◇SH2139◇弁護士の就職と転職Q&A Q55「転職活動の心構えは、就活時とは何が違うのか?」 西田 章(2018/10/15)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q55「転職活動の心構えは、就活時とは何が違うのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 10月になると、9月末案件を終えて一息ついたアソシエイトが転職の相談に訪れます。そこで、「履歴書はありますか?」と尋ねると、「まだ作ったことがない」というアソシエイトからは「書式を提供してもらえませんか?」という言葉が続きます。「作ったことがあるのでお送りします」というアソシエイトは、転職エージェント所定の書式で作成された履歴書と職務経歴書を送って来てくれます。それを「転職活動のお作法」と思ってくれているようなのですが、私自身は「法律事務所の採用担当パートナーに、自分の起案力を伝えることができる、せっかくのチャンスなのに、雛形に頼ってしまうのは、ちょっと勿体ないな」という残念な気持ちに駆られます。

 

1 問題の所在

 法律事務所の中途採用は、新卒採用とは、手続面も選考基準も異なります。そのため、落選することの意味も異なってきます。

 まず、手続面に注目すれば、新卒採用が「できるだけ多数の応募者を得た上で、それを横一列に並べて見比べる」というプロセスであるために、「応募者全員から、画一的な書式でエントリーシートを提出してもらったほうが、比較検討しやすい」という事情が存在します。これに対して、中途採用では「現時点で事務所に欠けているものを補完してくれそうな能力と経験を持った人材を探す」というプロセスになりますので、「どのような書式で履歴書又は職務経歴書を提出してくるのか?」というところから、応募者の個性を伺い知るための審査が始まります。

 また、選考基準に注目すれば、新卒採用は「全応募者の中から、もっとも優れていると思しき人材は誰か?」という相対評価で選別がなされることから、「内定した人は、その他の応募者よりも優秀であるとの評価を受けた」ことの裏返しとして、落選者にとっては、「自分は、内定者よりも劣後的な評価を受けた」という推定が働きます。これに対して、中途採用においては、「現時点の採用ニーズに合致した人材は誰か?」という基準で選考がなされるために、内定者が、他の応募者よりも優秀だという価値判断を含んでいるとは限りません。そのため、時期を改めれば、落選者にもチャンスが回ってくることすら存在します(採用担当パートナーから「そういえば、昨年、紹介してくれた彼は、今、どうしている?」という問合せを受けることもあります)。

 中途採用は、新卒採用とは構造が異なることを認識したとして、それでは、応募書類の作成、面接対応、内定受諾の検討の各場面において、どのような心構えでいればよいのでしょうか。

 

2 対応指針

 就活時の気分で、応募書類を「行政機関への届出書類」のように捉えている人もいますが、むしろ、自己の性格・能力と経験値を示す評価根拠事実を報告するために業務上作成する文書という位の気持ちで取り組んでもらいたいです。そして、その内容面では「・・・と自負しております」というような主観ではなく、客観的事実を中心として、提出先に応じて、何を記載することが採用側の検討に役立つかに想像力を膨らませてもらいたいです(取扱案件については、案件の概要や依頼者の属性で済ませることもあれば、所属事務所のことをよく知る面接官に対しては、担当パートナー名を盛り込むことが有益な場合もあります)。

 また、面接でも、「弁護士業務上のビジネスミーティング」のように、相手方に対する敬意を抱いて、謙虚さを持つことは必要ではありますが、行儀の良さよりも、伝えるべき内容を持っていることのほうが重要です。なお、「内定を受諾した後に他社・他事務所に乗り換える」という不誠実な対応については、就活時代よりも許容度が低く、ビジネスパーソンとしての信用失墜につながりかねないことも忘れてはなりません。

 

3 解説

(1) 応募書類作成の心構え

 アソシエイトの中には、エージェントから提供される履歴書及び職務経歴書の書式を絶対視して、それを見栄え良く(空欄なく)埋めることに全力を投じる方もいます(履歴書と職務経歴書の自己PR欄に、同一の文章が記載されていたり、所属事務所のHPに記載されているような情報まで書かれていることがあります)。そして「履歴書の写真貼付欄は空欄ではマズイだろうか」と不安になったりします。

 ただ、そんな彼・彼女らも、仕事の上では、M&Aのデューデリジェンスや不祥事調査案件に携わる場合には、クライアントが意思決定をするためには、どういう順序で、どの事実をどこまで記載することが求められるかを考えながら仕事をしています(たとえば、冒頭にエクゼクティブサマリーの章を設けたりするのも工夫のひとつです)。

 法律事務所の中途採用への応募は、自分というひとつのビジネスエンティティとの業務提携の企画書を提出するような作業です。「雛形」に捉われることなく、自らの性格・能力と経験を、読者(採用担当パートナー)にとってイメージしてもらうためには、どういう書式を用いるのが望ましいかに創意工夫を凝らしてもらいたいです。

(2) 応募書類の記載内容

 企業への転職斡旋を主たる業務とするエージェントが添削した履歴書や職務経歴書を拝見すると、「プロアクティブに案件に関わってきたものと自負しています」というように、主観的評価が盛り込まれていることが多く見受けられます。しかし、法律事務所の採用選考においては、応募者の能力や経験値を知るために、本人の主観的評価を頼りにすることはありません。能力を測るための資料としては、学部や大学院の成績、予備試験や司法試験の結果が存在します。起案力を見たければ、ライティングサンプルを提出させることもあります。

 また、経験値についても、「当事務所のクライアントに失礼のないコミュニケーションを取れるか? リサーチ結果や起案は、当事務所のクライアントに出しても恥ずかしくないレベルのものか?」を測るためには、これまでに実際にどのような依頼者の、どのような案件に関与してきたのかの客観的事実を知りたがります。更に言えば、「仕事が丁寧なことで有名なパートナーの下で指導を受けてきた」ことも、プラス評価の材料となります。そのため、現在の所属事務所のパートナーをよく知る先に応募する場合には、「関わった案件の主任パートナーが誰だったか?」まで記載することが有益な場合もあります(もっとも、その場合には、「お世話になった、そのパートナーに不義理をしてまで移籍を検討している理由は何か?」についても説得的な理由が求められます)。

(3) 面接の態度と内定の受諾

 面接といっても、新卒採用のように「面接官が上で、学生が下」というような上下関係を意識する必要はありません。買収交渉におけるセラー側代理人のような立場ですので、「面接官に対して敬意を抱き、謙虚に振る舞う」ことさえ忘れなければ、それ以上に卑屈な態度をとるのはむしろマイナス評価です(新卒採用では「緊張してうまく答えられない」のも初々しいですが、中途採用では、コミュニケーション力を疑われる危険があります)。自らの身売りを提案するようなものですから、「聞かれたことにだけ答える」という受け身の姿勢ではなく、「与えられた時間を最大限に活用して有益な情報交換をする」という目標を設定しておくべきです。

 新卒採用においては、「とりあえず、内定を受諾しておいて、その後も就職活動を続ける」というのも(望ましくはありませんが)「新卒採用スケジュールのズレから生じるやむを得ない戦法」であると見做されて、「一旦、受諾した内定を辞退する」という不義理をしても「まだ学生みたいなもんだから、しょうがねえなぁ」で許してもらえることもあります。しかし、中途採用は、口約束であっても、ビジネスパーソン同士の基本合意です。不誠実な対応をしたならば、「こいつは、ビジネスパーソンとして信頼に値しない」という烙印を押さてしまうことも覚悟しなければなりません。

以上

 

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