認められたが、その場合でも、各法的代表者の権限を定款に定める必要があり、それに基づいて雇用契約の締結権限を有する者が特定されることになる。
とはいえ、特に従業員の数が多い製造業などの会社において、法的代表者が全ての労働契約に署名するというのは現実的ではなく、その権限を委任したいという需要は大きい。そのような委任自体は可能であるとされているが、以下の点にご留意いただく必要がある。
1.委任状の定型フォーム
通達47/2015/ND-CP号第3条第1項により、雇用契約の締結権限を委任する場合には、同通達別紙1に定められた委任状の定型フォーム(以下「定型フォーム」という。)を使用して、文書でその権限の委任を行う必要がある。定型フォームにおいて定められている主な記載事項は次の通りである。
- • 委任者および受任者の氏名、生年月日、住所、地位、ID情報、国籍
- • 委任の内容(受任者が締結できる雇用契約の範囲、委任の期間、その他の合意内容)
- • 委任者および受任者の合意
まず、委任の範囲については、定型フォーム第1条では、委任者が受任者に対して、特定の従業員との雇用契約の締結のみを委任するかのような書きぶりになっている。しかし、その注記には、銀行の一支店で勤務する従業員について、当該支店の支店長に雇用契約の締結権限を与えるような例も記載されており、包括的な委任も可能であるものと解される。それを超えて、会社の全従業員の雇用契約についての締結権限を包括的に委任することの可否については、明確な規定はないが、特段これを妨げる理由もないものと思われる。
委任期間については、定型フォーム第2条に「●年●月●日から●年●月●日まで」という記載が要求されているため、委任の開始日および終了日を明記する必要があるようにも見える。しかし、雇用契約締結権限の委任も、民法に定められた委任に関する基本的な原則が適用されるものと考えられるところ、民法では、無期限の委任が禁止されるという規定は特に見当たらないため、委任の終了日を定めずに無期限の委任をすることも、論理的には可能であるものと思われる。但し、実務上は、一定の期間を定めて委任することが望ましい。
2.再委任の禁止
政令05/2015/ND-CP号第3条第3項に従い、雇用契約締結権限を受任した者は、その権限を他の者に再委任することはできないとされている。例えば、通常締結権限を人事部長に委任していたところ、法的代表者である社長と人事部長が両方とも出張に出るというような場合には、再度社長から他の者に委任を行う必要がある。
3. 懲戒処分適用の制限
従業員に対して懲戒処分を適用する場合、その決定を交付する権限を有するのは、原則として雇用契約を締結する権限を有する企業の法的代表者である。これに加えて、雇用契約の締結権限を受任した者は、戒告処分を行うことができる(同政令第30条第4項)。
誤解が多いようであるが、この規定は、法的代表者以外の者が雇用契約を締結した従業員について、誰も懲戒解雇等の重い処分を下せなくなるということではない。委任を受けて雇用契約に署名した人ができる処分は戒告だけであるものの、その場合に法的代表者が正規の手続を踏んで懲戒処分を行うことは妨げられないものと考えられる。