実学・企業法務(第97回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. コンプライアンス
(4) 遵法のための6つの心得
次に、企業の遵法活動に必要な主な6つの要素を挙げる。(筆者の体験を基に作成)
① 社会と同じ判断基準を持つ
自社の旧来の判断基準に従って行動した結果、社会から、「甘い」、「隠蔽体質だ」と追及される企業がある。法令違反を犯す企業は「経営の判断基準が狂っている」と自省したい。
企業は、社会の基準よりも厳しい社内基準を持つべきである。
② 幹部が率先垂範する
上に立つ者が「法律に違反する売上・利益は要らない」と本気で言い切らないと、企業倫理は守られない。役職が上位の者ほど、担当業務の範囲が広く、その分だけ代替案が多いので、幹部の責任は大きい。
③ 不正を排除する仕事の仕組みを作る
商品・役務を顧客に提供する日常のライン業務の中に、違法行為を排除する仕組みを組み込みたい。
そして、Plan→Do→Check→Actの管理のサイクルを回すと、長期的に自己浄化能力が高くなる。
違法状態を発見した時は、ライン業務を止めて、遵法に徹する。
そうすると、ラインを止めないための業務改善が生まれる。
- (注) 米国企業改革法や、コンプライアンスと倫理のプログラムを評価する米国連邦量刑ガイドラインの考え方が参考になる。
④ 違反行為を発見する仕掛けを作る
モニタリング、監査、内部通報を組み合わせて違法・不正を発見する。
ホットラインは、各階層で責任者に都合の悪い情報が隠蔽・改竄されるのを防ぐのに有効。
- (注) 米国企業改革法は、監査委員も情報を直接入手するルートを確保することを求めている。
⑤ 教育と宣誓を実行する
難しい法律・用語を知らなくても遵法は出来る。「してはならないこと」と「しなければならないこと」を、現場の用語で示して直感的に理解して貰えば、遵法は徹底できる。
「〇〇のルールを守ります。具体的には、・・・」という宣誓書を社員に定期的に提出させるのは効果的。少なくとも宣誓書に署名する時は、法令の存在を意識する。
社員全員が、①法令遵守、②経営倫理・会社の方針、③社会常識、④消費者の目線、⑤自分の素直な心、の5項目について日々自省しながら行動すると、法令違反や企業倫理の逸脱は減る。
⑥ 違反者の処分を厳正に行う
違反者は厳正に懲戒処分する。法令違反で企業が社会から制裁されても、社内の実行者が処分されなければ、社内人事の公正性さが疑われる。処分内容を社内で公表する企業は多い。
法令違反をして業績を上げた者を昇進・昇格させるのは絶対に避ける。
部下は上司の背中を見て行動する。法令違反者には、泣いて馬謖を斬るスタンスで臨む。
(参考)真の経営力とは何か (筆者の体験から) ある部門長が事業場長に「法律違反の可能性がある取引を見つけた」と報告した。事業場長はその日のうちに数名の部門長を集め、違法状態を止めるために問題の取引を中止すべきことを指示した。それは、20年かけて市場優位を築き、収益源になっている商品の売上高の1割以上を失い、顧客の信用と、1つの大きな工場に相当する多数の社員の仕事を失うことを意味していた。 部門長達は、半年から1年かけて徐々に商品を置き換えることによって違法状態を取り除こうと考えた。それは可能だった。しかし、事業場長は断固、出荷を即時に中止するよう指示した。営業と製造は容易に承服しなかったが、4~5日間、毎日呼び出されて、「取引先に断りに行ったか。」と言われ続け、ついに、問題商品の全ての取引先に出荷中止を伝えに行った。ほとんどの取引先で、「お前の会社は出入り禁止だ。二度と来るな。」等の厳しい言葉が浴びせられた。納入先の購買担当者から「損害賠償の準備をせよ。」と言われた者もいた。 この時、事業場長が見せた凄みが2つある。ひとつは、最初の指示から2ヵ月経っても「得意先に断りに行ったか」と、営業部門の者の顔を見るたびに問い続け、違法取引排除の手を緩めようとしなかったことである。もうひとつは、遵法を指示すると同時に、事業場の販売と利益の年間計画を実現する「挽回プロジェクト」を発足させたことである。自社工場と下請先の多くの従業員が仕事を失うのを最小限に止めるため、問題商品とは関係のない既存商品のシェア拡大や新製品の前倒し発売等の施策が矢継ぎ早に実施された。技術部門は、販売増加を期待できる商品の開発・設計を急ぎ、生産技術部門はその生産ラインの整備を最優先した。 事業場の全員が結束した結果、事業場全体で、販売計画は若干下回ったが、利益計画は達成できた。 筆者は、今も、これが真の経営力だと思う。このとき、コンプライアンスの勉強会や教育は行われなかった。しかし、現場に精通するトップの断固たる決意が長く社員の記憶に残り、同じようなことは二度と発生しなかった。 最初、「顔も見たくない。」と言って出入りを禁止した取引先の中から、その後の事業場の取り組みを知って、応援の手を差し伸べてくれる方々が少しずつ現れたときは、全員が感激した。 実際に損害賠償請求されたケースは1件もなかった。 |