コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(18)
――合併組織の軋轢を減らす①――
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併組織の実態を踏まえ、合併組織に生じやすいコンプライアンス上の課題について考察した。合併組織は、一定の歴史を持つ単一の組織に比べて、共通の組織文化の形成や信頼関係の確立ができていない上に、コンフリクトの顕在化を抑制する統制力も確立されていないので、様々なコンプライアンス上のリスクが発生しやすい。
今回は、それらの発生原因を踏まえて、合併組織のコンプライアンス施策のあり方について合併組織での筆者の経験を基に考察する。
これまで考察したように、合併組織のマネジメントの要諦は、
- A: いかにコンフリクトの発生を抑制するか
- B:(コンフリクトが発生したとしても)コンフリクトの顕在化を調整するために有効な調整システムをどう設定し機能させるのか
である。
このことに成功すれば、コンプライアンス面だけではなく、合併組織全体のパフォーマンスを高めることができる。
A.いかにコンフリクトの発生を抑制するか
マーチ&サイモン[1]を踏まえれば、組織内でメンバー間に共同意思決定の必要感がありながら、「目的の差異」や「知覚の差異」が発生することがコンフリクトの発生原因であるから、まず、どうすれば「目的の差異」をなくすことができるかの考察から始める。
1. 「目的の差異」を少なくする視点からの考察
合併組織では、新たに設立された組織の、設立目的や経営理念、ビジョン、目的達成に必要な行動は何か(行動規範)を明示し、そのために必要なストーリーや経営資源の配分(戦略)やその実施方法(戦術)についても、経営者が繰り返し徹底的に従業員に伝え、従業員の理解と納得を得るようにすることが重要である。
なぜならば、合併組織では先の見えないことに対する従業員の不安が大きいからである。
合併組織では、気心の知れない者同仕の疑心暗鬼を払拭し、自分が何に向かってどう行動することが組織目的を達成し新たな組織内での自分の価値や存在感を高めることになるのかについて従業員に伝え確信を持たせることが、メンバーのモチベーションを引き出すことにつながるからである。
具体的には、その内容を文書化して配布するとともに、経営者が各拠点を廻って従業員との対話を通して説明することや、会議、記念日、行事での経営者の挨拶等、あらゆる機会を捉えて積極的に従業員にメッセージを伝えることが必要である。
また、経営理念実現のために設定する事業計画については、その実施状況を常にモニタリングして確認するとともに、修正が必要な場合には直ちに修正して対策を実行し、それを従業員に周知徹底することも大事である。
筆者等が合併会社を立ち上げた時の経験では、新会社は、組織文化や業務の進め方の違い等から、あらゆる部署で同時多発的に混乱が発生し、経営計画の進捗状況のモニタリングや対策の実施が遅れ、計画と実績の乖離が拡大し、経営は大きな打撃を受けた。このように、合併会社の立ち上げでは、特に、計画と実績の乖離に対するモニタリング、迅速な原因究明と対策の実施が重要になることを学んだ。
合併会社の経営者は、個々人では経営計画の乖離に対する問題意識を持っていたとしても、他組織出身者や担当分野の違う役員に対する遠慮から、取締役の義務と責任について頭でわかっていても、役員間で相互に指摘し早急な対策を講じることが通常の組織よりも遅れやすいので、問題が深刻化しやすい。特に、合併組織においてしばしば見られる「たすきがけ人事」を行なっている場合には、相互牽制や出身会社主義のセクショナリズムが発生しやすいので、このようなケースに陥りやすい。その意味で、合併組織の組織の立ち上げ時には、経営トップに強いリーダーシップの発揮が求められる。
また、合併組織の立ち上がりでは、混乱に乗じた不正やパワーハラスメント等のコンプライアンス違反も発生しやすいことから、理念や行動規範だけではなくより細かな職場のルールについても明示・共有化し、経営者・管理職が役割モデルを示す必要がある。
次回は、「知覚の差異」を少なくする視点から考察する。
[1] J.G., March, & H.A., Simon, Organizations, New York, 1958.(J. G. March, & H. A. Simon(土屋守章訳)『オーガニゼーションズ』(ダイヤモンド社、1977年))