弁護士の就職と転職Q&A
Q36「不祥事を起こすような企業に転職を勧められるのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
企業法務系弁護士に「どのような仕事をしたいか?」と問えば、その回答は、「優良なクライアントのために働きたい」というものと、「面白い案件に関与したい」というものに分かれます。2つのニーズは、一致することもありますが、正反対に作用することもあります。後者の代表例が「問題企業のために働くか」という場面で現れます。今回は、不祥事を起こした企業への転職をテーマに取り上げてみたいと思います。
1 問題の所在
弁護士のキャリアは、一方では、「どのような組織に所属して、その組織内でどういう地位で働いていたか」という「履歴書」的視点で計られ、他方では、「具体的にどのような案件を取り扱って来たか」という「職務経歴書」的視点でも計られます。
「履歴書」的視点からは、「一流の組織に所属して、遅れずに昇進して、職務分掌の範囲を広げてきた」という「汚点のない経歴」が最高評価を得ることになります。法律事務所で言えば、大手法律事務所の生え抜きのシニア・パートナーとか、社内弁護士で言えば、財閥系総合商社の部門長が理想的キャリアの典型例になります。「ミスが失点につながる、減点主義的な物差し」での評価を競うことになります。
これに対して、「職務経歴書」的視点からは、「難しい案件を混乱した状態で受任して、それを解決に導いた」という「修羅場経験」が評価されます。そして、「あの問題案件を収めた方ならば、今度の問題案件も任せられるかもしれない」という期待を抱かせるため、「加点主義的な物差し」で評価される世界です。
これまでは、社内弁護士のキャリアは、「履歴書」的視点で評価されがちでしたが、外部弁護士のキャリアは、「職務経歴書」的視点で取扱案件の実績で評価されてきました。例えば、倒産弁護士にとっては、「負債総額が大きく、債権者との対立が激しい事件ほど、その利害調整を果たした時の功績は大きい」と位置付けられてきました。ただ、これは、管財人団として、又は、債務者代理人としての関与です。「社内弁護士として、問題企業の一社員になれるか?」といえば、これを受諾できる倒産弁護士は多くいません。とすれば、危機管理の局面でも、外部弁護士としては問題企業を代理することはあっても、問題企業の組織の一員になることは躊躇すべきなのでしょうか。
2 対応指針
社員になれば、社内の指揮命令系統に組み込まれてしまうため、経営陣を信頼できなければ、転職すべきではありません。また、会社の本業(商品やサービス)に社会的有用性を見出せなければ、逆境の中での勤務を続ける意欲を保持することもできません。逆に、それら前提条件が満たされるならば、「会社が再生した暁には、自分の理想とする法務部門を構築できること」を目標として転職することも検討に値します。
また、混乱時を共に闘った上司・同僚・外部アドバイザーとの間には、特別な信頼関係が築かれますので、(転職市場に依らずに)これら人脈を通じて次の職に誘われることもあります。
3 解説
(1) 問題企業で働く要件
外部弁護士としての関与であれば、問題企業からの依頼も、コンフリクトがなく、費用を支払ってもらえる目処が立つならば、特に受任を躊躇する理由はありません。経営陣と合わなければ、最終的には辞任する方法もあります。
これに対して、社員の一人として働くには、より慎重な検討が求められます。会社の指揮命令系統に組み込まれてしまいますので、基本的には、上司の命令に服従しなければなりません。上司と合わないことを理由として退職する選択肢もないわけではありませんが、同社に入社して退職したことは履歴書に残ります。その後の転職活動においては「なぜ、そのような会社に入ったのか?」「会社が大変な時期に退職して無責任ではないか?」という質問を受けることは避けられません。
入社を決めるためには、「経営陣を信頼できること」と「会社の本業(商品又はサービス)に社会的有用性を見出せること」が必要です。逆にいえば、これらが備わっていたならば、仮に、その転職が結果的にうまくいかなかったとしても、キャリア的には「ナイストライ」との評価を受けることもできるはずです。
(2) ベストシナリオ(会社の再生と法務部門の組成)
優良企業の法務の部門長職に憧れたとしても、健全な経営が続けられている限り、優秀な内部人材が揃っており、教育制度も整っているならば、外部人材が中途採用で要職に招聘してもらえるチャンスは小さいです。その点、不幸にも不祥事を起こしたら、従前の法務コンプラ部門にも一定の(法的なものに限らない)責任が生じますので、優秀な人材が外部流出したり、社内昇進の機会を奪われることが増えます。そして、あらたに法務部門を作り直す役割の担い手としては、不祥事発覚後の中途採用者への期待が高まります。
そのため、不祥事は起こしてしまっても、本業の魅力が損なわれていない会社は、「転職によって、社内弁護士としての成功を求める弁護士」にとっては、ひとつのチャンスと捉えることもできます。ただし、再生の手法は、自力再生に限られません。強力なスポンサーを得られることは、取引上の信頼回復を促進し、経営の再生には有効ですが、管理部門の立て直しの主導権もスポンサーサイドに移ってしまうことがあります。その場合には、問題企業が自前で採用した法務人材も、スポンサーサイドから派遣される法務人材を上司としてお仕えしなければならなくなる展開も予想されます。
(3) 代替シナリオ
問題企業に自ら入り込んで、当局や取引先からの矢面に立ちながら、経営陣と一体となって、一方では、後ろ向き案件の処理に追われながらも、同時に、前向きな事業の立て直しと組織の再構築のために働いた修羅場経験は、貴重なものです。法律事務所でドキュメンテーションをするだけでは当然に得られませんが、社内弁護士でも、健全な企業に勤めているだけではこのような体験をすることはできません。
その後に転職活動をする場合には、その経験を履歴書・職務経歴書に記載することはできますが、その価値は、書面ではなかなか伝わりにくいものがあります。その価値を高く評価することができるのは、修羅場を共に潜り抜けた上司であり、同僚です。また、会社としては、できれば、二度と同じような問題を起こすべきではありませんが、業務委託先である外部アドバイザー(法律事務所、経営コンサル、財務コンサル、リスクコンサル等)は、今回の経験をノウハウとして蓄積しておけば、次に他社で同種案件が起きた場合に再びアドバイザーとしての依頼を受けて、その経験を活かせる立場にあります。外部アドバイザーとの間では、仕事だけではない友人関係を築いて、案件終了後には、委託者と受託者の関係を離れても交友を持ち続けられることが望ましいです。
次の転職があるとすれば、公募案件に応募するよりも、仕事を通じて得られた人脈を通じて、声をかけてもらえる案件のほうが、今回の経験を活かせるような面白い職に出会える可能性が広がります。
以上